見出し画像

新鮮な後悔

経営者になってからの振り返り(創業3ヶ月後)

弱小だ。。todo の時間見積もりが致命的に下手くそすぎる。
要は、自分のタスクがどのくらい時間がかかるかわかっていないんですね。

少しだけ成長したのは、
動画を編集する時間で、2時間弱で4時間程度の時間が言うことです。

私の事業の中核はe-learningです。

そして、授業設計→教材作成→収録→動画編集(①画像編集②音声編集)→販売用の記事編集→販売という一連を一気通貫して行っています。

そんな中で、自分のヘタレっぷりが痛感されるのです。。。

出来上がりのコンテンツ自体は2時間前後なのですが、
前工程(ネタ選定、授業計画とスライドや教材等作成)に4ー20時間
収録(2時間弱の作品に向けた動画の撮影)で4−10時間
後工程(収録後のコンテンツに対して、簡単な動画編集ラウドネスコントーロール処理とか、スライドの挿入とか販路へのデータコンテンツの格納とか)で4時間程度

というのを、月間でn本というのが今の事業の仕込みの部分です。
他方、コンサルタントなどで関わらせていただいておる状況です。

PMFとDoとStudyが追いつかない。

横文字ばかりなんですけどね。早いところ、市場で高評価を得られるための実験(Product Market Fit)とコンテンツ作り(Do)と未来への種まき(Study)が追いつかないわけです。
月間20本やろうなんて思うと、単純サクサクすすんでも240ー680時間が月間で必要。

対して、人にはそもそも24h✖️30日で720時間。6時間睡眠(40歳になると徹夜はしんどい)で▲120時間だから、600時間。着替えとか、家の家事とかすると1日6時間ー14時間程度が捻出可能なので、
そこでいくとフルフルで月、14時間✖️30日で420時間くらいまでしか計画に落とし込んではいけないわけです。

少しは賢くなったのかもね。

この、できそうでできなさそうな時間幅が示せるようになるのに2ヶ月程度要しました。あぁ、ここの見積もり能力の低いこと低いこと。

実際には、14時間作れるのは週3で、他の日は週4は6時間程度です。だから、個人的には週で66時間。月間264時間程度。これで20本やろうと思うと、まぁ無理ゲーに近づく。

自己肯定感を、計画設定から取り戻す。

自己肯定感、自己効力感。似た言葉ですが、それを自分の計画設定で育成することを考えます。


大学生の時に、30代40代のビジョンがもてなかったわけですが、だから好きに描いた時に、自分の40代こんなことしたいなという夢がいくつも浮かびました。

夢を実現するための、ビジネスが育つ時間。

それを実現したいと思う時に、ビジネスへの時間の注力具合というのがネックになってきていて、もしもあと10年早く取り組めていたらという後悔が頭をよぎります。

でも、最近の後悔は新鮮で、妻と知り合うのが10年前で、その時から一緒に今の生活を作り始めていたら、どんなにか楽しかっただろうって。。

可能性がさらに広がっている10年にできたのになぁ、惜しいなぁというのが今回一番伝えたいことです。(題名の通り、新鮮な後悔です。)


10年早く今の形を作れていたら、きっと子どもの誕生の時に、描いたことをしてあげられた。

例えば、海外経験を積ませると言うことも、今から取り組んだら10年はかかるところ、小学生の頃に経験させてあげたいのは、中高生で実現するといったような。

本当は、小学生で経験させてあげたいと思うと、途端にビジネスの成長度合いが気になります。

だから一層、ビジネスに注力することになるのですが、子どもの待ったなしの成長を思うと、そこに、その年齢年齢で実現させてあげたい、経験させてあげたい事柄があるかと思うと、途端にビジネスをもっと成長出きていれば、という気持ちがよぎります。


とはいえ、こうしたことを詳細に完全に描き準備することは不可能だと思うので、そういう展開がきれるように早くから育てておくということが有用なのかもしれません。。


そして、ビジネスの肥やしと思い、御王の経験を社会人として、社会人前として積む機会に恵まれました。

少しだけ、意味のあったキャリア、そうでなかったキャリアを振り返ります。

自分の振り返り意味のあるキャリアとそうでないキャリア

意味のなかったキャリア
・よくある大学生活
・バイト
・よくある部活
・よくある公務員
・学校の先生のうち、ある都道府県での経験

意味のあったキャリア
・海外駐在
・海外現地採用
・キャンドルの復興支援イベントの主催
・高校時代のアルバイト
・図書館の職員経験(公務員)
・学校の先生のうち、ある都道府県での経験


前提として、意味のなかったキャリアからも学べる部分はあります。断言します。
それでも意味のないというふうに区分したのは、後先実現したいことをしていく上で、伸びシロとして不要だったなと。特に、高校生のうちからバイトができた境遇から、大学生の時に、周囲の「アルバイト初めてだーウキウキ」と言う集団の価値観からは距離を置いたほうがよかったと思います。同時に空気を読んで周囲に合わせるという経験も必要だったことから、そうした集団に合わせてしまった結果うまくいきませんでした。という学びがあります。(どっちが偉いとかじゃなくて、お互いに仕方のないことなんです。)

転じて、起業している経営者たちの空気を吸って、そこに合わせるというのはとても良いことだと思っています。結局、うまく人に合わせるという価値観や習慣、人柄?も誰にでも合わせるというわけではなくて、自分のコアな部分で同じ方向を持っている集団には合わせにいくし、さほど重要でない事柄であれば、大衆に合わせられる。それくらいの空気の合わせ感、空気読み感で良いのではないかと思っています。

究極的に、赤信号は止まるし、エレベーターでは降りる人優先だし、最低限人や文化に合わせた振る舞いはできているのかなと。
ちっさいことですよね、何かにつけて空気読めなんてね。

なぜ、キャリアのうちのいくつかが、意味のないキャリアに分類されてしまうのか。

多くは、経営者として秒で経験できてしまったからです。
「いつかは経営者に」という心つもりで多くのことを経験しようとする姿勢は立派で胸を張って良いと思いますが、体感として、ある出来事から経営者としての経験値が100に対して、仮想経営者として学びを得られることは10くらい。何も意識していないサラリーマンなら2−3くらいの学びの程度であるという感覚です。

そのくらい、「経営者目線」と「実際の経営者」というところには体感で得られる気づきの差が大きいです。

だから、「いつかは経営者」とお考えの方は、さっさと始めてしまわれた方が、伸び代と学びの総量が大きいです。

時間の生涯価値は若い頃の方が多いのは自然の摂理です。
だからこそ、伸び代の大きいことをそのときに経験する。そんなことが学びの総量を大きくできるとも考えるようになりました。

そしてそれは、私のミッションである、「教育の負の連鎖の解消」という挑戦にも通じるものでもあります。


なんてことはない。中高生が起業するような講座とかとも同じです。
ただ、自分が何かをする場合は、その先に「教育の負の連鎖の解消」という未来予想図があるだけのことです。


今回も最後まで御付き合いくださり、ありがとうございました。
既読よろしく、「スキ」いただけると励みになります。
よろしくお願いします。


いいなと思ったら応援しよう!