あの朝のカルピス
なぜだ。
どうしてこうなってしまったのか。根底には「好き」があるけど、自分のものにしたい「好き」かというと、ちょっと違う。あたしたちずっと友達だよねと錯覚する、友情めいた「好き」とも違う。
そう、そうだ。
これは、わたしの「したい」とあっちの「したい」が合致した結果だ。酔ってなかったし、やけくそでもなかった。なによりゆうべは楽しかったし気持ちよかったじゃないか。セックスしたい「好き」もあるんだそうなんだ。
と、反省なのか何なのかよくわからない思いを反芻しながら、浴室に響くシャワーの音に耳をすます。そしてまた気が重くなる。いい天気だ。まばゆい朝日には、ヒトの思考を真っ当にさせる効能でもあるんだろうか。
ゆうべこの部屋に来た時は、こんな拠り所のない気持ちを抱くなんて思ってもいなかった。
あー。
次、というか、今この瞬間から面倒。顔を合わせるのがめんどう。めんどうったらめんどう。おはようとか言うの? 昨日は……とか? や、ない。でもこれ、何も言わずに帰ったら次に会う時さらにめんどうなことになりそう。
こうなったのも面倒だし、気まずくなるのも面倒だった。本の話で白熱できる仲間内の貴重なひとりだ。あの車座の時間にわたしが参加できなくなるのも、そこからヤツがいなくなるのも、いやだ。
自分の往生際の悪さに地団駄を踏んでいると、浴室のドアが開いた。
「おう。起きた」
私は視線だけで応えた。ちょっと笑ったつもりだけど、ひきつっていたかもしれない。
「カルピス、飲む?」
うん……、飲む。
ヤツはカルピスのボトルを振りながら、いつもと変わらぬ調子で声をかけてくる。なんでそんなに普段通りなんだ。ヤツを直視できない。
氷がカラカラと動く音を聞きながら、私は陽の光がもれるカーテンを眺めていた。頭の中には、めんどうめんどうめんどうと後ろ向きな言葉がループしている。ああでも、この場は如才なく終わらせなければ。めんどうなことにさせたくない。
「はいよ」
カルピス…。薄めるの、そんなの、買うんだ。
わたしは「普通」を取り繕ろうと必死だ。
「彼女がもってきた」
ほーか。かのじょ。
氷が揺れるグラスを眺めながら、かのじょという言葉が口をついてしまった。その瞬間、後悔した。「かのじょ」の言葉に反応した自分に。
ヤツの視線を感じる。「会話に詰まりそうな時は、相手の言葉を繰り返す」。駅前の本屋で立ち読みした、何かのコピペのような自己啓発本を思い出した。
かのじょ、に深い意味なんてない。だからこっちを見ないで。
あれ?
カルピスといえば、乳白色。だけどグラスで揺れるそれは、ずいぶんと主張を放つ「白」だった。私が液体をじっと眺めていると、ヤツが訝し気に言う。
「飲まんの」
なんか色が、へん。カルピスなの、これ。
「ああ、牛乳で割っとるから」
牛乳。だからか。氷にまとわりつく強そうな液体。カルピス+水のそれとは明らかに違って、氷にしっかり絡みついている。それになにより、牛乳で割ったカルピスなんて初めてだった。
「牛乳、だめだっけ?」
わたしは首を軽く振って、グラスに口をつけた。
こってりとした牛乳の脂肪分が、カルピスの持つ爽やかな酸味と飲みやすさを打ち消している。「朝のポカリ」的な一気飲みできる軽いものを期待していた身としては、口当たりが重い。そして気も重い。ものすごく。
濃いなあ……。と、わたしは思わずこぼした。
「ふ…」
ヤツが小さく笑いながら、わたしの隣に腰掛けて、長い指で私の耳と唇をやさしく弄ぶ。
「…昨日のと、どっちが濃かった……」
もう、ダメだった。
★★★
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