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仙の道 16

第七章・融(2)


「お前えら…銭いかすめて…おまけに息子わやにしおって…ただで済むと思っとる訳ゃなかろうが?おお?」
成田は大きな目を見開いて善蔵を見据えた。

「何言ってるのか、分からねえな。銭はもともとサンキが貸し付けたもんだろ?かすめたのはそっちじゃねえか。そこのあんちゃんだってよ、下手に鉄砲なんてぶっ放すからそんな事になんだよ。自業自得ってとこだな。逆恨みもいい加減にして欲しいぜ。大体よ、岐阜くんだりから何で浅川のシマに手え出すんだい、おたく等は?…荒木先生の一件にしてもよ、おたく等には元々関係ねえだろ?それでもこっちゃあ手打ちしてやろうってんだからよ、ちったあ有り難く思って貰わねえとなあ。それがよ…何だ?侘びだ?お門違いたあこのことだぜ…」善蔵は真っ向から論破した。もちろん相手が怒ると分かってのことだ。
「な、な、何じゃこらあ爺い!こっちが大人しく出りゃあ、いい気んなりくさって…誰が手打ちなんぞするかっ!」
「ほう…手打ちしねえんだったら、どうするんだい?分かってねえなあ、会長さんよ。またぞろ痛え目に合いてえのかい?まったく懲りねえ野郎だぜ…」
「…もう、勘弁ならねえ…じゃあ、聞くけどよ、こっちがこう出たらよお…あんたんたあどうする気じゃあ?おいっ!」
号令で成田の後の男2人が拳銃を構えた。周囲の男達の中にも拳銃を取り出した者が数人いた。

「おーお…またおっとろしいもん出しやがってよ…それじゃあ、こんなのはどうだい?」
善蔵がそういった途端、拳銃を手にした者全員がおろおろと狼狽し始めた…
ある者は騒ぎだし、ある者は呻きだし、慌てて部屋の照明スイッチに飛びつこうとして壁に激突した者もいた。
拳銃を手にした者以外には何が起きたのか全く理解できなかった。他の男達は、気味悪がってやみくもに動き回る仲間から身を引いていた。成田の息子の徹は、残った片手を口に押し当てて椅子の上で恐怖に縮こまっていた。

「お、お、お前えら、どうした?おいっ、何やってんだっ?」成田が後の男を一人捕まえて訊いた。
「目が…目が見えねえ…親父さん、真っ暗で、何にも見えねえんです…」
「こらこら、お前えら下手に鉄砲ぶっ放すんじゃねえぞっ!誰に当たるか分かんねえからよ」善蔵が愉快そうに男達に注意を促した。
礼司にはどこかで葉月のくすくす笑う声が聞こえたような気がした。

「おいっ、爺いっ!こいつらに何したっ?」成田が怒鳴る。
「見ての通り、何もしてねえよ。物騒なもん出すからよ、ちょっくらおまじないだ。なあに、鉄砲から手え離しゃ、ちゃあんと元に戻るぜ」

それを聞いた男達が1人、また1人と拳銃を床に放り投げた。夢から醒めたように男達に視覚が蘇った。それを見ていた他の男が、床に転がった拳銃を慌てて拾い集めようとした。
「おっと、鉄砲に触ったらお前えもめしいだぜ…」

善蔵の忠告に男は伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。
「おい、あんちゃんたちよ、他にゃあ武器は何も持ってねえだろうな?次は目が見えねえ位じゃ済まさねえぞ。持ってるもなあ今の内に捨てとけよ」

床にドスやメリケン、木刀などが次々に放り投げられた。

「お前えら何やっとんじゃっ!相手はたった5人やっ!何とかせいっ!」成田の喝で、呆然としていた10名程が意を決して5人ににじり寄って来た。礼司は葉月から言われた通り、反応しないように自制した。男達は礼司たちに触れるか触れないうちに全員壁に吹き飛ばされ、そのまま壁に磔け状態となってしまった。男達は何とか呪縛から逃れようと身体を動かそうとしたが、指一本動かすことも出来ず、それぞれ目を見開いたまま会議室の壁飾りとなってしまっていた。

