ジンジャーハイボールと彼 1、2 〜恵まれた星と姫〜
1、恵まれた星と姫
それは、近代的で高さと華やかさのあるスカイツリーとは程遠い。長年、日本の象徴となってきた東京タワーにも及ばないもの。
とは言え、多くの観光客で賑わい、地元では癒しとなってきた存在、さっぽろテレビ塔。
そのテレビ塔は大通り公園の中に存在していた。
三月半ばとなり雪解けが始まった今、公園には軽めのアウターを着た人々が行き交う。
まるで、これから始まるであろう春に心浮かれているかのようだった。
10℃前後の気温が暖かく感じるのは、先月までマイナス気温と雪の吹雪の中を過ごしてきたからに違いない。
「むかしむかし、ある国にとても綺麗な白雪姫というお姫様がいました」
その公園の中にあるベンチに親子が座っていた。母親は小さな娘にせがまれ、絵本が手元にない中、口頭で物語を語っていた。
「ママ、違うの。白雪姫じゃなくシンデレラが良いの」
どうやら希望の物語とは違ったようである。
「あら、白雪姫が好きでしょ。まぁ、どっちも好きだもんね」
「うん、好き!」
木原百合(きはらゆり)は、ショッピングの合間に大通り公園を少し歩きたいと思い、散歩の最中だった。ベンチに座る親子のやりとりを微笑ましく聞きながら歩いていると、テレビ塔の前に着いたことに気づいた。
テレビ塔を見上げ、自分は陳腐な事を考えていると気が沈みそうになった。
シンデレラは、いじめられながらも家事をする日々の中、王子がガラスの靴を持って探しに来てくれた。白雪姫は毒リンゴを口にしながらも王子のキスで救われてたし。美女と野獣は、彼女の英知と聡明さが実りある結果を導いてた。
私には、どれも訪れることのないファンタジーの中のファンタジーに感じる。
いやいや、そもそもそれって幸せ?
強気にそれが幸せとは限らないと自分に言い聞かせる。
それより、家に帰ってジンジャーハイボールを一気飲みしよう、間違いなく気分が上がる。
帰りにチーズとクラッカー、オリーブの実も購入して。例のあれをゆっくり観る事にしよう。うん、楽しみだ。
木原は想像すると笑みが漏れ、その場を後にした。
カーテンから朝日が漏れていた。
木原は、目覚ましを押す前に目覚めることがたまにあった。
2連休明けの出勤のため、気持ちが曇らないように早起きをすることにしていたが、意外にも目覚めがよいので熟睡出来なかったのかと思いつつ準備をはじめた。
朝食を終え、準備が整うとスーツに身を包み、スマホ・お財布・ハンカチをバックに入れると玄関へ向かった。
小さなマンションのオートロックを出ると日差しが眩しい。
今日は天気がいいな、気持ちも上向きになる。
いつの日からだろう、出勤中にポジティブな事を10個考えるのが日課になっていた。
大好きな仕事をしている
見た目に不満はそこまでない
天気が良くて気分が良い
電車が混んでいて嫌な気持ちだ・・・おっと間違えた。ええと、あと何個だっけ。
この習慣を身に着けてから、ネガティブな所や 愚痴が少しづつ改善された気がしていた。
職場が近づいてきた。
今日も一日、楽しく過ごせますように。
「木原さん!どうしたらいいでしょうか。式場予約のお客様なんですが、もう衣装のサイズ決めていただかないといけないのに。ぜんぜん連絡がつかなくて」
後輩の立花かなは困った様子で相談を持ち掛けてきた。
「え?どういう状況?具体的に教えて」
自分が担当するお客の確認をしている最中だったが、すぐに聞いてほしいという空気がただならないので聞くことにした。
「えっと、コースの予算内で借りられるタキシードにするか、追加料金が加算される衣装にするか結果連絡がこないんです」
「たまにいるんだよね、そういうお客様。電話には出ない?メールも返事ない感じ?」
「そうなんです。完全に無視されています。何度も連絡はしてるんですが。ええと、こちらのお客様です」
立花は結婚式場予約のお客様リストをタブレットで見せた。
「この方、確か奥様は衣装サイズに問題なかったよね。ご主人が、コースに入っていない大きなサイズの特注かもって話ね」
「はい。ただ、本人が痩せるから、特注の方にするかどうかはもう少し待ってほしいって
言われていたんです」
そこに、男性マネージャーが入ってきた。
「もう、完璧に痩せられなくて電話に出られないのかな。それかギリギリ間に合いそうで悩んでて言えないとか」と少し困った顔で笑った。
「木原さん・・・」
立花は眉をハの字にして、こちらをのぞき込んできた。
