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たとえば零れたミルクのように(2人60分)


作:久野那美

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************************

登場人物
 A
 B


銀河。真夜中の静寂に小さな駅舎がひっそりと眠っている。
やがてベルの音。列車がゆっくりと通過する—

 1
プラットホームにぶらっと腰掛けているA。
荷物を脇に線路をぼんやりとみつめ、牛乳を飲んでいる。
大きなびんには真っ白い牛乳がたっぷりと入っている。
やがてBが歌いながらやってくる。

B いつもいつも 通る夜汽車 静かな… ん んん んんん ん んん ん んん んん んんんん…
 
B、先客がいるのを見て、ぎょっとして黙る。
A、奇妙に微笑みかける。

B、笑ってごまかす。
A どうぞ。
B あ、はい。(反対側の端へ避ける。ベンチは意外と長いのだ。)
 
Aは相変わらずぐびぐびと牛乳を飲んでいる。
 どきどきしながら線路の彼方を見る。落ち着かない、B。
 
A あの…。(向うの端にいるBに呼び掛ける。)
B え?はい。
A 待ってます?(何故か小声で)
B え?
A 汽車。・・・・・・汽車、待ってますか?
B はい。だってここは駅でしょ。
A そうです。ここは、駅です。
B ・・・・・・・?
A ですけどね。待ってても、汽車、来ませんよ。
B え……?!
A ついさっき来て、出て行ってしまいました。 残念でしたね。
B ・・・ってそんな…。どうして?
A どうしてって…ここ駅舎ですからね。汽車は、来たら出ます。
どうですか?一杯・・
B …え? 
 
牛乳をBにつぐA。おおきなコップにたっぷりと・・
 
B これ…
A 牛乳です。
B ぎゅう…
A 嫌いですか?
B いえ。
A どうぞ。ご遠慮なく。たくさんありますから。
B …。(仕方なく、飲むB)
A 角砂糖をいれますか?
B いいえ、このままで。どうも…。
 
とりあえず、並んで牛乳を飲む二人…
しばらく・・・
 
B あの。
A はい。
B どうして?
A ?
B どうして、出ちゃったんですか? 汽車…。
A 駅舎ですから。汽車は来たら出ます。
B 乗れないと困るんです。
A でもあなたのために走ってるわけじゃないし。
B ・・・・・・・
 

 
B 次の汽車は?
A さあ。
B …時刻表とか、ないんですか?
A あなたは時刻表を見て来たんですか?
B いえ・・・だって・・・
A ありませんよ。
B …。
A 〈ユメを見るための〉汽車ですから。
B …。
               
B、仕方なく空を見上げる。
 
A どのあたりを走ってるんでしょうね。
B え?・・・・・・・・・
 
Bは空を見上げたまま。
 
A 何か?
B あの星は…何の星ですか?
A あれは…たしか、……アンタレス…?? 星が、好きなんですか?
B ええ。
A どうして?
B だって、ドラマチックでしょう?
A ドラマチック?
B ええ。
A ふうん。
B そんなこと、ないですか?
A どんなところが?
B え?・・・・・・・・・・・・・・・・・・うーんと、つまり…
A つまり…?
B うまく言えません。でも、その・・ここにはない、何か特別なものじゃないですか。
A ふうん。
B あそこで、あんなふうに、ああやって、ただ輝いてること自体がとても特別なことで・・・・。私たちは、それを見てることしかできないけど・・
A ふーん。
B 星座だとか占星術だとか、最初のドラマはみんなあそこから生まれてきた訳で、そして、今、私たちは、〈ユメを見るために〉またそこへ帰っていく。あなただって・・・・・
A ふーん。
B 私、そういうのが苦手で。
A ・・・・・・その・・・言ってることが矛盾していませんか?
 