「何とかせえ…何とかせえや…俺は、こんなもん信じへんぞ……」成田は敵意に満ちた視線を善蔵に投げかけながら、うわ言のように呟き続けていた。

「全く…物分かりの悪いおっちゃんだよなあ…仕方ねえ…」

善蔵がそう言うと、成田の身体が椅子からふわりと浮き上がり、テーブルの真上で横に肢体を伸ばし始めた。成田の身体は両手両足を引っ張られるように天井間際で万歳状態に伸び切っていった。

「ぐ…ぐ…ふぐう…ううう…や、やめろ……」
「なんだよ、お前さん、高血圧じゃねえか。悪どいことばっか手え出してよ、不摂生が祟ってんじゃねえか?あんまり興奮しなさんなよ。手打ちの前に冥土行きなんてよ、洒落にも何にもならねえや」
「う…う…やめろ…たのむ…やめてくれ…」
会議室の全員が見守る中、成田は中空で懸命に喘いでいた。

「ゼンさん…もう勘弁してやってくれねえかな?これじゃあまるで見せしめだ。さすがに同業者としては胸が痛みますよ」見兼ねて英一が口を出した。
「そうか…ま、ちっと冗談が過ぎたかも知れねえな。けどよ、少し待てや…」そう言うと善蔵は一瞬目を閉じた。

「よしっ、会長さんよ、血圧の方は治しといてやったぜ。もう薬はいらねえはずだよ」

成田はゆっくりテーブルの上に降りてきた。壁飾りの男達もゆっくりと呪縛から解き放たれ、床の上に着地した。成田は身体の自由がきくようになると、テーブルの上に座り込んだ。現実をどう受け止めればいいのか思案しているようだった。

「会長さん、どうだい、分かったろ?ここは一つ一切合切水に流して、手打ちといかねえかい?」
「成田さん、まあ、そこじゃ何だから、椅子の方に戻ってくださいよ。うちは別に殴り込みに来た訳じゃあねえんだよ。おたく等をどうこうしようって腹はねえんだ。代々引き継いできたうちのシマをそっとしといてくれねえか頼みに来たんだよ。黙って手え引いてくれる訳にはいかねえかな?」英一が優しく言葉を掛けると、男達に手を貸してもらい椅子に戻った成田は、すっかり観念した様子だった。

暫く間を置いて、ようやく口を開いた。
「浅川さん…わしゃあ、ど偉え人達を相手にしちまったようだわ…手打ちも何も、わしの完敗だで…でも…これでもううち等もおしまいじゃ。組も畳んで…ここで殺られなくても、戻りゃあすぐに殺られちまうわ…まあ、浅川さんたちには、関わりのないことだで…」

「そんなに気を落とすことはねえんだぜ。あんた、尾崎とかいう政治屋のこと言ってんだろう?そんな連中に踊らされっからこういうことになるんだよ。でもよ、心配するこたねえよ。こっちにはよ、もっとでけえ後ろ盾が付いてんだ。お前えが怖がってる政治屋や小役人の野郎どもは、後できっちり潰しといてやるからよ。どっちにしろ掃除しとかねえと、こっちも危ねえからな」善蔵がさらりと言ってのけた。
「あの…尾崎先生よりでかい後ろ盾っていうのは…もしかして…もっと格上の先生とか…」成田が恐る恐る尋ねた。
「馬鹿言ってんじゃねえよ。政治屋なんてもなあ、良いも悪いも同じ穴のむじななんだよ。こっちの後ろ盾についちゃ…ちょっとここで言う訳にゃいかねえけどよ…ま、お前さんだけには少し見せといてやるよ。絶対に他言は無用だぜ。ほら、ちっと目え閉じてみな…」

成田は素直に目を閉じたが…直ぐに目を開き驚愕の表情を浮かべた。
「こ、こりゃあ、ほんまかいの……お、恐れ入りました…全て、あにさにお任せいたしやす…」成田は立ち上がり、テーブルに両手を着いて善蔵に深々と頭を下げた…


