短編小説 その1 あーちゃん
全ての始末は完了した・・はず。
光熱費など未払いになりそうなものは多めの現金で管理会社に預けてきた。
一年半暮らした跡が何一つ残っていない部屋をゆっくり見回し外に出てドアの鍵をかけ、不動産やの指示とおりポストに落とす。
ついさっきまで私は立派な詐欺師だった。
老人を狙うには女の方が向いていると言い出したのは、オレオレ詐欺の経験者だったという彼氏だ。
臨機応変に嘘を重ねるのは女の方がよほど上手だと言われ妙に納得したし、老人男性を色気で騙すなんてことは想像しただけで面倒でイヤだがこれなら簡単にやれそうだと思ってしまった。
罪悪感なんてイチミリもなかった。
心配してくれる家族や失って困る立場なんて最初からない。
面白いほど上手くいってお金もバンバン入ってきた。
緊張したのは最初の数件だけだった。
「あのねおばあちゃん、アタシ不倫相手の奥さんから訴えられたの。ウン
ウンゴメン。ものすごく反省してる。もうしない。で両親にも心配かける
から頼めなくて」
「欲しい服があって、サラ金からお金借りて買ってたら返せなくなって。
このままだと怖い目にあいそうでもう死ぬしかないの」
「会社のお金を使いこんでしまったの。十日後に会計監査がはいるから
怖く て」
はじめは、孫を装った私の言いなりにあまりにも簡単にお金を出す老人が多いの不思議だったけど、それもすぐに麻痺した。
施設育ちの私ならいざ知らずアンタら普通の家族だろう?と苛立ちはしたけどね。
幼い頃も年に数回会うだけで成長してからはほとんど接点ないのだろうけれど、声を聞いていながら本人かどうかの判断できないなんてことが本当にある不?思議だったけどそれが現実だった。
そんな孫からねだられて簡単に大金を出す老人たちが憎らしいほど哀れだった。こんな変な詐欺は昔なら絶対成立しなかっただろうなぁ
物心ついたときから一人で生きてきた私が羨み憧れた家族や家庭なんて、この程度のものと知つてからはより私の業績は上がった。
首謀者の彼は本当に頭が良い。
(あーちゃん)という隠語で呼ぶターゲットの一人に一個、専用使い捨て携帯を準備してくれたから、同じ(あーちゃん)と何度でも時間をかけて話し合うことができ、送らせる金額もなるべく少額からスタートしてアブナイと感じたら即そこで打ち切り捨てる。
少額を何度も送ってきた(あーちゃん)もいたがそんな相手ほど切り捨てても騒ぎをおこさなかったのは、多分薄々何か感じながら騙され続けていたのだろうと思う。
いま考えれば、老人達は私が偽物と気づきながら自分で自分を騙してでも孫との交流や会話が欲しかったのだろう。きっと。
首謀者の彼もおばあちゃん子だったと言っていたから、きっとこの詐欺スタイルを考案しやすかったのかもしれない。
ちなみに男のターゲットは(いーちゃん)つまり、ば・じ・の頭文字を省略したものだが、圧倒的に騙されていたのは女が多かった。
私たちは各自それぞれに、売り上げが上がらない時のための隠し玉になる控えの(あーちゃん)を数人抱えていた。
あの日新しい(あーちゃん)にかけた℡から聞こえた言葉にふと違和感を感じた。
「もちっとゆるぅ話してくれんかなぁもし」
あれっ?たしかこの相手市外番号は金沢のはずじゃなかったっけ?彼氏と先月遊びに行ったばかりだから、間違いなく金沢弁じゃないよなぁ・・・
でも、このイントネーションどこかで聞いた記憶があるようでなんだか懐かしくて心地良いんだけどなぁ。
「もしもし・・・アタシ・・おばあちゃん」
「うん?えっマイちゃんか?マイか?」
この(あーちゃん)が最初に呼んだからこの回線での私はマイだ。まぁ偶然私の本名も舞だから違和感ないしラッキーだった。
それから毎日のようにこの(あーちゃん)とは話し合うようになった。誰も怪しまない。
これまでにも時間をかけてゆっくり繋ぎ最終的に金の延べ棒を二本宅急便で送らせたという輝かしい業績?がある私だから。周りはまたスケールの大きい(あーちゃん)を見つけたのだろうくらいしか思っていない。
(あーちゃん)の一人娘が産んだのがマイという孫娘で今二十歳らしい。
私と一歳しか違わないから頭のなかでスライドしても仕方ないよなぁ。
学歴もない私に大学生のマイを演じるのは少し無理もあったが、そこは明るさと可愛らしさで何とか乗り切ったし、相手も学問とは縁のない感じのばあちゃんだったしね。
