お気に入りのパンプスで足を傷めて心底反省したお話。#KuTooとか。
高校を卒業して大学に入学した頃、多くの新入生がそうなるように私も色気づいて、パンプスを履くようになった。高校までローファーとスニーカーしか履いていなかった私にとってパンプスは、名前もプスプスしてかわいいし、見た目も大人の女性!って感じで素敵に見えた。
一人暮らしの大学生でお金がなかったので、駅の地下街の赤札で毎日大安売りしてる靴屋さんか、ワチャワチャした店内の中華雑貨屋さんで、2000円程度のものをいつも買っていた(当時は今のように、輸入品の安くてかわいい靴が並んだおしゃれな靴屋さんはなかった)。そんなあるとき、いつもの地下街やショッピングモールでなくおしゃれなファッションビルの、私にとっては少し気取ったお店で素敵なパンプスに出会った。
合皮の淡いブラウン。形は編み込みみたいになっていて少しサンダルっぽく、先が尖っていて、黒いヒールは5cmくらい。とても大人っぽかった。素材は固くて、足を入れて歩いてみたら少し痛かったけど、お店のスタッフさんの「パンプスは履いてるとのびますよ」の言葉を信じ、貧乏学生の私にとっては出血するほど痛い5000円をえいやっとはたいて購入した。
果たしてその素敵パンプスはのびた。1年くらい履いていたら革が柔らかくなって、ぺたんこになった。足はすんなりと入るようになった。私の足を歪ませて。そう、外反母趾になったのだ。高校のとき「外反母趾ってなんなんやろ」と思っていたあの頃のまっすぐな私の足はいつの間にか様変わりしていた。重度ではないが、側面があきらかに浅い「く」の形をしていた。
変わっていく足が怖くなってそのパンプスを履くのをやめ、それ以降はヒール低めで無理のないパンプスを選ぶようにし、外反母趾矯正サポーターなるものを買っていろいろやってみたが、私の足はそれから変わらない。進行もしないが、治りもしない。痛みなどの症状があるわけではないが、靴は親指の付け根の出っ張った骨から傷みやすく、また、転ぶたびに「足のせいかなぁ」と心配になる(よく転ぶのは前からの不注意のような気もする)。
外反母趾についてはかなり調べてみたが、ときどき「これで治る!」と称されたテーピング術などはあるものの、基本は外科手術でないと完治しないようだ。「おしゃれでカワイイ!」という浅はかな喜びと引き換えに、私はせっかくこの世で頂いた健康な体を積極的に痛めてしまったのだ。
まったく私の至らなさ、ボンクラ加減からこうなってしまい猛省である。その一方、いくら可愛くても、「履いていると体を不可逆に痛める靴」がふつうに罷り通っているこの社会にも憂いの念が起こる。私だけでなくパンプスやらハイヒールで足を痛めてしまう女性は多い。新しい靴を履いて夕方には足が痛い、なんてことはよくあることだ。こんなに世の中には靴が溢れているのに、足を傷めない草履も下駄も1000年以上前からあるのに、わざわざ高いヒールを履いて外反母趾になったとか、姿勢が悪くなったとか、かけがえのない体を痛めるとはなんて悲しいことだろう。また、ヒールが高いといざというときに走れない。靴として性能が低すぎる。歴史上、ヒールで足をひねって大怪我をしたり逃げ遅れたり、ひょっとして命に関わった例も数多くあったろう。
こういうものがふつうに売買されているというのもひとつの問題だ。仮に今目の前にとってもおしゃれな帽子が売ってあって、それが「被ってると頭痛を引き起こし長期間使用すると頭の形が骨ごと不可逆に変形し、また視界を遮り2m先が見えなくなるため、危険な場所では安全確保のために脱ぐ必要のある帽子」だとしたら買うだろうか。いくら安くてもたぶんほとんど買わないと思う。女性用靴の世界ではなぜかそれが罷り通っているのだ。
一時期、#KuToo というタグが話題になっていたようだれど、そもそもをたどれば根源は職場というより、履いてるだけで痛くなるような靴を作って売っている女性用靴界と、それを何の疑問もなく「カワイイ!」と買って「痛いなー」なんていいながら履き続けてる女性たち自身のような気がする。さらには、履いてる人を見て「ヒールを着こなす女性ってカッコいい!」と肯定的に見る価値観そのものではないか。パンプス・ヒールは、女性自身が守っている現代の纏足だ。
なお私はその後自分に合う、「一日中履いても疲れない」をコンセプトにしたパンプスのシリーズを見つけてそれをずっと履いている(おすすめだけど、もちろん買う際は必ず試着をお勧めする)。一度、会社帰りにジョギングする予定なのに朝このパンプスを履いてしまったことがあり、試しにそのまま4km走ってみたけれど全く問題がなかった。そういう靴をみんなで選べば、そういう靴を作って売るメーカーとお店が増えて、無知から外反母趾になった私のような人がずっと減るだろう。
かつて中世ヨーロッパで鉛中毒を引き起こした銀食器が、今では使われなくなったように。100年後には「ねーお母さんガイハンボシって何?おばあちゃんが言ってた」「昔の人は無知で、変な靴で足の骨を傷めてしまうという事故があったのよ。お母さんの頃にはそんな靴も事故もなくなってて、全日本足を守ろう協会(?)も『外反母趾終息宣言』を出したけどね」とかいう会話が行われていることを真面目に祈る。
靴だけでなく、身につけるもの、体の中に入れるものすべて。大切な体の健康を守り高めるものを、私達は選んでいくのだ。
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