成和会と浅川組との手打ちは無事に終わった。

成田は浅川や荒木からの質問に応じて、これまで彼が関わってきた全ての背景を明らかにしてくれた。国土交通省に関わる政治家、官僚、さらには所轄の警察関係者など、成田は彼が知る限りの人物の名前を全て記してくれた上で、その一切と手を切り、明日にでも横浜を去ると申し出た。しかし、善蔵は、事が収束するまでは地元に戻るよりも、安全を図って暫くここに留まり、手打ちのことは伏せて、組織に従うように依頼した。

「取り敢えずよ、相手が強過ぎて、手が出せねえくらいの芝居続けてられねえか?できるだろ?俺と、そこの春田くんの名前だけは出しといてくれ。2人だけだぞ。分かったな。で、向こうが焦れて動き出してくれりゃあ、こっちも掴み易くなるからよ。どうだ?出来るか?」
「兄さの仰せの通りにやってみますで…」既に成田は善蔵の配下だった。


帰りの車が繁華街に立ち寄ると、大きな紙袋を大事そうに抱えた葉月と付添いの組員が乗り込んできた。

「上手くいったみたいねっ」葉月は上機嫌だった。
「何だよ…随分買い込みやがったなあ…」英一が眉間に皺を寄せて苦笑した。
「はは…参ったなあ…また、スミさんにどやしつけられっだろうな…甘やかすなってよ…」
「だってさ、こんなチャンスめったにないもん。欲しいなって思ってたもん全部買って貰っちゃったあ…へへ…ごめんね、おじちゃん」
「すんません…俺、窘めたんですけど…」組員が謝った。
「まあいいや。俺が叱られりゃ済むことだからよ。ま、お駄賃ってとこだな」
「サンキュー…へへ…でも、怪我させなくって良かったね。丸く収まったんでしょ?」
「ま、そんなところだ」
「それよりさ、俺、ゼンさんに訊きたいことがあんだけど…」戸枝が尋ねた。
「何だ?」
「あの、俺たちの後ろ盾って…一体何なの?」
「そうそう、俺も気になったんだ。会長に見せたのって何だったんですか?」荒木もそのことは知りたかった様だった。
「ああ…それはちょっと…教える訳にゃいかねえんだ」
「何だよ…水臭えな…」
「まあ、そう言うな…言えねえこともいろいろあるんだよ…悪いな…」
「ま、ゼンさんの不思議は今に始まったことじゃねえからな…」戸枝が呟いた。
皆もそれ以上の追求はしなかった。


礼司たちが飯場に戻ってから、10日程が過ぎた。あれから成田は尾崎の秘書に、浅川組にはこれ以上対抗できないと泣きを入れた。神谷と春田というとてつもなく強い人物が浅川組には付いているからだという理由も加えてあった。成田が上層部に対して何をどう報告したか、それを受けて組織がどう動き出そうとしているのかは、逐一組長英一に報告が入った。その連絡は成和会と浅川組の組員同士の小競り合いを仕組んで行われた。


そしてある日、現場が休みの日曜日を狙って、数台のパトカーが飯場に押し掛けた。
車から降りた2人の刑事が数人の警察官を従え、事務所に踏み込んできた。

「ここに神谷善蔵と春田礼司という従業員はいますか?いたら、ちょっと呼んで頂けますか?」刑事の1人が警察章を提示しながら、丁重に雄次に尋ねた。雄次は事前に言われていた通りに素直にそれに応じた。
「はい。寮の方にいると思いますんで、ちょっと呼んで来ますね」

雄次は、礼司たちの部屋に入ると、報告した。
「来たぜ、警察。呼んでこいってよ」
「さてさて…いよいよお出ましかあ…礼ちゃん、行くぜ。分かってるたあ思うけど、絶対に怪我あさせるんじゃねえぞ」
「はい。分かってます。行きましょう」

