カーコラム「ISUZU PF60型ジェミニZZ Rの思い出 Part.7」
ZZのリヤデフについて。
以前、ジェミニのリヤサスペンションはトルクチューブ付き3リンクリジッドと記した。
リジッドとは左右のサスペンションが連結・固定されているサスペンション形式で、サスペンションを構成する各アームはデフケースとドライブシャフトを組み込んだアクスル(車軸)に取り付けられている。
リジッド式サスペンションはパーツ点数が少なく低コストなため、当時の小型車には数多く採用された。
シンプルで安価なリジッド式サスペンションだが、もちろん欠点もある。それは、サスペンション自体の剛性不足な点である。
リジッド式の場合、サスペンションアームが取り付けられるアクスルはシャシーに架装されている。
アクスルは内部のディファレンシャルやドライブシャフトなどの回転物が発生するイナーシャー(慣性)の影響を受けやすい。さらに、回転物が発生する騒音や振動も激しい。そうした現象を防止するため、マウントを介してシャシーに架装される。
マウントにはイナーシャーや振動を軽減させるための緩衝材=ブッシュが組み込まれている。
一般車の場合、ブッシュの材質として硬質ゴムが使用されている。ゴムの弾性抵抗(コンプライアンス)がイナーシャーや振動のエネルギーを減衰させるからだ。
しかし、このブッシュの撓みが原因でアクスルにヨレやブレが生じる事がある。この現象はアクスルに取りつけられたサスペンションのアーム類に悪影響を与える。
つまり、リジッド式サスペンションは、サスペンション構成パーツを取り付ける土台(アクスル)がボトルネックなのだ。
アクスルの剛性不足はサスペンションの動きに悪影響を及ぼし、その結果タイヤが理想の軌跡を描くことができなくなるのだ。
左右のサスペンションがリヤアクスル(車軸)から独立した独立けん架式サスペンションとリジッド式を比べると、特に接地性や乗り心地面で大きな差が出る。
独立けん架式はリジッド式とは違い、アクスルとは独立してシャシーに架装されているため、左右のサスペンションの動きが自由で滑らか、良く動く足となる。
話がだいぶそれてしまった。。。。
話題をデフに戻そう。
ジェミニのデフはリヤアクスルに組み込まれている。最終減速比は3.909。
ファイナルの設定はこの時代にしてはやや低め(当時は10モード燃費を良くするため、ハイギアードなファイナルが多かった)な数字だった。
純正のLSDの効きはイマイチ。恐らくイニシャルは4~6キロ程度と思われる。
クリップやや手前からジンワリとスロットルを開けていき、クリップを抜けた段階でフラットアウトの状態がベスト。効いてるな~、という感じでかなりのトラクションを感じ取れる。グイグイ前に出ていく。
しかし、クリップ手前でラフなアクセルワークをしようものなら強烈なプッシングアンダーに見舞われ、そのままコースアウトてなことにもなりかねない。
プッシングアンダーの状態で追い舵は禁物。ハンドルはフルロックなのに、ヘッドライトは反対方向を向いてるなんて笑い話のような状態に陥る。
また、この状態での急激なアクセルオフも厳禁。フロントヘビーで、コーナリング中のフロントーヨーが大きいZZは、まるで昔のFF車のように強烈なタックイン現象を起こす。2ドアクーペーは要注意。大アンダー状態での急激なアクセルオフは厳禁、じっくりとデリケートにスロットルを戻す事が肝要。
さて、走り屋やクルマ好きならば周知の事だが、LSDを組み込んだデフの場合ノーマルデフに食らべて早目のデフオイル交換が必要となる。
一般的な機械式のLSDが湿式多板クラッチ機構を持っており、それが作動する際の摩擦熱によりオイルの劣化を促進させるからである。
そのため、LSD装着車には特殊な摩擦調整剤が添加されたLSD専用オイルが不可欠となる。
その交換サイクルもノーマルに比べれば早く、走り方にもよるが3000kmから5000km毎に交換が必要となる。
デフオイルの交換は通常デフケース下方に設けられたドレーンボルトを外して排油し、その上方に設けられたフィラーボルトを外してそこから新油を給油する。
しかし、なんと、ジェミニのデフケースにはドレーン(排油)ボルトがないのである!