 
B いいえ。私、そういうのが駄目だから・・・だから、気になるんです。星・・・・・・・・・。
 
A、黙って聞いている。
 
A、黙って聞いている。
 
B だから・・・・。
 
A、黙って聞いている。
 
B でも・・・・・
 
A、黙って聞いている。
 
B あの・・・・・
A どうぞ、ごゆっくり
B ・・・・。
A 暇ですから。
B どうして?
A だって・・・
B ・・・・・・・・・・・あなたも?
A なかなかロマンチックなシチュエーションですね。
B ろまんちっく…。ふうん。
A ・・・・・・・・ ?
B ロマンチックってはじめてかもです。そういうのと縁ないんですよね。わたし。
A そうですか?
B カンジュセイ鈍いし。
A カンジュセイ鈍いんですか・・・。
B ええ。最初から。
A 最初から?
B 最初から、ずうっと。
A へえ。
B 「カンジュセイがない」「コセイがない」「ユメがない」
A なんですか?それ?
B ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌だなあ。こんな話。恰好悪い。
A 恰好悪い。
B やめましょ。
A そうはいかない。
B はあ?
A いえ・・。恰好悪いですか。
B ええ。
A それは、きっと、話が抽象的だからですよ。
B そうですか?
A もう少し、具体的に、話してみるといいと思います。
B あなたに?
A 今ここには私しかいませんから。
B こんなところで?
A 汽車が来るまで動けませんから。
B ・・・・・・・・・。
 
A、牛乳をびんから注ぎ、ごくりと飲む。
ふたり、しばらく並んで星を見ている。
しばらく。
 
B 具体的…って子供の頃の話でもいいですか?
A いいでしょう。
B 小学校に入った年の秋でした。
 母が、誕生日に、36色のクレヨンを買ってくれたんです。金やら、銀やらのはいったやつです。セルリアン・ブルーだとか、ブルーグレーだとかいった聞いたこと無いような名前の色のもあってね・・・、
『何でもいいから、好きなもの描いてごらん』って、母は言いました。
『何でもいいって、何?』
私はききました。
『何でもいいって、何でもいいのよ。なんでも好きなもの』
考えたんです。なんでも好きなもの。新しい色のクレヨンで、
描きたいもの。で、
A 何を描いたんです?
B ティッシュペーパーの箱を描きました。
A ティッシュペーパーというと、あの、ティッシュペーパーですか?
B あの、ティッシュペーパーです。箱にこう、白い線がシュッシュと入ってるやつです。
A ああ。あれ、ねえ。
B あれです。
A あの線を綺麗に描くのは難しかったでしょうね。
B そうなんです。とても根気の要る作業でした。私はそれをやり遂げました。だけど母はとても悲しそうな顔をしました。
A お母様の趣味には合わなかったんですね。
B 彼女はその箱の上に果物か動物かお人形の絵を描くように言いました。私は、リンゴと兎とお人形の絵を描きました。 
A 描いたんですか…
B 描きました。ティッシュペーパーの箱はもう、ティッシュペーパーの箱ではなくて、宝物の入った不思議なバスケットのように見えました。
A ・・・・・・
B それを見た家族は言いました。
A なんて?
B 『個性的で夢のある絵ね』って。
A ………。
B コセイテキでユメがある箱の中に詰まっているのはティッシュペーパーではないのだということを、学びました。
A 学んだんですか・・
B 学びました。
A … 
B わからないことは学べばいいんです。
A …
B 日記も作文も書けるようになりました。
A 学んだんですか。
B ええ。
A 思ったことをありのまま書けばいい…って、いいますけど…
B 何も、思いつかなかったらどうするんです?
A ・・・・・・・
B わからないことは学べばいいんです。
A …
B <喧嘩をした〉時は〈悔しかった〉、
<チョコレートを食べた>ときは〈おいしかった〉
〈たくさんあるいた〉時は〈疲れた〉って書けば良かったんです。
と、いうことは、逆にたどれば、そういう風に思えばいいんだっていうことでした。だから。逆にたどって、〈悔しかった〉り〈おいしかった〉りもしてみました。
A 勉強熱心ですね。
B でも。組み合わせを間違えることもよくありました。
A 間違えましたか。
B ええ。とんでもないまちがいを。
A ・・・・・・・・
B 悔しかった。
A 悔しかった?
B だから—
A だから?       
B だから、汽車に乗ろうと思って。
 
             間
 
B この線路をずう—っとたどっていけば、…どっちかは絶対に始発点でしょう? 
A そりゃあ、ねえ。
B それでそのどっちかでないほうのどっちかは、それなら終点でしょう?
A そういうことになってますね。
B この線路をずう—っとたどって、どっちかの始まりの端っこか、もうどっちかのおしまいの端っこへ向かっていけば…
汽車を送り出すための始発駅舎と、汽車を迎え入れるための終着駅舎とが、そこにはちゃんと在るんです。
A ・・・・
B ユメを見るための、シアワセを探すための汽車は、物語の始まりと物語の目的地を結んで走ります。意味のない場所なんか通らない・・・。
 

 
A ユメを見たいですか?
B はい。
A 何故?
B え?
 
