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漫文駅伝特別編 『アル北郷人生挽歌~続きを待てずに』㊽ アル北郷
弟子入りして二年。晴れて殿の付き人となったわたくしは、付き人になって二ヶ月程すると、殿の運転手を務める事になったのです。説明します。
当時の殿回りの体制は、運転手、付き人、そしてマネージャーと、それぞれ役割が決まっていました。
運転手は、殿を家から仕事場まで運ぶ。
付き人は現場で、殿に付いてまわる。
基本、運転手は現場では何もせず待機し、付き人が全てやります。
が、現場での仕事が終われば、運転手は殿の食事会や飲みなどのプライベートな場所へもお供する。
時には店の前で殿を待ち、何時間も車中で待機することもある。
一方付き人は、現場が終わればそこで仕事は終わり。
大体昼から始まり夕方ぐらいで付き人はお疲れ様となるのに対し、運転手は、殿が家から出て、現場での仕事、飲みなどを経て家に帰るまでが仕事のため、とにかく勤務時間が長い。ですから、給料も運転手は付き人の二倍程。
書き忘れていましたが、殿の付き人になると、給料が出ます。
弟子入りして二年間無収入だった私にとって、これはありがたかった。余談ですが、給料が発生した翌月には、中古のカワサキ・ZZR400を、48回ローンで購入致しました。
話を戻す。
当時運転手だったショー小菅が、交通違反の累積により免停となったため、急遽わたくしが期間限定ではありますが、運転手を務めることになったのです。
で、運転手をやるようになって、一番の変化は、殿とお食事をする機会が一気に増えた事。
殿の仕事部屋で殿が出前を取る。一緒に頂く。
仕事終わりで殿が外で食事をする。一緒に頂く。
好き過ぎてほだされ、熱をあげ、憧れて弟子になった殿とのお食事ですから、それはそれは嬉しく、夢のような時間です。が、当たり前ですが、とんでもなく緊張する時間でもあるのです。
そんな食事の時、ちょっとした事件が起きました。
その日、殿は午後から「北野ファンクラブ」の収録があったのですが、午前中、ずっと顔を出していなかった、たけし軍団野球に顔を出すことになったのです。
当時、毎週火曜は朝から昼まで、軍団の兄さん達は神宮外苑のグランドにて、ダブルヘッダーで二試合こなしていまいた。
ただ、わたくしが殿の弟子になった頃はすでに、殿は野球にはとんと顔を出さなくなっており、殿のユニフォーム姿を見ることはありませんでした。
そんな殿が、久しぶりに野球をするため、わたくしとショー小菅は、早朝、殿邸にお迎えにあがったのです。
補足ですが、急遽運転手になったわたくしは、各テレビ局や、常に殿が伺う店などへの‘‘行き方”が分からないため、助手席にショー小菅が乗り、ナビをしてもらいながらの、二人体制で臨んでいたのです。
寝起きの殿は、基本喋りません。いつも通りの静かな車内。
で、神宮外苑で殿が昼まで野球に参加した後、午後の北野ファンクラブまで、ぽっかりと2時間程の空き時間が出来たのです。
「おい。じゃーよ。○○行け」
殿から、殿行きつけのうなぎ屋さんの名が告げられ、わたくし、ショー小菅、そして殿を乗せたベンツS600は、神宮外苑からそれほど遠くないうなぎ屋へ移動。
この時、わたくしはこちらのうなぎ屋は初めて。
ショー小菅は何度も殿と一緒に来ていたそうです。
店に着くと、「いつもありがとうございます」といった感じで、店員さんが殿を座敷の個室に案内する。
座敷に腰を下ろすと、殿は慣れた感じで注文をする。
頼んだ品がくる間、しばし沈黙。
「おい。足くずせ」
正座をしていた運転手コンビに、殿から指示が出る。
殿はどこへいっても、こちらが正座をしていると、必ずこの指示を出す。
また、沈黙。
こういった時の沈黙は1分が3分にも5分にも感じられる。
ほどなくして、うなぎの白焼き。卵でうなぎを巻いた、う巻きなどがまずは運ばれてくる。
この時「ちゃんとしたうなぎ屋では、うな重以外のうなぎ料理を、まずは前菜的に食べるものなのか?」と、育ちの悪いわたくしは、軽いカルチャーショックを受けたのをよく覚えています。
「よし、食っちゃえ」
殿からの一声で、お食事スタート。
「頂きます」と声を出し、箸を割る。
で、この前菜的うなぎ料理がやたら美味く、特にう巻きには唸りました。
3人共黙々と食べ、あっという間に平らげ、また、しばし沈黙。
と、メインのうな重登場。
ここでまた、本日二回目の「頂きます」と声に出し、重の蓋をあける。
天然もののうなぎとはこうも美しい物か!
