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新しい王の話をしよう

 2024年9月29日。中山競馬場。この日、この場所で、新たな王が生まれた。
 その名はルガル。
 シュメール語で“王”の名を冠するこの馬はスプリンターズSを制し、初のGⅠ制覇を成し遂げ名実共に王となった。

 鞍上は西村淳也騎手。
 騎手歴七年の彼もまた、奇しくもこのレースが自身初、悲願のGⅠ勝利。

 そして私。競馬歴約3年のビギナー競馬ファンで、西村淳也騎手、そしてルガル号のファンである。

 2024年9月29日。

 この日は私のこの先の競馬歴の中でも、最も輝かしい日の内の1日になるに違いない。推しが推しに騎乗しGⅠレースに勝ったのだ。

 これがどれくらい凄いことかというと、サラブレッドの年間生産数が7000頭から8000頭。その内JRAでデビューに漕ぎ着けるのが約4000頭程。
 対して三〜四歳以上の牡馬が出走可能なGⅠレースは、年間で11レースしかない。その内の一つのタイトルを、我が王ルガル、そして西村淳也騎手は獲得せしめたのである。

 私が西村淳也騎手を応援するきっかけは、なんということはない、某競馬番組内でのインタビューを観てからのことだ。確か今から大体1年前、2023年秋のことだったと記憶している。
 騎手歴が来年で7年目。まだ勝つことのできていないGⅠレースで優勝するのが目標だと語る26歳の彼の瞳には星のような光が宿っていた。

 そのインタビューから、私の「GⅠ獲るまで西村淳也の馬券を買い続ける」ゲームが始まった。無論、競馬はGⅠレースだけではない。ほかの重賞やオープン戦、果ては新馬戦や未勝利戦に至るまで、私は西村騎手の騎乗するレースでは必ずその馬の馬券を買った。

 そんな競馬ライフの中で、私はルガルという後に短距離の王となる馬と出会う。
 2023年11月26日。京成杯(GⅢ)、京都レース場・芝1200m。
 西村騎手とルガル号の初コンビとなるこのレース。ルガル号は1番人気に推されながらも結果は2着となったが、西村騎手お得意の先行策とルガル号の見せた4コーナー終わりから最終直線の疾走に私はすっかり魅了された。

 年が明け駅伝シーズンも落ち着いた2024年1月28日。待望の私の推しコンビ出走レース。シルクロードS(GⅢ)。前年11月の京成杯と同じ芝1200mのこのレースでも西村騎手は先手を主張。ルガル号は最終直線を流星のように駆けてこのレースを制し、重賞初制覇。人馬一体とはこのことかと私は画面の中の西村騎手と共にガッツポーズをし、歓喜の時を味わった。

 そして3月は24日。西村騎手とルガル号のコンビが初めて挑むGⅠレース、中京レース場で開催される高松宮記念(芝1200m)。この日ルガル号は1番人気に推され、私も勝利を信じて疑わなかった。
 ルガル号は強い馬だ。遡れば三歳未勝利戦を勝ってから掲示板に入らなかったことはない。勝つ。ルガルが、淳也が勝つ。今日こそこのひとりと一頭がGⅠ勝利を戴冠するのだ。そう信じて私は馬券を買い、勝利の時を待った。

 ──が。

 2024年3月24日。高松宮記念(GⅠ)。ルガル号、10着。
 レース中に骨折していたことが判明し、休養に入る。

 サラブレッドは、強いようでいて脆い生き物だ。怪我が原因で引退・死亡した馬を私も短い競馬ファン歴の中で少なくない頭数を見てきた。

 どうか。どうかルガル号がまたレースに戻って来てくれますように。
 今日もどうか全人馬無事にレースを終えられますように。
 毎週末のレースの度にそう天に祈り過ごす半年はあまりに長かった。

 そして迎えた秋。秋というにはあまりに暑過ぎる秋。
 スプリンターズSの出走登録馬に「ルガル」の名を見た私は天を仰いだ。怪我の苦難を乗り越え、我が王がレースに帰って来たのである。

 鞍上は変わらず西村淳也騎手。怪我からの復帰戦ということもあり、無事に走り切ってくれれば──というのも第一だが、やはり私はルガル号と西村騎手に夢と馬券を託した。9番人気。怪我の休養明けとあれば妥当な人気だ。しかし勝つ。ルガルが、淳也が勝つ。

 レースはやはり西村騎手がスタートを良く出して先行位置に着けた。10番のピューロマジック号が逃げの手を打ち200m目は9秒9と速いペース。これにルガルも3番手に着け追走し迎えた最終直線。伸びる。伸びる! ルガルが空に走る火球のように駆けてゆく。

 来た。来た! ルガルだ! ルガルが来た!! ルガル!! ルガル!!

 ルガルだーーーー!!!!

 私は震える手で拳を作り、天に突き上げた。
 ついに我が王ルガルが、西村淳也がGⅠで悲願の初勝利を上げ、私といういち競馬ファンの夢を叶えてくれたのである。

 競馬には夢がある。それは金銭的な意味でも大いにあるが、応援している騎手や馬が勝つとやはり「夢が叶った」という充足感で私はいっぱいになる。

 さて、しかしこれにて私の「GⅠ獲るまで西村淳也の馬券を買い続ける」ゲームは一旦の区切りがついた。嬉しくはあるが、少し寂しい気もする。
 しかし西村騎手も我が王ルガルも、まだまだ競馬人生(馬生)道半ば。
 次は彼らと、どんな夢を見にゆこうか。

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