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子離れできないお母さま
お受験指導をしていていちばん困るのが、いまだに子離れできていないご両親の存在です。お子さんの方はもう「離陸する」準備が整っており、母親の膝から飛び出していく気まんまんなのに、母親がそれを許さないというパターンです。むろん、これはご本人にそんなつもりはまるでなく、当人はふつうにお子さまの世話をしているだけなのですが、そのことが結果としてお子さまの心身の発達を妨げる遠因となってしまっているのです。
具体的に言えば、お子さまに対して
・服を着せてあげる
・靴を履かせてあげる
・ハンガーに脱いだ上着をかけてあげる
・リュックを持ってあげる
・すぐに抱きしめる
・ベビーカー愛用
といった感じで、とにかく子どもの世話を焼く、面倒を見たがるのがこのお母さまの特徴です。これは半ば無意識的というか、行動が習慣化されているのが特徴で、母子の間であうんの呼吸で行われます。これはたぶん、忙しい日常(とくに朝)の中でお子さまの行動の先まわりをして、支度をスムーズにしようとするくせがついてしまっているのでしょう。またお母さまの中でついこの間までかわいい乳幼児だったお子さんに対する記憶が鮮明で、お子さんがするすべての行動に対し、知らず知らずのうちに過干渉になってしまっているのかもしれません。
これまで子育てに奔走してきたお母さまの立場からすれば無理もないことですが、問題なのはこれを続けているとお子さまも「これが当然」と思ってしまう点です。お子さまにすれば大好きなお母さんがすることだから逆らうわけがありません。その結果、本来なら少し練習すれば自分でできることでも安心して母親の手にゆだねてしまい、体ばかり大きくなって、何事に対しても「だれかが何かをしてくれるのを待っている」棒立ちのお子さんが誕生することになります。
大半の親御さんは我々がこれを指摘すると直してくださいます。しかし中にはお子さまの世話をしていないと気が済まないお母さまがいらっしゃいます。お子さまを引きつけて放さず、少しでもお子さんが自分から離れていく素振りを見せると不安で仕方がないお母さまです。ご夫婦で話し合われた結果、お受験を志し、幼児教室に通わせようという判断をされているのに、しつけの要の部分である日常においては相変わらずお子さまが乳幼児のころの接し方のまま。これはお子さまの成長スピードに対し、ご両親(とくにお母さま)のわが子への認識が二、三歳の頃から変わっていないためにおこる状況です。
不思議なのは、この逆パターンはほとんどないということです。つまり母親の方はお子さまを突き放す気まんまんで、自立を促すために何事も自分でさせようとしむけているのに、お子さんのほうが甘えん坊でいつまでたっても母親にしがみついている、という状況をぼくはほとんど見たことがありません。仮にお子さまがそうした態度を取るのなら、それはお母さまの方が心のどこかでお子さまにそうすることを許してしまっているわけで、それだけ母親と子どもという間柄は密になりやすく、共依存を作りやすい関係にあるのでしょう。
前の項でも言いましたが、この時期のお子さまの成長スピードはほんとうに素晴らしいものがあります。一晩寝て起きたら変わっていた、というくらいお子さまは一日おきに身も心も変化していきます。
お受験においてお子さまの成長は欠かせません。しかしそれはご両親の努力抜きにはあり得ません。なぜならお子さまが生活の大半をすごす場所はご家庭であり、とくにお母さまの隣だからです。お子さまがお母さまとすごす濃密な時間と体験にくらべれば、我々教師がお子さんにおよぼす影響の大きさなど月の前の蛍くらいのものです。それくらいご家庭、そして母親という存在はお子さまに大きな影響をおよぼすのです。そしてそれはお母さまの意識ひとつで変わるのです。
「ゆりかごを揺らす手は世界を治める」について思うところを述べよ。(ウィリアム・ロス・ウォレスの詩) 600字
これはある有名私立小学校の保護者むけの作文で実際に出題された問題です。
世界の偉大な指導者もむかしは子どもとして母親に育てられており、その影響下にあるという、子に対する母親の影響の強さを示す内容の詩です。ワシントン、リンカーン、ケネディ、さらにはナポレオンや秦の始皇帝といった歴史上の有名な統治者も生まれた時は例外なく赤ん坊なのであり、母親の力なしでは育ち得なかった。ゆえに母親の力は絶大なのであり、間接的に世界を動かすといっても過言ではない、子育ては心してしなければならないという意味です。
(当然ですがこの内容を知っていない限り、論旨を掴まえることができず作文を書くことはできません。受験に際し、両親の実力が問われる一例です)
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清-note(幼児教室の現場から)
幼児教室の先生をしています。じっさいにお受験を指導してきた立場から、お若いご両親に知っていただきたいことやお受験への取り組みかたなどをわか…
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