ジリリリリッ ベルが鳴る。
 
B 何でしょう?
A さあ……。
B 汽車ですか? (あっちのほうと、反対側のあっちのほうを見る。) 

息を殺して待つ、二人。
 
待つ、二人。
しかし来ない、汽車。
 
A 違ったみたいですね。
B ええ。何だったんだろうなあ。今のは…。
 
ジリリリっともう一回なるベルの音。どうやらAのカバンの中の音らしい
カバンを見詰める二人。
あわてるA。
 
B あなたは…
 
カバンの中から特大の時計を取り出すA。慌ててベルを止める…
 
B ……時計屋さんなんですか?
A 安直な。時計を持ってたら時計屋?かばん持ってたら鞄屋ですか?
B …すいません。
A 売ってませんよ。使ってるんです。とても古い時計で…少し音が大きすぎます。
B どうして?
A ?
B どうして、持って歩いてるんです?
A 時計ってそういうものじゃないですか?
B 長く使ってるんですか?
A ええ。ずいぶんになります。今では我が子のようなものです。
B もしかして…時計の事故でお子さんを亡くされた、とか…
A いえ。そんな複雑な過去はありません。
B 重たいんじゃないですか?その時計…
A ええ。ちょうど、私と同じだけ目方があります。
B ふうん。あ、リボン?
A かわいいでしょ。二重螺旋というんです。   
B どっかできいたような言葉ですね。
A そうですか?
B ……なんだか・・・・ (Aが時計をしまおうとするのを見て)
(!)針は?
A (手を止めて) おなか、空いてませんか?
B ……針がない・・・。
A おなか、空いたでしょう。
B …いえ、私は…それより…
A 一緒に食べましょう。これも何かの縁ですから。
B …あの・・・・・・。
A (大きな鞄をごそごそ)
あった。トマト・・・嫌いですか?
B …いえ…
                                               暗転

相変わらず、静まり返ったプラットホーム。
最後に残ったトマト一個を譲り合う、二人。
 
A どうぞ。遠慮なく。
B いえ。そういう訳には。
A まあまあ、そう言わずに。
B でも、そもそもあなたのトマトですし。
A 一度譲るといったトマトを取り戻すわけにはいきません。
B 取り戻すも何も、私は頂いた覚えはありません。
A だって、あなたの方を向いてるじゃないですか。
B ……ト、トマトがですか?
A ほら。
B トマトに前と後ろがあるんですか?
A 何をとぼけたことを。トマトには上下の区別はありませんが、前後の区別はあります。
B 何を根拠に…
A しっぽのついているほうが後ろです。
B ………
A (きっぱり)
B …言い切りましたね。
A ええ。あっ、その目は…疑ってますね。
B 目だけじゃありません。
A ……ひどいわ。(泣く)
B そんな、背筋に訴えるような悪質な手口を使っても、無駄ですよ。私、カンジュセイないんだから……ないんだ…けど…ぞくぞくするから止めてください!カンジュセイなくても背筋はあるから …
A ない子も黙る秘技。忍法トマト泣き。
B … 何て適当なことを…
A さあ。お食べ。
B い、いいえ、こうなったら、私にだって意地があります。そんなトマトを、おめおめと食べるわけには…
A 分かりました。じゃ、こうしましょう。
B ?
A このトマトをここへ置くんです。
B そして、はい。右手の人差し指を、このへたのところへ乗っけてください。
いいですか?
A (二人の人差し指をそのへたのところへ乗っける。)
はい。目をつぶってください。
B …何なんです?これ…
A 昔、聞いたことのあるおまじないです。こうやって目をつぶって、心の中で〈トマト〉〈トマト〉と念じると、トマトがひとりでに移動するんです。
B …トマトが動くんですか?
A ええ。確か。ほら、目をつぶってください。まじないには秩序が大切なんです。
B トマトのチツジョ…
A は?
B いえ。目、つぶりました。これでいいんですか?
A はい。暫くそのままです…
 
