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漫文駅伝特別編 『アル北郷人生挽歌~続きを待てずに』㊷ アル北郷

「楽しく華やかなはずのレッドカーペットが、たった一人のもみあげの長い、小太りの不審者の登場で、瞬時にして不穏な空気に包まれ出したのです。が、ここでも、ある奇跡がわたくしを救ってくれたのでした」
前回はここまで。つづきをどうぞ。

その奇跡とは? 説明します。
知らず知らずのうちに、ヴェネチア映画祭のレッドカーペットに降り立ってしまったわたくしは、逃げ場を失い、何食わぬ顔で歩き出したのです。
が、当たり前ですが、映画祭のスタッフがこちらに気づき、「あいつ、誰だ?」となり、ゆっくりと近づいてきたのです。

「この流れだと、レッドカーペットからつまみ出される事になるのか?」
瞬時に迫りくる危機を察知したわたくしですが、どうすることも出来ず、あくまで顔は「俺、別に悪い事してねーし」といった表情をかます。
そんな大変困った状況の中、突然、「わ!キタゴウさんだ!キタゴウさんだ!」と、わたくしの名前を連呼する声が! 
その声の方向に視線を向けると、少し離れた、ファン達が押し寄せている、柵を隔てた観客ブースの最前列に、二日前、酒を酌み交わした、イタリアの北野映画のファンクラブ「サッサリア・キタノ・ファンクラブ」の面々が、10名程お揃いのTシャツ「映画の神様・北野武」を着て、わたくしに手を振っているではありませんか!
そんな青い目のキタニスト達の行動を見ていた他のファンやマスコミ達が、「あいつ、誰だか知らねーけど北野映画に出演している役者か? とりあえず写真撮っとくか」といった感じで、一斉にフラッシュを浴びせてきたのです。
さらに、興奮した青い目のキタニスト達は、「キタゴウさん!キタゴウさん!キタゴウさん!」と大声でひっきりなしに連呼。
その光景を目の当たりにした、わたくしを不審者とみなしていた映画祭のスタッフ達は、「むむむ。こいつ、まんざら怪しい奴でもないな」といった顔つきになり、あきらかにわたくしを捕獲する歩を止め、躊躇し出したのです。
「イケる!これは逃げ切れる!!」そう踏んだわたくしは、何食わぬ顔で柵を挟んで集まっているキタニスト達の所に歩み寄ると、柵越しに握手をし、勝手にメモ帳を奪っては、スター然とした態度でサインをして回ったのです。
こうなれば、もうこっちのペースです。映画祭のスタッフは益々躊躇し動きが止まる。と、ここでもう一つ更に奇跡が。
殿を乗せた車がレッドカーペットに到着。中から殿が現れると、その瞬間、全てのファンの目が殿へ集中。映画祭のスタッフも、どこの誰だか知らぬわたくしの事など、もうどうでもよくなった様子で、「タケシ・キタノをガードせねば」と、殿の周りに集まって行ったのです。
当然、そこから先のレッドカーペットは、殿一色となり、わたくしの存在など無に等しく、そのタイミングを見計らって、レッドカーペットから、「アウトレイジ ビヨンド」が公式上映される映画館へと、足早に逃げ込んだのでした。

なんとか安全地帯に逃げ込んだわたくしは、フラッシュにまみれ、外人さんからとめどなくサインを求められている、レッドカーペットを笑顔で歩く師匠を見て、今一度、「殿はホントに世界の北野なんだな~」と、一人勝手に納得したのです。

で、レッドカーペットを歩き終え、わたくしが待つ映画館の入り口に辿り着いた殿は、開口一番「お前、さっきどさくさに紛れてレッドカーペット歩いてなかったか?」と、笑いながら聞いてきたのです。
そんな師匠からの問いかけに、「はい。二度目のヴェネチアレッドカーペット、今回も堪能致しました。殿、ありがとうございます!」と、元気よく答えると、「なんでお前はそう図々しいんだ!」
と、何度目かの、‘‘図々しい野郎ツッコミ” を頂戴したのです。

