実録短編小説 ボルネオ探訪記
[ 私の仕事では、スタジオで大人数のスタッフを動かしながら進める撮影以外に、ロケという形態がある。
5~6人(あるいはもっと少人数)の中心スタッフだけを編成し、旅をしながら、各現地ごとに足りないスタッフを集め、撮影を進めてゆく、という方法。
ドキュメンタリーの様に旬で新鮮な状況を撮影するのには、概ねこの方法が一番適している。
一時期の私はロケ撮が大好きで、一年の1/3は旅、1/3は編集スタジオと台本執筆に篭り、1/3は企画に篭る...という人生を送っていた。
当時の私には、旅の仕事をする事は大きな楽しみだった。
さて、私は別に南極やヒマラヤやアマゾンを目指すような僻地専門の演出家ではないのだが、撮影というもの自体が多かれ少なかれ非日常的な特殊な場所、特殊な状況、特殊な被写体が多いので、国内外を問わずこういった旅でほんの小さな偶然やアクシデントが思わぬ異常な出来事をプレゼントしてくれることがある。
ふと気がつくと、ベドウインの酋長の前で羊の生焼けの目玉に食らいついていたり...アンダルシアのジプシー部落で武器を持った数百人のジプシーに取り囲まれていたり...猫や犬の死骸が浮かぶ秋のイーストリバーに飛び込もうとしていたり...『これでとうとう俺も野たれ死にか?』と見渡す限りの荒野の中を民家の明かりを求めて2日間もジープで彷徨ったり...
風に舞う浴衣を追いかけてすっぽんぽんで青森の吹雪の海岸を駆けずり回ったり...狭いテントの中で真夜中にゲイのおじさんに抱きつかれたり...
と、一つ一つの異常な出来事が当たり前のように突然降って湧くのだ。
後で思い出すと異常であればある程、旅の思い出に彩りを添えてくれるのである。]
* * *
1996年10月21日、私と5人のスタッフはジャカルタでの撮影を予定通りに終え、カリマンタン島の熱帯雨林の上空をトランジット先のバリクパパン空港に向かった。
御周知のように、カリマンタン島つまりボルネオ島はその広大な地域を自然保護地区に指定されている世界有数の熱帯雨林。
我々が目指すのは、その東海岸にインドネシア政府が国際ODA事業として建設したアジア最大級のLNG基地『BADAK』。
バリクパパンは異常に人口密度の低い広々とガラーンとしたオープンな空港。
さすがにジャングルに隣接するだけあって、すがすがしい空気が肺を一杯に満たしてくれる。
『こんな田舎の空港でバゲージ事故がないといいけどなあ...』と、バゲージクレイムで大量の撮影器材を待っていると、空港のスタッフらしい背の高いいかにもいい加減そうな雰囲気のお兄さんが流暢な英語で近づいてきて尋ねた...
「撮影隊の方ですか?」
「そうですけど...」
「荷物は保管しますので、オフィスの方に来て下さい」
「何か問題でも?」
「いや、私はあなた方をお連れするように言われただけですから」
「しかし..器材の確認をしないと...まず、器材をここで確認させてください」
「大丈夫、大丈夫!」笑顔を浮かべている...
「器材は全部届いているんですか?」
「大丈夫、大丈夫」笑っている…
「我々のバゲージは幾つかご存知ですか?」
「沢山あるんでしょ?撮影って...」
「沢山じゃなくて、12個ですっ!12個!ちゃんと確認して頂けますかっ?」
「はいはい、大丈夫、大丈夫!今我々が飛行機からピックアップしてますから...」「えっ!」
私はプロデューザーに、「ここで待ってても器材出てこないみたいよお」
「じゃ、どこに?でも、なんで...?」
説明すると、スタッフ一同は、私と同じように一様に驚き、不安の表情を浮かべる...
ということで、私達は彼に案内されるままついていくしかないことになってしまった。
『面倒なことにならなきゃいいんだが....』
途上国でよく起きる手続き上のいざこざをあれこれと想像しながらも、我々は彼の指示に従った。
当時インドネシアはスハルト政権下、反政府運動や海外からの取材には軍がこれを厳しく監視していた。
特に地方の小役人や警察は人の弱みにつけ込み平然と袖の下を要求してくるような状況なので、鬱々とした気分で促されるまま空港のオフィスに向かった。
いかにも陰険そうな検査官が手ぐすね引いて待っていて、「これは何の器材?何に使うの?」とか、「許可証は?」とか、「なんでこんなに沢山テープ持ってるの?」(当時はVTRテープ収録だった)とかありとあらゆる難癖をつけて、そこでサッとお金(袖の下)を出さないと、「じゃ、一応検査しますから、1週間後に器材とテープ取りに来て下さい。」ということになってしまうのだ...