間。
間。
間。
 
B 動きませんね。
A おかしいですね。
B ねえ。
A はい?
B やり方に何か手違いがあったんじゃないでしょうか。
A と、いうと?
B 例えばこのトマトですが…
A なるほど、前後が逆さまだ、ということも考えられます。
B …
トマトに人差し指を乗っけたままの、二人。
トマトに人差し指を乗っけたままの、二人。
 
A トマトが止まっとう。
B ………!
A ……すみません。何か…間が、もたなくて。
B ………。
A …い、いいえ。でも、ここで諦めてはいけないのです。
B はあ。でも…
A …、一句、できました。
B 何です?
A 〈おもしろうて、やがて悲しきトマトかな。〉
B ……………………………。
……。星が、きれいですね。
A アンタレスはトマトに似ている。
B …やめましょう。
A はあ?
B やめましょう。不安になってきました。今私たちに必要なことは、トマトからの独立です。
A 私もそんな気がしてきました。休戦協定を結びましょう。
B どこで?
A は?
B (トマトを持っている)どこらへんに線を引きましょうか・・・・・
A はい?
B あ、いえ。
A 片付けます。トマト。
B そうしてください。
 
トマトを片付ける、A。
所在なく空を見上げる、B。
 
A おなか。いっぱいになりました?
B ええ。トマトで。トマトだけで。
A それはよかった。
B ごちそうさまです。
A まだ待ちますか?
B え?
A 汽車。
B …あなたは?
A 私は…
B 暇ですね。
A 全くです。
B 誰も、来ませんね。
A 来るんでしょうか。
B え?
A 汽車。
B 来てくれなくちゃ、困るんです。
A …そうですね。


 
B 星、〈きれい〉ですね。
A ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
B 何か・・?
A いや。星は、〈きれい〉なんだなって。
B え?
A 星は、〈きれい〉なんだなって。
B ……?
A 〈きれい〉って、何なんでしょうね。
B ・・・・・・・・
A それは、学ばなかったんですか?
B 星は、〈きれい〉。(ムキになって言い返す。)
A ええ。ホシハ、キレイ。
B でも。それはどういうこと?
A ・・・カンジュセイがないから、わからないんですね。
B そうです。
A 星は、〈きれい〉。
B 星は、〈きれい〉。 他には?
A 青空、夕焼け、透明な水の底、六角形の雪の結晶・・・・
 
B、遠くを見ながら考えている。
 
B 「遠くにあるもの」のことでしょうか?
A …。
B 「触ったら消えてしまうもの」のことでしょうか?
A …。
 

B 私ね、蜆の貝殻好きなんです。
A 蜆??
B ええ。味噌汁の中に入ってる奴です。
A …
B 洗って、瓶の中にしまってました。
一つ一つ、模様が違うんです。貝殻だって、貝だった時代には生きてたんだから、当たり前だけど。
A 言われてみれば、そうですねえ。
B こうやって手の中に包んでると、安全な感じがするんです。
 

 
B そのときによって、『一番失くしたくないしじみ』が、違うんです。
A 『一番失くしたくないしじみ』?
B 不思議なことに、違うんです。
A 一番、きれいな蜆が?
B いいえ。「一番、失くしたない蜆。」
A ・・・・
B 蜆は、〈きれい〉じゃないんです。
A ?
B 違うんです。その組み合わせは、間違ってます。
A ?
B 蜆は〈きれい〉じゃない。蜆でユメを見ることはできないんです。
 

B 汽車に乗ろうと思ったんです。
回りの人達は、みんな、出掛けていってしまいました。
ずーっと、遠くへ。
〈ユメ〉のはじまりと、〈ユメ〉の、目的地。
そこへ行けば…
私にだってユメが見られる。
誰かと一緒に、ユメがみられる。
そう思ってやっと家を出てきたのに。
なのに。やっぱり私、こうやってここにいるんです。
なんでか、いつもこうなっちゃう。
 

 
A 私は貝のことは良く知らないんですけど、蜆の貝殻っていうのは…あの、アサリの貝殻を……小さくしたようなやつですか?
B …(苦笑して)ごめんなさい。貝の話なんか。
なんか、ほら、こんな状況だから。
それに、少なくとも、具体的ではあると思いますから・・・。
A あの…、こうソフトクリームの先っぽみたいなのは…あれは違いますよねえ。
B あれはサザエです。サザエは味噌汁には入れません。入れるところもあるのかもしれないけど、私は見たことがありません。
A ・・・・・(思い浮かべようとしている)
B 蜆って、ほら、黒くって、ちいちゃいやつです。
こんな、こおんなふうな、こんなやつです。
A なんだって、そんな、そんな、そおんなのが、好きなんです?
B 分かりません。わかんないくらいだから、どうでもいいことなのかも知れません。 
A …ほしいものと、なくしたくないものは違うんですか。
B ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