2人は雄次に従って、事務所へ出向いた。事務所の前には何事かと寮の人々が集まっていた。
雄次が2人を従えて事務所に入る。

「2人とも部屋の方におりました…」

2人の刑事が、善蔵と礼司の目の前に立ちはだかった。
「神谷善蔵さんと春田礼司さんだね?」
「へい」「はいそうですけど…」
「はい、お2人には、傷害容疑で逮捕令状が出ております」
1人が上着の内ポケットから2枚の書類を取り出し、それぞれを広げ、手に持って示し、読み上げた。
「神谷善蔵。年齢・不詳、住所・不定、本籍・熊本県阿蘇市、罪状・傷害罪。春田礼司。年齢・20歳、住所・不定、本籍・東京都世田谷区、罪状・傷害罪。これよりお2人の身柄を拘束し、所轄警察署に連行して、取り調べを行ないます。いいですね?」
「俺たちゃあ、逮捕されるようなこたあ、何もしてねえぜ。なあ?」善蔵が礼司に同意を求めた。
「はい、襲われたことはありますけど、誰も襲ったことはありませんよ」
「まあ、それぞれ言い分は署の方でして貰おうか。この通り逮捕状が出てるんだからな」
「では、身柄を拘束するので、両手を前に出しなさい」もう一人の刑事が手錠を用意し、2人の前に進み出た。
「拘束?言っとくけどよ、俺たちを拘束するなんてあんた等には出来ねえよ」
「何だ?抵抗する気か…そんなことすると余計罪が重くなるぞ」
「いや、抵抗する気なんてねえよ。あんた達に拘束は出来ねえって言ったんだよ」
「はは…馬鹿なこと言ってないで、2人ともさっさと両手を出しなさい」

2人は素直に男に従い、両腕を前に突き出した。
2人の刑事はそれぞれに2人の腕に手錠を掛けた。
2つの手錠はそのままバラバラになって床に落ちた…

「なんだ?…おい、ちょっと、手錠2つ貸してくれ」刑事は不思議そうに首を捻りながら後方に控えていた警官に声を掛けた。
新たな手錠が直ちに手元に届けられた。そして…再び、2人に手錠が掛けられ…そして、また同じことが起きた。

「だから…拘束は出来ねえって言ってるじゃねえか、分かんねえ男だなあ」
「お、お前たち、何かしたのか?」
「何もしてないの見てたじゃないですか。僕たちの自由を奪うことはあなた達には出来ないんです。それだけのことですよ」
「手錠が勿体ないだけだぜ。それ税金で買ってんだろ?一緒に行かねえとは言ってねえんだ。用があんなら、下らねえことしてねえで、さっさと連れてけ」
「て、抵抗はしないんだな?」
「何度も同じこと言わせんなよ、あんちゃん。行くんならさっさと行こうぜ」

2人の刑事は一度2人から離れ、なにやらひそひそと話し合っていたが、やがて戻って来ると、こう告げた。
「分かった…大人しく一緒に署まで来るのなら、手錠を掛けるのはやめておこう…」
「だから、大人しくしてるじゃねえか。全く面倒臭え野郎どもだなあ…」


パトカーの前まで2人を連れて来ると、再び刑事が2人に指示した。
「じゃ、神谷さんは私と一緒にこっちの車に、春田さんは彼と一緒にあっちの車に乗って貰おう」
「嫌だよ。どうせ行く処は一緒なんだろ?何でわざわざバラバラになんなきゃなんねえんだよ?」
「はは…こういう場合は、一応規則でそういうことになってるんだ。悪いけど…」
「そりゃお前え、そっちの都合だろう?所轄ってえと、横浜までの長旅だあ。お前えらみてえな間抜け相手じゃ退屈しちまうぜ。お前え等があっちに乗ってくれよ」善蔵はそういうと礼司を促してさっさと2人で目の前のパトカーの後部座席に乗り込んでしまった。

「困るなあ…ほら、1人降りて…」と、刑事は後部座席に座った善蔵の腕を掴もうとしたが、その手は何故か中空を掴むばかりで、善蔵の腕には触れることすら出来なかった。

「おいどうした?何ぐずぐずしてんだ?」もう1人の刑事が様子を見に近付いてきた。
「いや、分乗させようとしたんですけど…駄目なんですよ…」男は不思議そうに首を傾げた。
「もう…いいよ。大人しく同行するって言ってるんだから。逮捕は署の方でやれば…お前は助手席にでも同乗しとけ」
「はい…分かりました…」

