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私の英語学習歴(学生時代)

こんばんはー。
昨日、英語学習の記事を書いてあげようと思いましたが、会社の飲み会で日付超えそうだったので今日に回しました。(実際に帰宅したのは日付が変わった午前1時でした)

今日は、これまでの英語学習歴です!
公立の小中高に通っていましたが、小学校の頃から英語の授業がありました。(珍しいらしい。)
小学校から大学までの学生時代の英語学習について振り返ってみたいと思います。

小学校

小学校は公立学校に通っていました。しかし、国立大学の附属小学校に進学したので教員も研究するために赴任してきていることもあり、研究授業が年に複数回ありました。また、県内で先進的な取り組みをする学校だったので小学校から専科(図工や理科、音楽、英語など)は専門の先生が担当したり、ダンボールハウスを作って宿泊したり、渡嘉敷に宿泊研修に行ったりしました。また、北海道の附属小学校と協定を結んでいたので児童交流も実施していました。

特殊な環境で義務教育を過ごした私は、小学校の頃から英語の授業が導入されていました。

導入されたのは小学校何年生からか忘れてしまいました。当時は、私の通っていた小学校に試験的に導入されていたので、授業は週1です。
大人の事情は知らなかった当時は普通の公立小学校にも英語の授業が入ることになって、導入されたのだと思い込んでいました。

授業内容はその日の授業に関連する単語や質問を最初に先生に教えてもらい、ゲームして遊ぶというものです。ゲーム中は日本語禁止だった気がする。。。
例えば、自己紹介だと「My name is 〇〇」「I am ◯ years old」などです。単語は習ったかなぁ。果物の単語は小学校の時に覚えた気がしますが他記憶がないToT

長期休みが近づくたびに英語でアニメを見て、作品に関する英語の質問が書かれたワークシートに英語で記入して提出ということをしていました。通常速度で、字幕もなく英語で見るので、今思うと難易度が高い。でも、同級生はスラスラと英語を聞き取りワークシートに記入していくので不思議でたまりませんでした。

小学校の頃に見た作品は「カンフー・パンダ」「ファイディング・ニモ」「ハイスクール・ミュージカル」などなど。

ゲームは楽しくても基礎的なことは学ばなかったので別意味で英語の苦手意識がついていたかもしれません。
今思うと、公立の小学校に通っていたとはいえ、教育熱心な保護者が多く、中学受験したり、塾に通ったりする人が多かったので英会話教室に通っている人が多かったかもしれないですね。

なんでここに進学することを選んだんだろうと後悔するのは中学に上がってから。小学校の間は貴重な体験がたくさんできたので楽しかったです。

中学校

中学校は国立大学の附属中学校に進学しました。附属小学校に通っていたので内部進学でした。
通常、入学するには小学校の成績や試験、面接などを突破する必要がありました。しかし、附属の学校に通っていたこともあり、内部進学が可能でした。

中学校の頃は勉強づけでした。学校のレベルが非常に高かったのです。入学してから知りましたが、国公立の中学校では県内1でした。そんなことは知らないまま進学した私は授業のレベルについていくのに必死でした。授業のレベルが中間層に合わせるのではなく、成績上位の人に合わせるタイプだったのです。落ちこぼれは気を抜くとあっという間に転げ落ちるので、転げ落ちないために必死でした。

中1は基本的な文法や単語を学びながら楽しく勉強していきます。
中2に上がると英語のディベートが入ってきたり、英文日記を書いて提出したりしました。英文日記は4人グループでしりとり形式で書いて提出したり、1人で書いたり方法はさまざまでした。

中3になると高校受験に特化した授業をしながらディベートしたり、テーマに沿ったしりとり英文日記を書いたりしました。入試が近づくと県外の高校入試の問題を解いて回答する日々でした。