私は歩きながら、プロデューサーに札束をポッケに用意しておくように、合図したらすぐに相手に渡すように言い、覚悟を決めてオフィスに入った。
ところがオフィスには検査官らしきスタッフは誰もいない...
促されるままオフィスを通り過ぎると、奥に大きな扉がある。
中に通されると..なんとそこは検査室ではなく、広くて豪華な応接室だった!
背広をきちんと着た初老の男と制服姿の若い男が立って私達を迎え入れる。
「ウエルカムトウーバリクパパン!」
「あ、はい...ども..」
紹介されると..なんと初老の男性はバリクパパン市長、もう一人は中央政府の広報官だった!
予想していた雲行きとは随分違う。
プロデューサーにちゃちな袖の下は必要ない旨をすぐに告げる。
しかし、私としては何か問題がないのであれば、一刻も早く器材の確認をして、搭乗手続きを済ませたい。
さもないと、一日1便しかないBADAKへの便に間に合わなくなってしまうのだ。
ところが、私の懸念とは裏腹に、座った我々の目の前にはコーヒーや果物、サンドイッチなどがどんどん運ばれてくる。
事情がよく飲み込めない私は、市長に適当にお愛想を遣いながら、こっそり若い広報官に心配の旨を伝えた。
すると広報官は余裕の表情を浮かべ..「自家用機を用意してますから大丈夫ですよ」と言う。
そんな話は全く聞いていない。
「でもこれだけの人数と器材が...」
「大丈夫。私も御一緒しますから」
この時、市長が席を立って「では、お仕事のご成功をお祈りします。ミニスターにもよろしくお伝えください」
『え?....ミニスター?...大臣?....なんで?』
市長と入れ違いに心配していた器材と荷物が無事部屋に届く。
早速我々がチェックを済ませると、すんなりと飛行場内に待機した飛行機に案内された。
『こ、これが自家用機!?』
40~50席のファーストクラス級の大きなシートを備えた立派な旅客機だ!
もしかしたら我々が乗り込もうとしていたローカル旅客機より立派かも知れない。日本側スタッフは急激な状況の好転にただひたすら緊張を高めている。
BADAKまでの1時間...私は席に運ばれる食事には手を付けず、窓の下に広がるジャングルと美しい海岸線をぼーっと眺めながら「こりゃ、本当に大臣かもしれないぞ....」と別の不安にかられていたのだった。
やがて海岸に沿って広大なジャングルを切り開いたLNG基地が見えてきた。
どでかい精製基地にタンカードック、その周囲には従業員の住宅、学校、モスク、文化施設、病院、ホテル、ショッピングセンターなどを抱えた人口2万人にも及ぶ人工都市だ。
滑走路から敷地のほぼ中央に位置する小さな空港に降りる...
窓から数十人数の出迎えの人々、そして小さな編成のブラスバンドまで見える。
広報官に窓の外の出迎えの先頭の人物を指さして「あの方は?」と、恐る恐る尋ねると、
「○○○石油大臣です。ここの工場長も兼任されています」
『やっぱり! こりゃ、えれえことになった!』
広報官に促されるままタラップを降りると、BADAKの私設ブラスバンドが何故か『さくらさくら』を演奏している。
制服を着た数十人のスタッフを従えた石油大臣が我々を出迎える。
私達6人の撮影クルーといえばジーンズか綿パンにTシャツ姿。
プロデューザーは「川崎さん、私英語ダメですから、代表になって下さいね、ねっ!」と、すっかり逃げ腰だ。
私は冷や汗をかきながら、大臣と軽い挨拶と堅い握手を交わし、そそくさとその場に用意された黒塗りの車に乗り込んだ。
車はBADAKの町を高台に向かって登ってゆく。
BADAKの町は海岸のLNG基地から自然保護地区の高台に向かって、従業員の住宅が階級ごとにはっきり区分けされて八百屋飾りのように整然と配置されている。
そのさらに一番奥、つまり一番高い場所、自然保護地区と町を隔離するフェンスに隣接する一等地に私達の宿泊先となるゲストハウスがあった。
ゲストハウスといっても50室ほどのゲストルームと、大きなレセプションルーム、パーティー会場、全て無料のレストラン、テニスコート、プールなどを備えた設備がすべてフラットに建てられたただただ広ーい豪華施設。
この日は、インドネシア・日本の国旗が飾られた超大げさなレセプションとディナーパーティーで、私はジャカルタで着替え用に買った安物のポロシャツとズック姿。
それでも手持ちの洋服の中では最も汚れの少ないものを選んだのだが、この状況では誰が見ても場違いな見窄らしい格好で、常に大臣の隣の一番前の席に座って、代表スピーチ、紹介される様々な人々への挨拶を緊張しまくりながら何とかアドリブでこなし、クタクタになって部屋へと戻った。
部屋のミニバーから酒を煽って、取りあえず部屋の明かりを落とし、大きなベッドに横たわる。
『はあ~!つっかれったあ~!なんでこんな目に会うんだ俺あ....』
目をつぶると、チーチー...ピピピ...キッキッ...グロロロ...クルークルー...ガサガサ...ギギギギ...ベッドの脇の大きなマドの外から動物とも昆虫ともつかない様々な鳴き声や物音がかすかに聞こえてくる。
マドに近づきカーテンを開けると、すぐ10メートルほど先にジャングルとの境界線のフェンスが見える。様々な音はその向こうの暗闇から聞こえてくるのだ。
マドのすぐ下には見たこともない色鮮やかな小さなトカゲが4~5匹続けざまに駆け抜けてゆく。
毎年200種類を越える未知の生物が発見され続けているというボルネオの熱帯雨林....
