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中国生活にときめきを感じなくなった話

中国生活にドキドキもトキめきも感じなくなったのはいつからだろうと考えてみました。

2019年ころはまだ中国っぽいものを楽しむ余力のようなものがあった気がします。

友達と深夜まで中国炉端でビール飲んだり、10数元の拉麺食べてうまいな〜って唸ったり、麻辣湯最高と喜んでいた記憶があります。

しかし、2020年以降コロナで不自由な生活を余儀なくされ、2023年に突然自由になったあとのわたしはと言うと、蘭州牛肉麵を食べながらスマホで動画をみるようなつまらないオッサンになってしまいました。

妻と一緒の食事ではスマホを見ませんが、一人の食事にはもう『うまいな〜』というつぶやきも、もちろんビールをふらりと飲みに行く気力もありません。

新しいレストランを見つけてみようという気力もありません。また人気のスポットに出かけようという気持ちにもなりません。

変化を好まず、塩味のポテトチップスをお供に一番搾りか黒霧島を飲む毎日です。

どうしてこんなことになってしまったのでしょう。

中国人友人にその話題を振ってみると「くまてつさんも、中国人らしくなってきたね」と言われました。

言われてみるとその通りです。

多くの中国人はいつでもイヤホンをして、スマホを眺めています。美味しくなさそうに麵をすすり食事を済ませます。

休みの日も疲れ切っており、どこに出かけるでもありません。

30秒ほどで消化できる動画をひたすら眺めています。その動画すらも自発的に検索されたものではなく、アプリが自分の嗜好に合わせて選んだものです。

わたしはショート動画アプリを眺める習慣はありませんが、SNSを見たりして時間を浪費していますので、結局はおなじ事です。

中国人が、わたしを中国人化したと笑うのも理解できます。

昔は、バスに乗れば必死で外を眺め、何かおもしろいものがないかと探したものです。また、わざと知らない道を歩いて写真を撮ったりもしていましたが、どこも大体同じと決めつけて探索することもしなくなりました。

これは、わたしが現状にすっかり慣れたのか、それとも街がわたしに刺激を与えてくれなくなったのか、その両方か・・・わかりませんが、今は自発的に行動するほどの力はなくなってしまいました。

この状況を無理に変えようとは思ってませんが、その辺の歌手が歌うようにときめかなくなったら終わりってのも陳腐ですが事実なので、困ったなと思ってます。

ただ、健全な娯楽や趣味を絶対にもたなければならないわけでもないので、このままノホホンと暮らすのも悪くないかなと思います。

怠惰な状況から、思いがけない素敵なことが生まれるかもしれませんしね。知らんけど・・・

というわけで、今日は9月1日です。今月もしっかりと生きていきましょう。

最後まで読んでくださりありがとうございます。
また明日!

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