 
A なんだか。
B え?
A その話は、悲しいですね。
B 〈悲しい〉…
A そんな気がします。
B 〈悲しい〉… ?(考え込んでいる)
A え?あ。〈悲しい〉…、というのは
B 具体的に言うと?たとえば?
A 親しい友達が死んだとき。
B …
A 信じたいものが信じられなくなったとき。
B ・・・・・・
A なくしたくないものが、手の中から、消えてしまうかもしれないとき。
A ずっとわからなかったことを、なぜかわかってしまったとき。
B ・・・・・・・・
 

 
B 六角形の雪の結晶って、〈悲しい〉ですか? 
A …
B 夕焼けとか、青空って、〈悲しい〉ですか?
A …
B 星って、〈悲しい〉ですか?
A ・・・・・・
B ユメとか冒険とかって〈悲しい〉ですか?
A ・・・・・・・・・・・
 

 
B 汽車、遅いですね。
A ええ。ほんとに。
B くるんでしょうか。
A さあ…ねえ…。
 
ひゅうっと、吹き抜ける、風。
 
A きれいって言葉で思い出したんですけど…。
A 何かの本で読んだんですけど、…
B はい。
A 誰よりも一番、きれいなもの見ている人って、誰だと思います?
B え?さあ…
A どこよりもね、いちばんきれいじゃないとこ、から見てる人ですよ。
B …。
 

 
A ユメをみたいですか?
B ええ。
A 何故?
B だから…
 
ジリリリリッと再び鳴り出す時計。
顔を見合わせる二人。
カバンの中から、例の時計を取り出すA。
 
A すみませんね。最近ますますよく鳴るんです。
B よく鳴る時計は良い時計なんですか?
A どうなんでしょうね。
B 針、どうしたんです?
A 針?
B なくしちゃったんですか?
A いいえ。
B え?じゃあ初めから?
A 針は、要らないんです。
B …どうして?
A 持って歩くのに邪魔なんです。
B え?
A …
B 時間わかるんですか?
A ええ。
B …どうやって…
A あっ!
B なんですか?
A 流れ星です。
 
ひゅーっ!ぽと。
流れ星が落ちてくる。
広いあげる、B。
 
B …何…なんです、これは…
A あそこにあった星がこう、ひゅうーっと流れて落ちてきたんだから、流れ星でしょう。
B で、でも…、いくらなんでもそんな…。
A イナガキ・タルホっていう作家を知っていますか?
B イナガキ・タルホ?
A “おつき様とお星様は実はあれはボール紙でできてるんだ”って小説を書いた人です。
B で、でも…
A …
B これは、豆電球じゃないですか。
A あなたに言われなくても、見れば分かります。
B 何だって、豆電球が降ってこなくちゃいけないんです。
A ですから…
B あなたは一体…
 
ザブーン
何かが水におっこちた音。
 
A (流れ星出身の豆電球を見て)
誰かが、死んだんでしょうね。
B …………
 

 
B (ふと)汽車、来ますよね?
A 何でそんなこと私に聞くんです?
B …だって…
A …
B でも…
A …
B …でも…
 
計算されたようなタイミングで、しかし突然、
プラットホームを照らしていた明りが消える。
真っ暗になる、構内…
天上の星たちの光に割って入るように、線路の鋼鉄が鈍く光り始める…
 
B なんですか? 
A 明りが消えたんじゃないでしょうか。
B あなたに言われなくてもみればわかります。わからないのは、どうしてって消えたのかってことです。汽車は来ないし、あなたは誰だかわからないし、豆電球は落ちてくるし、灯りが消えるし・・・・ 
A 私に聞いてもわかりませんよ。ここは駅で、私とあなたは汽車に乗れなくて、だからそのままこうして駅にいて、あなたはなんでもかんでも私に質問する…。

B ・・・・・・・
A それ以外のことは何もわかりません。あなたが誰なのか、どこから来たのか、どこへ行こうとしてるのか、・・。
 
Bはふと黙り込む。
長い間、黙っている・・・・・

B 光ってますよ。
A …星ですか?
B いえ、線路が。
A 線路?
B (線路を見ている)
 
