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漫文駅伝特別編 『アル北郷人生挽歌~続きを待てずに』㊼ アル北郷
殿と個室で焼肉。それも二人っきりで!
弟子入りを直訴してから二年。夢のような状況が突然訪れたわたくしは、ただただ緊張し、慣れないトングを使い、タン塩を殿の目の前で焼いていた。
先輩のショー小菅から、殿との食事において、弟子は「とにかく残さず食べること」が大前提と指示を頂いていたため、わたくしもタン塩を頬ばる。美味い!これが高級焼肉店のタン塩か!
緊張してはいるが、ちゃんと味は分かる。
今まで何度か口にしていたタン塩とは明らかに違う。
そんな事を舌で感じながら、タン塩を焼く。殿の小皿に置く。わたくしも食べる。このルーティーンを決まったペースで繰り返していると、その姿が殿には滑稽に見えたのか、「お前、さっきから肉飲んでねーか?」と、思わず吹き出してしまう質問を殿から頂く
と、ここでやっと車を停めに行っていたショー小菅が個室に入ってくる。
運転のあるショー小菅は当然ウーロン茶を注文し、ここから3人体制で肉を頂く。
タン塩から始まったこの日のコースは、その後、ハラミ。カルビ。豚足。ロース。ユッケと続き、殿は、ユッケ以外はどれも一切れ口にすると、「お前ら、食べちゃえ」とこちらに勧めてくる。
肉はどれもしっかり3人分はあるため、これがなかなかの量で、この日、わたくしは初めて、‘‘焼肉屋でご飯を食べず肉だけで、腹一杯になる”といった経験をするのですが、人間、本当に‘‘もう米粒一粒だって入りません”とギブアップする程腹一杯になると、歩いただけで吐きそうになり、出した事のない冷や汗が噴き出るのです。
それでも肉をとにかく食い続け、青い顔をしているわたくしに、殿は「まだ、行けるか?」と、噂に聞いていた質問を放り込んでくるではありませんか。
「はい。頂きます」
そう答えるようショー小菅からレクチャーを受けていたため、内心は「いえ。無理です。とても食べられません」といった気持ちをぐっとこらえて、追加で3人前のカルビを食べることに。
このあたりから、焼く前の肉を見ただけで、「うっ!」と、吐き気がこみ上げて来る。
やばいと思ったわたくしは、「すいません。トイレ行ってきます」と断りを入れ、個室を飛びだしトイレへ駆け込む。
せっかく頂いた極上のお肉を、いけないとは思いつつ、湧き上がる体の嘔吐反応にどうすることも出来ず、罪の意識を感じながら、吐いてしまう。なにやってんだ。
酒を飲んで吐くのではなく、肉を飲むようにして食べ吐く。こんな経験は当然初めてでした。
綺麗に口元を洗い、個室に戻る。
と、「おい、冷麺食うだろ?」と、殿は当たり前のように〆の冷麺を確認してくるではありませんか。
今の状態で冷麺一人前を胃袋に収めることなど、200%無理だと分かりきっていたのですが、そこはやはり教わった通りに、「はい。頂きます」
そんな選択しかありませんので、そうお答えして、追加のカルビを冷や汗を吹き出しながら食べるわたくし。
横のショー小菅は、そんなわたくしを見て「俺もかつて経験した、もう食べられません地獄。北郷、殿との食事は嬉しくも苦しいだろ?」といった顔をしてニヤニヤしている。
ここで今一度、食べた量を整理します。
タン塩3人前。カルビ3人前。ハラミ3人前、ロース3人前。とんそく一本。追加でカルビ3人前。これをほぼ一人でわたくしが食べた事になります。肉だけで16人前です。
カルビを食べきらないうちに冷麺が来る。
しかもその冷麺、器がかなりデカいときている。
さっぱりして、するっといけちゃうはずの冷麺が、全く入っていかない。すすってもすすっても、胃袋がパンパンなため体が全く受け付けないのです。
が、残す事は許されない。
とにかく、嘔吐反応が起きないよう、ゆっくりとすすり、なんとか、本当になんとかたいらげる。この時、あまりの満腹感に、一瞬ふっと意識が飛び、後ろにひっくり返りそうになる。人間、食べ過ぎると意識が飛ぶのです。
と、「おい。会計して車回してこい」と、殿がショー小菅に指示を出し、小菅が殿から財布を預かり個室を出ていく。
ここでまた殿と二人っきりに。
明らかに顔色の悪いわたくしは、「殿が車に乗るまで。とにかく吐かないように」と、心の中で自分に暗示をかける。
程なくして、店の方から「お車が到着しました」と報告が入ると、「よし。行くぞ」と殿が立ち上がる。
当然わたくしも即座に立ち上がる。と、急に立ち上がったため、「うっ」と嘔吐反応が。なんとか堪えてエレベーターへ。
エレベーターに乗ると、「おい。これ」と殿からポチ袋に入ったタクシー代が。
初めての事で貰っていいものかどうか分からず、もじもじしていると「おい」と殿から強くもう一度差し出され、頂く。
食事をご馳走になり、さらにタクシー代まで頂くのか!初めてのことで驚きました。
ちなみにこの日頂いたポチ袋は、裏に日付を入れて、しっかりと保管している。
ポチ袋を手に持ち、呆然と立っているわたくしに、「お前、酒弱いのか?顔色悪いぞ」と、見透かされたツッコミを殿から頂く。
エレベーターを降り、車まで殿を見送る。
「おう。またな」
車に乗り込み去っていく殿。夢のような時間とパンパンの胃袋。
手には殿から頂いたポチ袋。
あまりにも情報量の多い刺激的な1日に、完全に脳も胃袋も許容範囲を超え、思考停止のまま叙々苑の前に立ち尽くすわたくし。
が、後日、今度は殿に大変美味しいうなぎ屋さんに連れていって頂き、そこで、のちにわたくしの漫談の定番のネタとなる、ある‘‘うなぎ事件”に遭遇するのです。
つづく。
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瘦せてんな~俺