中学の頃が一番英語が苦手だったかもしれません。どんなに頑張っても勉強できる人たちに囲まれて埋もれてしまうので、成績という形で現れないし、評価されることも少なかった。
一方で得したことはありました。研究校でもあったので、領事館とコラボして「環境にいいお家を作って発表しよう」みたいなプロジェクトがあり、英語で説明を受けて作って英語で発表する機会をもらったりと、習ったことをアウトプットする機会には恵まれました。
また、中学からALTが常駐していたのです。週1教室に来てALTの授業を受けていました。他にも英語の準備室に入るときは英語Onlyでした😇

高校

高校は附属の高校がなかったので高校受験をし、県立高校に進学しました。
中学では落ちこぼれだったので、勉強で苦労したくないと思い、早く来て勉強したり、早朝講座を受けたりしていました。

授業は教員が面白く、楽しかったです。
自己紹介で苗字の漢字にちなんで英語を考えて発表しましょうとか。
大城だと、「My familly name is Oshiro. Chainese charactere is big ccastle」みたいな感じで、漢字を英語に分解してみるとかやっていました。

ただ、文法が大の苦手になっていたので、文法書を読むのは拒否反応を起こしていました。。。
これで大学受験は苦労します。特にセンター試験。
大学は指定校推薦で進学を決めていましたが特進クラスに在籍していたので、センター試験を受験することが必須でした。

中学との違いで言えばALTがいなかったことです。在学中に授業でALTが来たのは1回だけだった気がします。
中学のALTはアメリカ人だったので、アメリカ英語をずっと聞いてきていたので耳がアメリカ英語でした。しかし、高校のALTはオーストラリアの方だったので地域が異なると英語ってこんなに違うんだ!と実感した瞬間でもありました

大学

大学では英語は1年間だけ取りました。必修で英語Ⅰ・Ⅱの単位を取らないと卒業できなかったので必要な単位を取って終了しました。
私の大学では、入学直後に行われる実力テストに基づいてクラス分けがされます。
一度振り分けられたクラスから変更することができないのです。(どんな理由があっても)

授業の質って教員次第だと痛感したのは英語の授業ででした。
1年間の履修だったので、何を学べるかとワクワクしながら教室に行き授業を受けました。
初回は講義内容の説明かと思いきや英語で自分のことを話し続けるだけ。2回目以降もずっと同じことの繰り返し。
それが90分1コマの週2回。1限なのに英語の授業をしない人だったので、英語を聞き流しながら課題をしたり、欠席したりと英語学習することを放棄していました。
テストも単語の聞き取りとか教材を丸暗記すれば満点を取れる内容でした😇

かといって単位を落とすことはできないので、いい加減な気持ちで受けていました。
履修している英語を回避する方法で英検2級の受験を決めました。単位認定を受ければ担当の教員の授業を受けずに済むという理由だけで。
英検2級を受験し運よく合格しました。しかし、履修登録が終わったあとだったのでいい加減気持ちのまま授業を受け続け、単位をとって英語から卒業しました。

振り返ってみて

つらつらと愚痴った感じになりました。
私の英語学習の原点ってなんだったんだろうとふと考えた時に、小学校からだ!と気づいたので、振り返ってみました。
学生の頃は、口では海外に行きたいというのに英語ができず県の留学事業を突破でいないなど悔しい思いをしました。

教育という視点での英語が苦手だったんだなぁと今は思います。
洋画や洋楽を聞くことは楽しいので教科としての英語になると拒否反応を起こしているので。
今思うと大学時代にもっと英語を勉強しておけばと思うけど、当たった教員が悪かったので、英語を敬遠する要因になってしまいました。それがなかったら英語Ⅲや英語Ⅳを履修していたのかなと思うと悔しいです。
自分で勉強する環境を整えればよかったのですが、英語に対して本格的に勉強しようという気持ちでなかったこともあり、ちょっとしたきっかけで挫折してしまいました。

余談ですが、
小学校で英語の授業があったのは当時は珍しかったらしいです。中学に進学し、公立小学校から進学してきた同級生と話している時に知りました。

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