「まいったね、もう結果がわからないと困るし。本人じゃなくて奥様に連絡してみて、ご主人は連絡に返事するつもりがなさそうだから」
「わかりました」
「うん、お願いします。私、そろそろ次のお客様と打合せが入ってて。そのあとお昼は外で済ますから、何かあったら夕方以降にお願いします」
「わかりました。また報告します」
いつからだろう、一人で外食出来るようになったのは。親友の香澄(かすみ)は一人で食べられるようになりたいと言っていた。
「え、百合は一人で行けるの?私も出来るようになったら、恰好いいのになぁ」と笑顔で言っていた。
すでにできてしまっている身からすると、“そんな私、かわいい”と聞かされている気がしてしまう。
誤解がないように言うと、大学時代からの仲で大好きな存在であることは変わらない。
アラサーともなると、友人と自分を否応にも比べてしまう。
明後日は、その香澄と飲みに行く予定だ。
常に彼氏のいる彼女は、恵まれた星にいるお姫様に見えた。
羨ましいなと思えど、私には恵まれた星を見つけることもお姫様にもなれそうもない。
違う部分がたくさんあるのに、二人で過ごす時間は楽しい。凸凹が組み合わさって良い感じになるのかもしれない。
2. チグハグな時間
これまでを振り返ると、二十代の大事な時間を仕事に費やしてきた気がする。今更、これで大丈夫かと我にかえることが増えてきた。
そんな日々での楽しみの時間と言えば。
一つは、帰宅してくつろぎながら果物を食べること。
二つ目は、部屋着姿にジンジャーハイボールを飲みながらPCでVOGUE配信の動画を見ること。
海外女優・アーティストが自宅紹介をしつつ、ファンからの100の質問に答えるというものだった。
三つ目、これこそ恥ずかしくて言いづらい。週末の韓国ドラマ漬けの時間。
これがなくなったら、もう大変。どんなに外で綺麗に着飾っていても、仕事をこなしていても、女性ホルモンがバグって心と体に不調をきたす気がする。
誰にも相談出来ないでいた。大学を出てからの5年間、彼氏がまったくいなくて、このままでは不安だという事を。
仕事が忙しいから、充実しているから、忘れていた。ということにしておきたい。
男二人でbarに行くなんて、今回が初めてだった。いつもは女性と二人で、なんてことはなく一人で来ることがほとんどだった。
「日下部先生、来週の理科教育研究会で使う資料の作成は終わりましたか?」
大学時代からの後輩で、今では同じ職場でも後輩となった伊藤佑太から確認を受けた。彼も同じ理科教員として働いていた。
「ああ、あれな。うーん、まだだけど。今日は、その話やめようぜ。せっかくの金曜の夜に、いやなこと思い出させるなよ。楽しくなくなるだろ。あと、そのわざと先生って言うのもヒヤヒヤするから、やめてくれ」
「すいませんでした。先輩がわかりやすく、嫌そうな表情するのが面白くて。それに、明日は珍しくお互い部活もないですから、ゆっくり飲めますよ」
伊藤は嬉しそうな表情でグラスを持ち上げた。
「休み前日に、飲んでる時間が一番最高ですよね。たとえ男二人でも」と言って、屈託ない笑顔でニコッと笑った。
「おまえの笑顔は学生時代から変わらないけど、もう二十八だよな」
「先輩も、三十じゃないですか」
「男の色気が一番出るときに入ったと思いたいな」
「どうなんですかね。そうであってくれると、未来に希望がもてます」
と俺に向かってガッツポーズをとってきた。
伊藤は生徒たちにも人気があり、生まれながらに華のあるやつだった。例えるなら、うざ過ぎない暑さの太陽。
「あっ、すいません。彼女から電話きたみたいで。すぐもどります」
伊藤は一つ下の彼女と長く付き合っていた。スマホの画像でしか見たことはないが、気立てのよさそうな子だった。
彼女か。出会いの場は苦手だが、もちろん友人繋がりで女の子と飲み会に行くことはある。ましてや、結婚式の二次会などでは、年齢の近い男女がお祝い兼出会いの場と化して、参加者は色めきだっていることもわかっている。
なぜか乗り気になれない。
SNSをやっていないので、連絡先を渡してくれる子が何人かいた。今でもたまに食事に誘ってくれる女性もいる。
もしかして、自分は警戒心が強過ぎるのだろうか、好みの女性に好かれていないのか。
いや、綺麗な子も可愛い子もいたはずだ。
気づいていないだけで実は同性が好き・・・
それは今のところ思い当たらない。
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