こうして礼司と善蔵は、横浜の警察署へと連行されることとなった。

道中の車の中で2人は、ひたすら『会話』をしていたが、警官たちに彼らの言葉は届いていなかった。
『礼ちゃん、着くまでの間、話でもしてようか…もちょっと練習してえだろ?』
『はい…おねがい…ます』
『お、大分上達したな。葉月と特訓したのか?』
『ええ…はづ…ん……ばに…なんかい…てくれましたから…』
『もう少しよ、中に引っ掛けとくんだ。言葉じゃねえからな。気持ちだ。頭ん中に絵つくる要領でよ、ぶら下げといて、伝えたいことだけちょんって外しゃいいんだよ。も一回言ってみ』
『そうか…』
『そうかは余分だよ。垂れ流すんじゃねえ』
『葉月ちゃん…暫く飯場にいたから…何回か練習して…付き合ってくれて…しましたから…です…できた!』
『そんな感じだ。もっとよ、でけえ塊で絵にしてみ。おたおた緊張するとぶつ切りになっちまうからよ、言葉じゃねえぞ。絵だからな。絵が出来てりゃ、こっちで勝手に言葉になんだからよ』
『…葉月ちゃんって、結構可愛いですよね。スタイルもいいし…あ、間違えた!』
「あははは…」善蔵は思わず大笑いした。
「何だ?何が可笑しいんだ?」助手席の刑事が振り返って尋ねた。
「いやいや、こっちの話だ。悪いな、ちょっと思い出し笑いでよ」
「何でもなきゃ別にいいんだ…」再び刑事は前に向き直ったが、運転していた警官はバックミラー越しに訝しげに善藏たちを見つめていた。

『全く…いいよなあ、礼ちゃんは、若くてよ』
『すいません…違うの外しちゃった』
『それだ!今のはすんなり来たぜ』
『あ、何か分かりました…ゼンさん、こんにちわ。お元気でいらっしゃいますか?』
『何だ、そりゃ?』
『練習です。こういうことですか?』
『おう、上手い上手い。じゃ、もう少し複雑なこと話してみるか?』
『はい…あの…遠くの人…遠く離れた人と…話すのは…どうするんですか?』
『それはまた、少し違うコツが必要なんだな。心配しなくても、これが出来てりゃ自然に出来るようになるから、大丈夫だよ』
『これを…遠くに放り投げるってことなんですか?』
『あー、そうじゃねえんだ。普通に喋る時とはよ、別のところで目が醒めてっだろ?』
『ええ…確かに…』
『それをよ、そのまんま相手のとこに移動させるんだよ。あとは隣にいて話すのと同じだ』
『でも…移動って?…』
『繋がりだ。結び付きだな。電話はよ、番号がなきゃ繋がんねえだろ?それとおんなじだ。一度繋がりが出来りゃあ、行き来出来んだよ。ま、無理しなくても、その内すんなり出来るようになるさ』
『電話番号か…』
『まあ、記しみてえなもんだな…それより礼ちゃん、随分すんなり話せるようになってるぜ』
『本当だ…楽になってきた…』

礼司は自分が少しずつ自分の道に従って歩み始めた実感を噛み締めていた。
横浜から飯場に戻ってからの数日の間に、善蔵は礼司が何者であるのかという疑問に答えてくれていた。とても直ぐに信じられるような話ではなかったが、自分の生い立ちやこれまでの経緯を思い返すと、信じざるを得なかった。
そして礼司は、自分がこれから歩んで行くであろう道がとてつもなく長い道のりであることを初めて知ったのだった。

最後に善蔵は礼司の心の深い場所に一つの刻印を刻んだ。そしてこう言った…「これでお前と俺とは、言わば一心同体だ。その印がお前の道を指し示してくれる。俺もその印に従って動いてるのさ」
「これは…何の印ですか?」
「お前が龍であることを示すもんだ…」
「龍…ですか?…僕は…龍なんですか?」
「そういうこった。ま、その内役に立つから、今はそのまま受け止めとけ」
「はい……」

第17話につづく…

第1話から読む...


連載小説『仙の道』では表紙イラストを、毎回一点イラストレーターであり絵本作家でもあるカワツナツコさんに描き下ろして頂いています。

カワツナツコさんの作品・Profileは…
https://www.natsukokawatsu.com





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