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訓読の恩恵📖言葉の力
(画像と本文は関係ありませんm(_ _)m )
*信仰生活補助教材~心のしくみ15P・19P 良心・肉心について
*生活の中での実践~実況中継・真の愛の発光体✨image
兄弟姉妹の皆様が報道から守られますように
天の心情・事情・願いを知るために自叙伝・三大経典・原理他み言訓読の重要性を感じます📖
礼拝~浮かんできたみ言です🌱
人類の涙をぬぐう平和の母 167P~171P
“ダンベリー刑務所に響き渡った勝利の歌”
「統一教会は出ていけ!」先頭の人が叫ぶと、後ろにいる人々も一斉に声を上げます。
「青年たちを洗脳する統一教会を糾弾する!」
こういった非難や反対の声は、私たち夫婦に、いつも影のようについて回りました。
特に1970年代、ワシントン大会がきっかけとなり、アメリカで「統一原理」が燎原の火のごとく広がると、私たちに反発する組織的な動きが出てきました。
まず、下院のドナルド・フレーザー議員が先頭に立って国際機関小委員会を立ち上げ、聴聞会を開きました。
統一教会を生贄にして上院議員選挙に出馬しようとする政治的野心が、その動機の根底にありました。しかし最終的に、彼は自分で仕掛けた罠に自らはまる結果となってしまいました。
それでも、反対勢力はあきらめませんでした。
ついに文総裁は、脱税の容疑をかけられ、1981年10月以降、ニューヨーク連邦地方裁判所に何度も出頭することになります。
そのたびに声明文を出して、
「今回の件は、人種差別と宗教的偏見の結果である」
と反論し、
「私はアメリカと世界人類のために犠牲と奉仕の人生を歩んできた。そこにおいて少しも恥じることはない」
と発表しましたが、アメリカのマスコミが、粗探しの手を緩めることはありませんでした。
非難の矢が容赦なく降り注ぎましたが、アメリカの、権力を笠に着た攻撃と非難に屈服する私たち夫婦ではありません。
ゴリアテと戦うダビデのように、私たちは決して恐れず、真正面から受け止めて対応しましたが、結局、苦難の十字架を避けることはできませんでした。
何の罪もない文総裁に対して、ニューヨーク連邦地方裁判所は1982年、12人の陪審員団を立てました。
以前から、私たちは陪審員による評決ではなく、判事による裁判を要求していましたが、裁判所はこれを受け入れなかったのです。
アメリカ政府の筋書きどおり、1982年5月18日、有罪の評決が下されました。
罪状は、献金160万ドルの利子11万2千ドルにかかる所得税、および5万ドルに相当する株式配当金にかかる税金として、1973年から3年間で7千3百ドルを払わなかったというものでした。
判決が言い渡されました。
「懲役18ヶ月と罰金2万5千ドルを宣告する」
ところが、このように宣告されるや否や、かえってアメリカの宗教界と民間団体が、
「これは宗教に対する明白な弾圧である」
として、あちこちで一斉に立ち上がったのです。
それまで統一運動に対して友好的ではなかった既成のキリスト教会も、支持声明を発表するなど、私たちを擁護する側に回りました。
多くの人々や団体が文総裁の無実を主張して請願書を提出し、宗教の自由を求め、判決内容に抗議する大会もほぼ毎日、開かれるようになりました。
宗派を超えて、多くの良心的な人々が宗教弾圧を批判するデモを行ったのです。
この事件は、表面的には脱税が問題にされましたが、
その裏には統一教会の驚異的な成長を食い止めようとする意図が隠されていました。
政府の権力を利用した、巧妙な宗教迫害だったのです。
~私のために泣かずに、アメリカのために祈りなさい
~怨讐までも愛しなさい。そしてために生きなさい
平和と愛があふれる世界を実現するために歩まれる生涯路程~天の心情・事情・願い~