エアーコンディションとコンクリートと重厚なサッシで完全に隔離された部屋からそのジャングルを眺めながら寝るというのもオツな話だ。
私は再びベッドに横になり、ジャングルの奥の暗闇を見つめながら、ウトウトし始めた時だった...
マドの外にとてつもなく大きな影が走ったような気がして、私は飛び起きた!
マドをよく見ると、カーテンが閉まっている。
『あれ?待てよ... 俺、いつカーテン閉めたっけ?』
確かに、よく見ると部屋の内側のカーテンは開いたまま...
マドの外側に2枚の派手な模様の布が掛けてある様に見える...
『マドの外にカーテンなんかあるか?』
私はよく確かめようとベッドから降りてマドに近づき...しばし固唾を飲んだ....
目の前に新生児の頭ほどあろうかと思われる昆虫の頭があったのだ!
その下に続く身体は30センチ以上もあり、大きく膨らんだ腹はビッシリと体毛に覆われうごめいている !!
長い6本の足がマドの枠をしっかりと捉え、何本かは引っ掛かりを求めてガラスを擦っている...
「うわわわっ!!!」
驚いた私がとっさに部屋の明かりをつけたその時!
バッサーッ.......その昆虫は2枚のカーテンもろとも飛び去ったのだ !!!
飛んでいった昆虫の姿は、明らかに物凄く巨大な蛾だった!
『悪い夢でも見たのかも知れない....いや、確かに見た!あれは...あれは...
差し渡し1メートルもあろうかという巨大蛾だ!絶対...』
私はすぐに部屋の受話器を取りルームサービスに電話をした。
眠そうな男が電話に出る『ルームサービスです』
「あの...こんな時間にすいませんが...巨大な蛾がでましたが...」
『巨大な何?』
「蛾です!Moth!」
『あなたのお部屋に?』
「いや、マドの外ですけど... 」
『どの位の大きさですか?』
「赤ん坊位の胴体でカーテン位の大きさで...そんな蛾います?」
『すぐに伺いますっ!』
1分後にドアがノックされ、ルームサービスが入ってきた。
手にはカメラを持っている。
「どこですか?」
「もう飛んで行っちゃいましたよ」
彼はがっかりしてマドのガラスをじーっと見つめる...
「本当だ、ガラスに鱗粉が沢山付いてる!...
あなた、ついてますねえ...私はここに5年間住んでますけど、まだ一度も見たことが無い...」
「あんな蛾が、本当にいるんですね...」
「そう、世界最大の蛾です...」
でも、あの目の前でウネウネとうごめく腹部の光景を思い出すと、私は少しも嬉しくないのだった...
その2日後のことである。
巨大蛾出現の翌日からようやく現地の日本企業スタッフも加わり、撮影はいたって順調に進んだ。
たったの2日間で全ての収録を終えてしまい、翌日丸一日のオフを約束された私はお腹一杯ほろ酔い上機嫌で自分のゲストルームに戻ってきた。
巨大蛾発見以来私は「Mr.Moth」と呼ばれるようになっていたが、その後夜間は部屋のカーテンを決して開けないようにしたので、再びあのおぞましい生物と顔を合わせる事もなく、その日も安心して快適にぐっすりと眠りについた。ところが....
深夜、何か嫌な物音と気配が私を目覚めさせた。
物音とはいっても、確かな音ではない...
遠くでかすかにザワザワ...いやカサカサ...いやいやゾヨゾヨ...なんとも微妙で幽かで遥かで、耳鳴りのようでいて、確かに物音なのだ。
私はまずマドのカーテンに目をやった。
カーテンはマドからの外光を受けているが、外に何かいる気配はなさそうだ。
そっと起き上がり、部屋の明かりをつけてみる...