重の中のうなぎは、実に綺麗な顔をしていました。
と、殿を見ると、すでに黙々と食べ出している。
ショー小菅から「殿は早食いだから、北郷も気合入れて食べて、殿を待たせる事がないように」と、レクチャーをうけていたのを思い出し、わたくしも慌ててがっつく。
やわらかい。そして美味い!
たまにスーパーで購入して食べていた、あのゴムのような食感のうなぎはなんだったんだ?
夢中になって箸をすすめると、なにやらご飯の下に‘‘ブツ”がある。
お、嘘だろ! こ、これは!・・・・。
一番上のうなぎの下に、ご飯を挟んでもう一枚うなぎが入っているではありませんか!!
要するにうなぎのミルフィーユです。
何と贅沢なランチだろ。
目の前の殿。手には贅沢なうなぎがWのうな重。幸せとは、きっとこういう事を言うのでしょう。
と、その時、殿がおもむろに「今何時だ?」とこちらに聞いてきた。
すると、わたくしの横のショー小菅は、咄嗟にうな重を持ち、腕時計をハメている左手を、時間を確認するため、腕をひっくり返したのです。
はい。そうです。腕をひっくり返した時、そのままうな重もひっくり返り、まだ半分以上も残っていた、Wうな重の中身が、全部テーブルの上にぶちまけられたのです。
「あ!」声を出すわたくし。
「お前、なにやってんだよ・・・」
心底あきれる殿。
「すいません。すいません」
顔を真っ赤にして謝る小菅。
すると、小菅はテーブルの上のぶちまけたWうな重を手で拾い集め、重の中に戻しだしたのです。
それを見ていた殿は、「おい。汚ねーからやめろ。いいよ。もう一個頼め」
その後、殿とわたくしはWうな重を早々に食べ終わる。
が、小菅が再度注文したうな重は一向に来ない。
せっかちな殿は、明らかにイライラし出す。
そんな殿を感じて、冷や汗を吹き出し、うな重を待つ小菅。
あんなに美味いうな重を、こんな形で待つことになるとは?
人生、一寸先は闇です。
しかしながら、どうすることも出来ず、黙って座っているわたくし。
座敷の空気は重く、いたたまれない沈黙が続く。
と、時間にして20分程待っただろうか?やっとうな重が到着。
そこからの小菅の早食いが凄かった!
うな重が来て、わずか3分程で見事に平らげたのです。
人間、追い込まれれば、なんだって出来るんです。
そんな事があった翌日。その日、小菅はなぜか役者のちょい役の仕事が入り、助手席には乗らず、わたくしが一人で殿の家に迎えにあがると、殿は車に乗った瞬間。
「おい、昨日小菅の奴、うな重ひっくり返してたろ?」と、運転するわたくしに話しかけてきたのです。
1日たってもまだ、怒りが収まっていないご様子。
「はい」と答えるわたくし。
「あいつ、なんであーおっちょこちょいかな・・・」
殿はしみじみと、昨日の出来事を振り返ると、続いて、
「あいつ、この世界向いてないんじゃないか?」と、ぽつりともらしたのです。
まさかの、うな重をひっくり返したばっかりに、大好きな師匠から、芸人としての素質を疑われるとは?
改めて、芸能の世界の恐ろしさを知ったわたくしだったのです。
が、そんな、‘‘うな重に大変厳しい殿”が、今度はご自分が、なんともユーモラスな事件を、やはりWうな重を食している時に、起こす事になるのです。
つづく。
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