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三歳チャレンジ「いまがいちばん可愛いときだねー」
この仕事をしていると、ときにお母さまの教育に対する熱意に圧倒されることがあります。
「あのう、小学校受験に興味があるんですが……」
とお問い合わせのお電話をいただき、お受験のあれこれについてかんたんに説明させていただいたあと、「ところでお子さまはおいくつなんですか?」と訊ねると、「はい。二歳です」というお返事が返ってきます。これは少々話が変わってまいります。
我々のような仕事をしていて、お子さまをお預かりするかどうかの一つの基準に「お母さまから引き離されても泣かないこと」があります。これは幼児のお子さまにとっての最初の関門「玄関先でお母さまと別れる」をいかにスムーズにできるかがお子さまの発達と進捗の上でとても重要だからでして、この重要さ(そしてたいへんさ)は、ふだん幼児さんと接する機会の多いお仕事についておられる方ならわかっていただけるのではないでしょうか。
率直に言うと、これができないようですとお預かりするのはお断りさせていただくようにしています。もちろん、たんにお預かりするだけならいくらでもできますが、お受験指導や幼児教育───お子さまに対する明確な何かを期待されているご両親に対し、それに見合うだけの指導をすることがむずかしいからです。お子さまをお預かりする際、そのお子さまの進捗具合というのはとても大事な判断要素となります。(これは必ずしも実年齢と比例するとは限りません)
しかし中には、とにかく一刻でも早くわが子の幼児教育を開始したい、と意気込んでおられる前のめりなお母さまがおられます。ぼくが「二歳はいくらなんでもお気が早いのではないですか? せめてお子さまが三歳になられてからでも・・・」とやんわり申し上げると、今度はお子さまが三歳のお誕生日を迎えられた翌日に、「先生、うちの子、三歳になりました」とお子さまを連れてこられる勢いです。いや、たしかに言いましたけど・・・。
ちなみにお子さまをはじめてお教室に預けるとき、お母さまの反応はふたつにわかれます。
・お子さまが泣こうがわめこうが毅然と立ち去るお母さま
・泣くお子さまにつきそい、なだめ、抱きしめ、小一時間ぐずぐすしているお母さま
お子さまを預かる立場として、どちらのご両親の態度が助かるかは申し上げるまでもありませんが、この年になってくると立場を超え、だんだんお若いお母さまに気持ちを沿わせるようになってきます。たぶん、お若いお母さまにしてみれば、生まれてから片時も離れないできたお子さまとのはじめての別れが身を切られるほどつらいのでしょう。(別れ、といってもたかだか数時間なわけですが)
まあ、じっさいは、
「ハイ、ではお母さまはお帰りになってください。また○○時に」
と丁重にお帰りいただくわけですが。
ちなみにお子さまの反応は様々です。五分で泣き止む子もいれば三時間たってもママを恋しがって泣いている子もいますし、そもそも涙ひとつこぼさない子もいます。このへんは個性ですね。
早熟な子は学習もどんどんできます。記憶・図形・認識・推理・・・。お家にはないさまざまなブロックやパズル、絵本、知育玩具の数々に夢中になって取り組み、顔を上げることすらしません。お母さまのことなどすでに頭の片隅にもありません。「ああ、この子は伸びるな」と思わせる子です。
一方、五分で集中力が切れ、放り出す子もいます。そしてママママ、と連呼、顔を濡らして泣き叫んでいる様は、この子にはお母さまの膝がまだ必要だったことを示しています。親の心、子知らず。ああ、お母さまのわが子の将来と教育にかける想いはきみにはまだ早すぎたのか。
ママが恋しい気持ちをそらすため、やむなくお子さまの手を引いてお外へ連れて行きます。川縁近くの遊歩道は川面からの気持ちのいい風か吹いてきます。河川敷の見える土手をふたりで歩いていると、散歩をしているらしい近所のおばあさんに声をかけられます。
「何歳?」
「三歳です」
「ああ、いいねえ。今がいちばんかわいいときだねー」
「はあ、まあ」
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清-note(幼児教室の現場から)
幼児教室の先生をしています。じっさいにお受験を指導してきた立場から、お若いご両親に知っていただきたいことやお受験への取り組みかたなどをわか…
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