その後は公式上映。上映後恒例のパーティーと、以前来た時と同じ流れのイベントが続き、その夜。やはり殿とワインにしこたま酔ったのは言うまでもありません。

翌日。ヴェネチア最終日。昼はグレックと優雅に観光。
夜は北野組御一行の皆様と、‘‘あとは帰るだけの打ち上げパーティー”に参加。
何度も書きますが、今回のヴェネチア映画祭は「アウトレイジ ビヨンド」が正式コンぺに選ばれての参加であり、当然、監督の殿をはじめ、同行しているスタッフは皆様、「ビヨンド」に関わっている方たち限定です。そんな中、唯一、映画に出ている訳でも、ましてやスタッフでもない、なんの関係もないわたくしが、何食わぬ顔をして打ち上げパーティーに参加するわけです。つくづく、「なんでお前はそう図々しいんだ!」です。はい。

が、それを承知でも、ここまで来たらやっぱり殿とお酒が飲みたい。ベニスのしゃれたレストランで開かれる打ち上げに参加したい!な気持ちが勝り、しっかりと打ち上げにバカなふりをして参加してまいりました。まーほんとにバカなのですが。

打ち上げ会場は、映画祭が開催されているリド島から、船で15分程行った小さな島にあり、まずはみんなで船での移動。
その船の中で
殿「お前、ヴェネチア二回目か?」
私「はい」
殿「あれ?お前って、アウトレイジ出てねーよな?」
私「はい。確か、出てなかったような・・・」
殿「何が確かだよ!お前、どこにも出てねーだろ!」
こんな楽しいやりとりに、スタッフもどっと笑い。なんとなく、‘‘俺、打ち上げに参加してもいいよね?”といった空気に。

で、入ったレストランは、海の真ん前の最高のロケーションで、壁には、フェリー二、黒澤明、ヴィム・ヴェンダース、ホウ・シャウシェン。そして、「ひまわり」のマルチェロ・マストロヤン二などのサインが、色紙でなく壁に直に書かれており、その中に我らが北野武監督のサインも。以前、殿はこちらに訪れサインしたそうです。

夜7時から始まった宴は、皆様、‘‘あとは一泊して、帰るだけ”といった気分がそうさせたのか、大変リラックスしたものとなり、殿も終始笑顔で、「アウトレイジ ビヨンド」撮影秘話を、いつもの漫談口調で、笑いを多分に交え話されていました。

そして、宴が始まって30分程した頃「北郷。〇〇のあれって、なんだっけ?」と、ある込み入ったネタに関して聞かれ、殿の隣の席につき、「あれは〇〇で、○○です」と、端的にお答えして、殿から離れた自分の席に戻ろうとすると、「いいよ。お前ここに座ってろよ」と、ナイスな指示が。
その後、9時半まで続いた宴の最後まで、わたくし、殿の隣に鎮座する幸運に恵まれたのです。で、「こんな機会、めったにないぞ」と感じた図々しいわたくしは、「殿。殿が話す映画のお話は大変貴重なので、動画で殿を撮ってもいいですか?」と、無理を承知で、失礼なお願いをすると「おう、いいぞ」とあっさり許諾。
わたくし、殿から30㎝程の距離で、どアップのアングルで、アイフォンのカメラを15分に渡り回したのです。

宴の終盤、殿がトイレに立つ。わたくしはおしぼりを持って追いかけ、トイレの前で殿を待つ。日本でもよくこなしている、付き人の動きです。
待つ事3分程。出てきた殿におしぼりを渡し「殿。本当に今回もありがとうございました」と、改めてお礼を述べると、
「どうだ。オレがこっちじゃ人気なのがよく分かったか?日本に帰ったら、ちゃんとみんなに伝えとけ!」
笑いながら、殿はそう言い放ったのです。
「殿、大丈夫です。ヴェネチアでも日本でも、大人気ですから」
そんなツッコミを心の中で殿に入れると、わたくしのヴェネチア珍道中はここにクライマックスを迎え、翌日、ヴェネチアの地を飛び立ち、無事、日本へと帰国したのでした。

つづく。

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