なぜかフィラーはある。つまり、入れる事はできるが、排油することはできない、ということになる。
ではどうするのか? ジェミニのデフはLSD装着でも無交換で良いのか?
正解である。答えは無交換。ただし、これはあくまでもノーマルデフの場合。
これは、某世田谷にあるドイツ系車両のチューナーから聞いた話だ。
ジェミニはGMのTカー構想から生まれたグローバルカーであることは先述した。
すべてのベースとなったのは当時の西ドイツ(現在のドイツ連邦共和国)、オペル社が設計したカデットである。
つまり、ジェミニのパーツのほとんどはカデットと共通なのである。
そのカデットのリヤアクスルにもフィラーキャップが無い。だからジェミニにもないのだ。
カデットはヨーロッパの合理性から生まれた小型ファミリーカーであり、すべてが一般市民の一般的な使用を前提として作られているのである。
一般人はエンジンオイルは交換してもデフオイルなどは交換しない、というのが設計陣の考え方なのだろう。
そのため、初期充填でアクスルにデフオイルを入れてしまえば、後は故障でもしない限り交換に必要はなし。そのまま10万キロでも20万キロでも問題なし、ということらしい。
さらに、パーツの耐久性も違うらしい。世界でもトップクラスの鉄鉱石で作られたドイツ鋼を使用し、世界最高の精度を誇る工作マシンにより製造されたドライブギヤとピニオンギヤである。そう簡単にはへこたれないのだそうだ。
それにしても大した自信である。さすがはゲルマン民族。
しかし、LSDは別だろう。疑問はつのるばかりだった。
ディーラーで聞いた話によれば、なんと、デフオイルを交換する時には、アクスルを外し、分解してオイル交換するそうな!!!!
もう、絶句である。ファミリーカーを無理やりロードゴーイングコンペテションマシンにしてしまった矛盾がそこかしこにある。「矛盾の塊」、それがZZというクルマなのだ。
しかし、ZZと言えば当時全日本ラリー選手権を席捲していた最強マシンである。ラリー屋に行けば、そうラリー屋に聞けば謎が解ける。そう思って出かけたのが環八と中原街道立体交差に程近いラリー系チューニングショップ「オイル屋玉川」だった。
到着するや否やZZ Rのデフオイルの交換を依頼する。指定したオイルはBPのX5116 SAE90(GL6)。レース屋、ラリー屋御用達のタフなギヤオイルだ。
環八の左車線を占有して作業が始まった。
まずはじめにデフケース上部のフィラーボルトを開ける。そこまでは理解。そうか、そこからバキュームで吸い上げて抜いてから新油を入れるのか? と思った次の瞬間、メカニックがとった行動を見て驚愕した。
なんと、デフケースの下側にあるアクスルのキャリングケースの部分のボルトを2本取り外したのだ。
するとそこからデフオイルが滴り落ち始めたではないか! しかし、キャリングボルト自体が細いため、ボルト穴も小さく、デフオイルが流れ出るスピードは遅い。
こりゃあ、時間がかかるなと思った矢先、メカニックが取りだした物を見て絶句。
なんと、エアコンプレッサー。インパクトレンチなどを駆動させるため圧縮空気を送るあれである。
エアコンプレッサーから空気を圧送し、その勢いでデフオイルを排出しようというのである。キャリングケースボルトの小さな穴からはエアを送り込む度に大量のデフオイルがドパドパ出てきた。
繰り返すこと3回、デフオイルはほぼ完全に抜けてしまった。後はフィラーから新油を入れて終了。めでたし、めでたしとあいなった。