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エッセー 「滅びるからこそ " 漢(おとこ)" は美しく気高い」

 漢(おとこ)には、確実に死ぬとわかっていても赴かねばならない時と場所がある。

 香港フィルム・ノワールの最高傑作「男たちの挽歌」。

 組織の秘密工場から偽ドル札の原版を強奪したホーとマーク、港から沖合に停泊する外航船に乗り込むべくボートのエンジンを始動させるマークに、ホーは原版の入ったバッグを 投げ渡し一人で外航船に向かうよう促す。

 「ホーさん、なんで一緒に行かないんだ? 一緒に行こう」と懇願するマーク、わずかに微笑を浮かべ静かに首を振るホー、ホーが自らの死をもってすべてを清算する覚悟であることをその表情から悟ったマークは、断腸の思いでエンジンをふかし沖合へと向かう。

 その刹那、原版を奪還すべく港へなだれ込んだ組織の首領シンとその手下たちが、実兄であるホーに激しい憎悪を抱く香港警察の捜査官キットを人質にとり、原版との 引き換えを要求する。引き換えが成立するや否や、 激しい銃撃戦の口火が切られ、ホーとキットの兄弟は窮地へ追い込まれる。

 響き渡る銃声と爆音を背中で聞きながら、沖合に停 泊する外航船に向かっていたマークは、埠頭の沖合 でボートをスローダウンさせる。銃声はますます激しくなり、紅蓮の炎が天空を焦がす。今や埠頭は地獄絵図と化していた。

 苦悶の表情を浮かべ激しく葛藤するマーク。戻れば確実に死ぬ、このまま外航船に乗り込み、海外へ逃亡すればもう一度やり直せる。ホーも心底それを望んでいる。しかし、ホーと キットの兄弟を見殺しにできるのか? 何よりも親友であるホーを見捨てることができるのか? 苦悶するマーク。次の瞬間、マークはボートをUターンさせ船首を埠頭へと向ける。地獄絵図と化し、戻れば確実に死ぬとわかっている埠頭へ全開でボートを走らせるマーク。

 激しい銃撃戦の中、ホー、キットの兄弟の確執は次第に氷塊しつつあった。銃弾を受け、反撃の弾丸も尽き、万事休すとなったその時、不動明王の如き憤怒の表情でサブマシンガンを乱射し、手榴弾の爆幕で敵をなぎ倒すマークの姿が。唖然とするホー、漢と漢の目が合い、言葉を交わすことなくお互いの心中のすべてを知る。夏に咲くヒマワリのような屈託のない微笑を浮かべたマークが敵陣に追い打ちをかけるように弾幕を浴びせる。

 戦い、傷つき、倒れている兄を見てもまだ心が開けない弟のキットに対し、怒りを爆発させるマーク。「兄さんのこの姿を見ろ! 兄さんは すべてを償った、なぜおまえはこんなに立派な兄さんを許せないんだ!」

 マークがキットの胸倉を掴んだその時、組織の首魁であるシンが放った凶弾が頭部を貫き、敵の集中砲火を全身に浴び息絶えるマーク。

 漢には、確実に死ぬとわかっていても赴かねばならない時と場所がある。

 それが漢、それが漢のレゾンデートル。

 滅びるからこそ漢は美しく、そして気高い。



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