室内は特に変わった様子は何もない。
が...そのとき気付いたのだが、部屋の茶色い床の向こう側...つまり自分のいるベッド側とは反対側、バスルームや入り口のドアがある側、広い部屋の面積にして1/4程が真直ぐにクッキリと黒くツートーンに色が分かれている。
『あれ?確か、この部屋の床には模様なんかなかったはずだけどなあ... 』そう思い、床の茶色と黒の境部分にそっと近づいてみると...そこは黒いカーペットのように盛り上がっている。
その真直ぐな境界線がかすかにぐにゃりと膨らんでこちらに近づいた感じがした!『う、動いてるっ!?』
さらに顔を近づけてよく見てみて.....体中が総毛立った!!!!
部屋の1/4を覆った黒いカーペットはバスルームのドアの下の隙間から真直ぐ部屋の入り口ドアの下の隙間に向かって流れているのが分かる。
よく見ると、体長1センチ程もある大きな蟻がビッッシリ並んで行進しているのだっ!!
「うううううわっ!」
何万匹何十万匹という凄い数のアリが折り重なるように一つの方向を目指している!
そういえば、シャワーを浴びた時に湯気で鏡が曇らないようにバスルームの小さなマドを開けていたのを思い出した。
と、同時に、よく噂では聞くものの実際に映像では見たことの無い、蟻の大群に襲われてのたうち回りながら見る見る白骨化してゆく動物の姿が思い浮かんだ。
ふと気がつくと、立ち尽くす私の足元に向かって大群の1辺が徐々に膨らんできているではないか!
「やべ!」
そおーっと足を忍ばせてベッドに戻り、ルームサービスに電話を掛ける。
聞き覚えのある眠そうな声が応える。
『はい、なんでしょう?』
「あの、部屋にアリが出たんですが...」
『何ですか?』
「アリです」
『アリ?蛾じゃなくって?』
「アリです」
『巨大な?』
「1センチくらい...」
『そんなのこの辺には沢山いますよ』
「知ってます。沢山いるんです。部屋の中に」
『どの位ですか?』
「分かりません!数えられません!川みたいにです!」
暫く間があって....
『部屋から出られますか?』
「出入り口にいるんで...ちょっと...」
『すぐ行きます!』
暫くして、ドアの外で「ワアーッ!」と叫び声が聞こえ、続いて...
「大丈夫ですかあ!?」
「大丈夫でーす」
「すぐに大切なものだけ持って、そっちのマドから外に出てくださーい!」
「あ?はいはい...」『やっぱ、ここにいるとやばいのね...』
私は大切な手荷物を掴んで急ぎベッド横の窓から外に飛び出した。
と、その時、足元でギャーッと凄い鳴き声がして、なにものかが私の踝を掴んだ!「ひゃーっ !! 」
心臓がでんぐり返りそうになった私が、慌てて足元に目を移すと、全身銀色の体長30センチほどの見たこともない美しいサルが私に尻尾を踏んづけられて、ギャーギャー鳴きながら靴に噛みついているのだった!
「あ、ごめん!」
足を持ち上げると、サルは急いでジャングルのあるフェンス側にサッと飛び退き、こちらを見据え歯をむきだして威嚇している。
ところが、サルはこの1匹だけではなかった!
暗がりをよく見ると十数匹の同じサルのグループが全員私を取り囲むように威嚇しているではないか!
「やば!」いくら小さなサルでも、多勢に無勢だ!
私は部屋の向こう側にいるスタッフに声を掛ける。
「すいませーん!」声が裏返っていた...
「どうしましたー!?」
「サルに囲まれちゃったんですけどー、動いても大丈夫ですかー !? 」
すぐにルームサービスが現れ、いとも簡単に「シッシッ!」とジャングルの奥に追っ払ってくれた。
「噛まれました?」
「ああ、靴を...」
「噛まれたり引っ掻かれたりしてたら、すぐに病院に行かなければいけません」「なんで?」
「感染症があるからです」
「えーっ!」
私はすぐに明るい場所に移り、サルに捕まれた足首を入念に調べるのでした...
『とほほ...』
こうして私の生まれて初めてのボルネオ島での仕事を無事終えた私は、ジャカルタを経由し次の目的地ベトナム中部山岳地帯へと向かった。
こうして私の旅は様々な出来事に彩られながら綿々と続いてゆくのである...
了
[ 私が目撃した巨大蛾については確かな情報はいまだにない。
当時現地では何人もの人が目撃しているらしく、現地ではその蛾を一目見ようと探索している人も少なくなかった。
帰国してから、昆虫図鑑で調べたが、当時は確かにボルネオ島(カリマンタン島)に体調1m級の巨大蛾が生息していると言う情報はあったと記憶しているが、今回改めてネットで検索してみると、世界最大の蛾はニューギニアやアジア圏に生息する『ヘラクレスサン』や『ヨナグニサン』、ただし確認されている体長はわずかに30~40cm程度。
では、あの時私が見たあの巨大蛾は、ボルネオ島の現地の方々が探していた巨大蛾は、一体何だったのだろう?
確かに私はこの目で見たのだ!... ]