星明かりに照らされて、鈍く、ただただ鈍く光る、線路…     
相変わらず、静まり返ったプラットホーム。
しばらく。
 
B 線路は、〈きれい〉ですかね?
A どうなんでしょうね。
B …
A 線路に聞いてみますか?
B …
 
なんとなく、その場の雰囲気で線路を見詰める、二人。
期待に添う、線路。
 
やがて線路のあちこちで赤や青の豆電球が光り始める…
B、おもわずその中の一つをつまんでみる。 掌に、包んでみる。
赤い豆電球が手の中で光る……
 
A 割れずに残ってた〈流れ星〉でしょうね。
B ……

お互い、黙ったままの二人。
長い、間。
ひゅうっと、風が一筋吹き抜ける。
 
A ちょっと、寒くなってきましたね。何か上に羽織るものをもってくればよかった…
B あったかいです。
A 星ですか?
B 豆電球です。パナソニックの。
A 光ってる豆電球が熱をもつのは当たり前でしょう。流れ星があったかいならメルヘンですけど。
 
長い、間。
 
B 光ってる豆電球は、あったかいですね。
A ………………………
B ふふ、当たり前ですね。
A 科学ですよ。
B ・・・・・・・・・・。
間。
 
B この線路を…
A え?
B この線路をずうっと行って、ずうっと行って、いつか線路の端っこへついたら…そこにはもっとたくさんのあったかい豆電球があるんでしょうか。
A (何も言わない)
B 汽車に乗れば…
A たくさんの星がさんさんきれいに瞬いているのが、とってもよく、見えるんです。
B …(じっと手元を見ている)
A …(じっと遠くを見ている)遠くに、見えるんです。
 

 
B その星は〈きれい〉ですか?
A それはもう。
 

 
B 汽車はとっても速いんでしょうか。
A それはもう。
 

 
B 宇宙は…膨脹しているって、本当ですか?
A それはもう、想像を絶するスピードで。
 

 
B 冒険は、活気にあふれていますか?
A コップに溢れるミルクのように。
B 時間は…
A え?
B 時間は…
 
ジリリリリッ  ジリリリリッ
けたたましく例の時計のベルが鳴り始める…
 
大きく溜め息を付いて、ベルを止めるA。
立ち尽くしたままのB…。
 
また時計を持ち上げようとするA。
が、なぜかびくとも動かない。
 
必死で力を込めるがやはり、無理。
必死で頑張るA。
 
横で見ている、B。
 
横で見ている、B。
 
B 手伝いましょうか。
A いえ。私の時計ですから…
B そうですか?…
 
しかし持ち上がらない。
大きく溜め息を付く、A。
 
A “瞬間と永遠は同じだ”って、
B はい?
A 私にこの時計をくれた人が、別れる時にね。
B 貰ったんですか?
A ええ。ずいぶん昔にね。
B そんなめんどくさい時計を持って歩いてる人が他にもいたんですね…。
A そんな言い方はどうかと思います。長年連れ添ってくればかわいいもんです。
B 長年連れ添う前に体力がいりそうですね。
A 長年連れ添うと、体力がいるんです。
B ……?
 
時計を見詰める、B。
 
遠くを見上げる、A、溜め息。
 
A あげます。
B は!?
A あなたにあげます。
B な、何を突然…
A どうぞ遠慮なく。
B え。でもそんな訳には…
A まあまあ、そう言わずに。
B だけどあなたの大事な時計でしょう?
A 私の大事な時計でした。
B そんなものをいただくわけには…
A 私の時計が受け取れないっていうんですか?
B ですからそういう問題じゃなくて…。
A 私がゆずると言ったんです。一度ゆずると云った時計を取り戻す訳には行きません。
B 取り戻すとかおかしいですって。私はそもそも頂いた覚えがありません。
どうしろっていうんです。こんなの貰って…
A 私の時計にけちをつけるんですか?
B だから、そういう問題じゃなくて…
A 問題なんかどうでもいいんです。もう譲ってしまったんですから…だって…
B ああっ!!時計が私の方を向いてるとかっていうんでしょ。おんなじ手が二度も通用すると思ってるんですか?
A この時計に前後の区別はありません。
B ?
A 上下の区別もありません。
B ……
A 実は長さも大っきさもないんです。(ひそひそ)
B …それじゃ、何があるんです?
A 大きな声では言えませんが、質量です。
B 質量?何です?そんな、針のついてない、質量の時計で、何を計るんです…
A 時間ですよ。時計ですから。
B 無茶苦茶。
A 〈瞬間の質量の総量〉です。
B 何ですって?
A 通過した道の長さではなくて。
B 何を言ってるんです?
A 分かりませんか?
B 分かりませんよ。
A そうですか…。
B そうですか、じゃないでしょう。あなた一体、何考えてるんです?
A いろんなこと、考えてますよ。
B 世の中には考えていいことと悪いことがあるでしょ!
A あら、民主的じゃないわねえ。
B 民主主義は多数派が真理なんです。
A 汽車、遅いですね。
B (仕方なく、黙る。)(ため息。)
 