若い頃に四国松山から金沢の料亭に嫁ぎ苦労もしたらしいが、今は旦那の遺産で一人暮らし。お金は充分あるからマイちゃんが困った時にはいつでも送るからねという言葉を何度も言っていたが、心地よい会話も失いたくなかったし新しいターゲットはいくらでもいたから私はスルーしていた。
娘は死に父方に引き取られた孫とは縁が切れていたというので、継母との仲がうまくいかなくて、おばあちゃんを探して連絡を取ったという私が作ったストーリーに何の不審も抱かず喜んでくれた。
八月半ばあまりの暑さイライラして大口を逃がした私は、そろそろあの金沢の(あーちゃん)仕上げに入ろうかなぁとふと思った。別にノルマがある訳ではないが成績が下がれば仲間内での立場が弱くなる。
その時、自分でも不思議な思いが突然湧き上がり、そうだ!金沢へ行こうと思い立ち東京駅から新幹線に飛び乗ってしまったのだ。
(あーちゃん)の住所金沢市芳斉町**は検索したら金沢駅から徒歩十分くらいの結構ごみごみした古い住宅地の中だった。
あった~あれ?想像してたよりずっと貧乏くさい家じゃない。ま、料亭売ったお金をしこたま抱えて一人で住むにはこれで十分なのかもねと想いなおしながらその夜は近くのホテルに泊まることにした。
夜、電話にでた(あーちゃん)に、友人と京都旅行中なんだけど、明日金沢寄っても良い?と聞くと、驚ろきながらも嬉しそうに駅まで迎えに行くといった。
素顔に近い化粧の自分の姿を何度も鏡に映し確認して約束の金沢駅鼓門の下に行った。
いた!間違いない。小さな身体に涼しげな夏の和服をきた上品なおばあちゃんだった。
初対面なのになんの違和感もなく二人はすぐ打ち解け、予約してくれていた料理屋での昼食の時間も本当に楽しかった。
本当に私を自分の孫と信じているのか?
確信のもてないまま時間が過ぎ、待っていたが家に行こうとは言いださなかった。なるほどあの家に入れたくないのは、それほど裕福ではない今の暮らしを知られたくないのか
それともやはり私を疑ってるのかな?
「私そろそろ東京に帰るわ、お元気でね」
その時、仲居さんが入れ替えたばかりのお茶に、はずみで私の手が触れた。
「あらぁ、お茶かやしたがか」
「わぁ、ごめんなさい」
「何いうとん、火傷せんかったか?」
「ええ、大丈夫。だんだん・・だんだん」
二人の動きが止まった
故郷の訛りがいつまでも抜けないと言っていた老女の口から伊予弁が出るのはわかる。
でも?なぜ?私は「ありがとう」と言ったつもりなのに。(だんだん)ってなに?
自分でも理解できずに私は固まっていた。
(あーちゃん)の目が張り裂けそうになった
「やっぱりあんたは本物の舞ちゃんやった。
お前は覚えてないやろうけど、小さいころに一年だけこの金沢であたしと
一緒に暮らしたことがあったんだよ。
その時私の伊予弁の真似ばかりして・・・だんだんを覚えていたんだね」
一度は幼い私を迎えに来たという母の消息はいまだに生死すら判らぬそうだが、そんなことはもうどうでも良い。
この(あーちゃん)も決して幸せな人生でなかったようだが、つつましく暮らして貯めた全財産をいつか娘か孫に渡せる日が来ることを願いながら今日まで生きてきたそうだ。
半年前一本の電話でつながった私のことが生きがいになり、そのうち本物でなくても良いと思うようになっていたという。
その夜はおばあちゃんの家で語り明かした。
金沢に長く住みながらふるさと訛りを使い続けたのは、それを喜んで真似ていた孫との唯一の絆のように思っていたからだとも言っていた。
翌朝、おばあちゃんが用意してくれたのは、笹の葉に包まれた金沢名物の芝寿しだった。
金沢で暮らしていた頃一番の御馳走で、幼かった私の大好物だったらしい。口の中に甘酸っぱい懐かしさが広がった。
東京に帰った私は、おばあちゃんに長いながい手紙を書きポストにいれた。また会える日まで元気で居てほしいと結んで。
事務所から盗み出した、私の自供を裏付けられるだけの証拠が入ったトートバックの重さは、たぶん裏切る仲間たちの恨みの大きさなんだろうなぁ。
ごめんね。
今日の夕焼けすごく綺麗だなぁ
池袋署が夕日に抱かれてるみたいに見える。
完
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