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ジンジャーハイボールと彼 12 〜消えない傷〜
校舎はすでに建設から二十年は過ぎていたが、有名な建築家の設計らしく、そのモダンさは色褪せていなかった。
ロの字型で、中庭を廊下から見ることが出来た。
生徒玄関を上がった先には、目の前に木製のオシャレなベンチが4つほど置かれている。その右横の壁には大きな絵画があり、目の前に広がる中庭側の壁はすべてガラス貼りで中庭を一番見渡せる場所だった。
学校祭も、終わりが近づいていた。
「あとは、キャンプファイヤーだけかな」
日下部は4つのベンチの1つで中庭側を見ながら涼んでいた。
「あ、日下部先生。キャンプファイヤー準備に時間がかかるって放送が流れてました。まだグラウンドに行かない方が良いって事ですよね」
志田太陽はそう言って日下部の側に来た。
「ああ、グラウンド集合の放送が流れてからで大丈夫」
「はい」
志田は、中庭を見て一呼吸していた。
「あのう、ここ座って良いすか」
「おう」
「志田?顔が青ざめてるけど」
日下部は驚いて彼の肩に手をかけた。
「ああ、そうかもしれないです。俺、実はキャンプファイヤー終わったら。・・・告ろうと思ってて」
「マジか!あ、ごめん。びっくりして」
志田とは、部活の担当でもあることから、プライベートな話も聞くことはあった。
「それで、ちょっと聞いてもらって良いですか」
いつもはサッカーについての相談が多く、自分の話は少ない志田が珍しく自分の話を振ってきた。
「俺、恥ずかしいんですけど。小学生の頃は体形が太ってて、冴えない男だったんです」
「え、本当か」
志田はスポーツも勉強も有能でリーダーとしての素質もあり、もちろん女子からの人気もあった。
「けっこう容姿いじりとかされて、自分らしさを出せなかったから黒歴史ですね。それから中学入って、部活と勉強で忙しくなって、背も高くなって徐々に変われたというか。周りの態度が変わったというか」
「・・そうか」
「ただ。その小学生の頃に嫌な目に合ったのが、クラスの女子で。けっこう可愛い子とかで。それもあって、可愛い子は嫌な奴ってイメージが離れなくて。しかも、その子が中学から痩せた俺に態度が変わったんですよね。いきなり優しいというか手のひら返したみたいに。女怖いなって、なかなか彼女とか作る気持ちになれなくて」
「それは、きついな。人間不信にもなるだろう」
「そう、好きになってくれる子はいたけど。俺、君のことよく知らないけどっていうことも多くて。恥ずかしいけど、自分から告るの初めてだから。かなり勇気が」
「そうか」
もう一度、志田の肩に手をかけた。
「うまくいってもいかなくても、報告しろよ。まぁ、志田なら大丈夫だろ」
「先生、他人事だなぁ」
固い顔が少しくずれて、いつもの笑顔が見えた。
「いやいや、志田を選ばない女は見る目がないだけだ」
「いや、それ恥ずかしいよ。でも、なんか少し勇気もらいました」
志田の友人たちが階段から降りてくる姿が見えた。「太陽!グラウンド行こうぜ」
「おう。じゃ、先に行きます」
「健闘を祈るよ」
自分の小学生時代を思い出していた。志田には言わなかったが、自分も同じだった。
『太っちょ君は、ここ通っちゃだめ』
『お母さんが、早く帰ってきててって言ってたから。早く帰らないと』
『聞こえなかったの?太っちょはダメって言ってたでしょ』
小学生時代、学校帰りに人見知りであまりしゃべらない俺を標的にして女の子三人によく嫌な目にあっていた。
それこそ、志田と同じように男の子に人気のある可愛い顔をした、先生からも重宝される女子たちだった。
だが、俺はストレス発散に使われたのか、心に傷が残るような記憶しかない。子どもの頃の傷は消えない。
この皮肉な性格を当時の経験のせいにはしたくないから、もともとの性格なのだと言い聞かせてきた。
「俺も殻を破らないとな」
志田が頑張ってるんだから。
「百合!こっちだよ!こっち!」
大通り公園はビアガーデンを楽しむ人でごったがえしていた。金曜の夜だからかワイシャツにスーツパンツ姿の人は多かった、それでも若者から中年に子連れ家族と思われる集まりも多く見えた。
皆、北海道の短い夏を満喫しようと楽しんでいるようだった。