 
A 静かですね。
B ………
A 汽車、遅いですね。
B …………
A 何、考えてるんです?
B いろんなことです!
A 民主主義ですか?
B いろんなことです。
 
長い、間。
 
遠くを見る、A、悲しそうに、遠くを見上げる、A……
 
A (ふっと、覚えていた詩でも口ずさむかのように)
細胞が、生きてるんです。
細胞が生きてるってことは、質量なんです。
もしかしたら始まりとか終わりとか面積とか体積とか関係なくて、
そこに在るってことが、そこに在るものの全部なんです。
   
B (Aを見ている…)
A “物語”は、失くしたとき、生まれるんだそうです。
誰かが何か失くした時…
 

 
B 物語って悲しい、ですか…
A どうでしょうね。
 
いつの間にか駅舎に灯がつきさっきまでの線路の光は闇の中へ溶けこんでいる。
一つ、二つ、豆電球のあかりも消え始め…
 
A 私は、この駅舎が好きですよ。
B ………
 
ぼおっと、汽笛の音。
 
A 汽車が、来たみたいです。
B ……
 

 
A 寒いですね。指が凍りそう……
B ……

 
A 星が、きれいですね。
B ………………………………………私もです。

時計を見ている、B。
Bを見ている、A。
 
A ところでこのトマトはどうしましょう。 
B (ちょっと考えて)
あなたが持ってってください。私は断固、受け取ってないしそれに……
「トマト一つなら」、持って乗れるでしょう。
A ・・・・・・・・。
B 星が、きれいですね。
A そうですね。星は、きれいです。
 

 
B 遠いですね。
A そうですね。遠いです。
 

 
B 終点は……
A あの、赤い星かもしれません。
B アンタレスですか?
A ………ちょっと、できすぎてますね。
B いいんじゃないでしょうか。ユメがあって。
A そうですね。
 

 
B その星はやっぱりきれい、でしょうか?
A ええ。それはもう。
B 汽車はもっと速いんでしょうか。
A ええ。それはもう。
B 宇宙は……今でもどんどん膨脹しているんでしょうか。
A 恐らく想像を絶するスピードで。
 

 
B 冒険は……(空を見上げて)
         
活気にあふれていましたか。?
A 床に広がるミルクのように。
B 時間は……
A え?
B 触るとざらざらしていましたか?
A きっと……
 
ぼおっ
もう一度汽笛が鳴る……
列車の入ってくる、音……
 
A 目が覚めたら……
 
列車の音、音……
 
B え?
A (ぽおんっと、トマトをBに投げ渡す。)
朝御飯に食べてください。
B ………………
A さようなら。
 
A、何も持たず、汽車に乗り込む。
 
B (手の中に、トマト。ずっしりと、トマト。手の中のトマトを見て)
さよなら。
 
ぼおっ 汽笛の音。
列車がゆっくりと通過する…
 
流れ星が一つ。
赤い尾をひいて空を伝う。
 
やがて遠ざかり、聞こえなくなる汽笛。
駅に甘ったるい静寂が戻ってくる。
 
そのうち夜空の星達が一つ二つ消えて……
プラットホームもやがて夜の闇に溶けて……
 
すべての風景が消えたとき、
見慣れた風景を引き戻すかのように、時計のベルが鳴る。
意識の遠くから聞こえてくるその音は、
何だか聞きおぼえのある、
何だかとっても聞きおぼえのある、あの音だった。…。
(了)

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久野那美
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