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二式大艇
昭和16年8月、日米開戦が近づく日本海上を同年に完成したばかりの二式大艇(二式飛行艇)が横須賀基地からサイパン島に向けて飛行していた。迫る真珠湾攻撃のための試験飛行だった。
二式大艇は、レシプロエンジンを搭載した当時の航空機の中でも群を抜いて優秀なスペックを誇っていた。飛行速度は240ノット(時速465キロ)、航続距離は偵察時7400キロ以上、B29爆撃機と比較して30%も長い。20ミリ機関砲を5門、7.7ミリ旋回銃4門を搭載し、2トンまでの爆弾か2発の航空魚雷を搭載できた。そのうえ10人以上も搭乗できる性能を持っていた。
その日、二式大艇に搭乗していたのは海軍の佐藤重三郎少佐、水野晴彦少尉と、操縦士の田中善郎一等兵曹と吉野太郎一等兵曹の4人だった。
「少佐、あと1時間ほどでサイパン島に到着予定です」吉野一等兵曹が言った。
「うむ」佐藤少佐が頷いた。
「しかし、この二式大艇は素晴らしい性能ですね。驚きました。これほど大きな飛行艇が横須賀からサイパンまで飛べるとは…。これに爆弾をたくさん搭載すれば、米国本土攻撃も可能ですね」水野少尉が自分が座っている横の機体を撫でながら佐藤少佐に言った。
「そうだな。本当に凄い。しかし、この漆黒の闇の海上を迷わずに飛べるのが素晴らしい」
「航空天測表によって4000メートルの高度を保ちながら飛行するのであります。海上を飛行する際は高度がわからなくなり、海面に激突する危険も高いのであります」田中一等兵曹が言った。
「ほう…」
航空天測(天測航法)とは、目に見える天体(太陽、月、惑星、恒星)と水平線(視地平)の角度(仰角、天測航法では「高度角」と呼ぶ)を計測するのが基本である。太陽と水平線から太陽の高度角を計測するのが最も一般的である。
「少佐、先ほどから1機の戦闘機が、この機と並んで飛んでおるのでありますが…」吉野一等兵曹が言った。
「何?」佐藤少佐と水野少尉が窓の外を見ると、ふたりとも凍りついたように黙ってしまった。二式大艇の右脇20メートルほど離れて飛ぶ複葉機があった。
しばらくして佐藤少佐が「水野、あれは…九五式水上偵察機ではないか」水野少尉の顔を見た。
「確かに…しかし…あの機体には英国の国籍標章があるようです。英国の偵察機ではありませんか」
「いや、あれは、偽装標章だ。今年の2月にマリアナ諸島のマウグ島でドイツに引き渡された九五式水上偵察機に間違いない」
「え、確かあの機はドイツの中尉が搭乗し、マダガスカル洋上に転覆させたのではありませんか?」
「そうだ。しかし、何故だ?米国が引き揚げて接収復活させたのだろうか」
「少佐、あの機には操縦士が搭乗していません」田中一等兵曹が震える声で言った。
4人は目をこすりながらその機体を見た。確かに誰も搭乗していない。
「いかがいたしますか?」操縦桿を握る吉野一等兵曹が言った。
「うむ、あれは幽霊機だろう。下手に構わぬ方がいい」落ち着きを取り戻した佐藤少佐が静かに言った。
「幽霊機?」
「うむ、わたしは見たことがないが、噂では聞いておる。いつの世でもモノに霊が憑依するということはよくあるようだ。そのような時は一切構わぬに限るのだ。下手なことをするとわたしたち4人ともに憑依されてしまうからだ」
「しかし、哀れですね…」水野少尉が言うと佐藤少佐が頷いた。
「ところで、マダガスカル洋上で転覆した際に搭乗していたドイツ少尉は死んだのでありますか?」
「いや、聞いておらん」
水野少尉が窓の外を見ると、まだ九五式水上偵察機が並んで飛んでいる。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」田中一等兵曹が両手を合わせて拝んでいる。
それからサイパン島付近まで九五式水上偵察機は二式大艇と並んで飛んでいたが、サイパン軍港に着水するために降下していくと、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
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