土方と亀姫 玖
「坂本だけではない。西郷も悪魔に魂を売ったゆえ、月照と海中に身を投げた際に助かったのじゃ」
「西郷も…悪魔に魂を売った奴は他にもおるのですか」
「おる。それが誰かはわからぬが、この先、そなたがこの戦いで生き残ってみれば、それが誰かはわかるであろう」
「人は死ぬのが怖い。怖いゆえに魂を売って悪魔の僕になろうとも生き残りたいものじゃ」
「魂がなくなるということは死ぬということではないのですか」
「表向きはそうじゃ。その際には身体もなくなっているやもしれぬ。しかし、身体がなくなっても生きるという強い心持ちがあれば、他人の身体を乗っ取ってでも永遠にこの世に残ることはできる。そなたにもいずれわかる。そうじゃ、土方は宮部鼎蔵を存じておろう」
土方の目がピクリと動いた。池田屋で自刀した肥後者だ。
「承知しております。肥後の宮部でございますね。池田屋での私たちとの戦いの際に自刀しましたが…」
「あやつは長州の吉田松陰と嘉永3年に奥羽を旅した際に会津にもやって来た。わらわも会うたが、なかなか良い男であった。松陰も同じような印象であった」
土方は責められているような気がした。
「さようでございましたか。私たちは事変がおさまってから自刀したのが宮部だと知り申した」
「さようか…。宮部は純粋ゆえに死んだのだ。宮部や松陰のような者は生き残ることができない。土方、そなたも同じ運命を辿るやもしれぬ」
「のぞむところでございます」
「ひとつ聞きたいことがある。人を殺めるときはどのような気持ちじゃ」
「過日も戦場から逃れようとした者を斬りましたが、心に暗き雲がかかったようでございます」
「己が生きる意味を思えば、人を殺めることなどできぬのだ。人には誰でも生きることに意味があるものじゃ。人はつまらぬ力を持ちとうて愚かな争いをするが、いずれ意味のないことを知る。まあよい。そなたたちを救うてやる話じゃが…」
「私たちは何をすればよろしいのですか」
「何もせずともよい。じきにわらわの仲間たちが会津にやって来る」
「仲間たちとは」
「物の怪に決まっておろうが」と言って亀姫は笑った。
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