歩いて行くことにした①

ギャルとは何なのだろうか?
ウィキペディアで調べてみたけれど、定義が多すぎて良く分からなかった。

今 私はギャルが好きな気がする
昔 私はギャルが嫌いだった

理由なんて無かったのだと思う。

それにしても日本の夏は暑くなった。
夜になっても気持ち悪いベタベタした熱風が体にまとわりつくように吹き付けてくる。
仕事終わりに西武新宿駅に向かう道。汗が止まらない。
疲れが倍増する。
少し冷たいものでも飲んで休憩しようと入った喫茶店から歌舞伎町側を眺めると、ギャルたちが楽しそうに歩いていた。
ギャルは楽しそうだから今は好き
ギャルは楽しそうだったから昔は嫌いだったのかな。

だいぶ前の話

私が昔のアルバイト仲間のサイコの家に転がり込んだのは、一度目の離婚の少し前だった。
なんだか全てが嫌になって、仕事を辞めて、家出をして、歩いて旅に出たことがあった。知り合いの女の子をまわる。それだけを決めて家を出た。

その旅で、最初にサイコの家を訪れたことに特に理由は無かった。なんとなく泊めてくれそうだったからサイコの家を訪れただけだった。

サイコの家には残念な事に、エリというギャルが居候していた。
エリはあからさまに私を嫌悪したが、サイコは私を泊めてくれた。
18歳のエリ 25歳のサイコ 32歳の私。
エリから見たら私は気持ち悪いオヤジだったのだろう。
私から見たら、エリは気持ち悪いギャルだった。
今でもエリは嫌いだ。

泊めてはもらったものの、サイコが仕事に行っている間、エリとの気まずい時間が本当に嫌だった。
やっぱり私はギャルが嫌いだ。近くにいるとイライラする。でも、その挑発に乗ってしまっては負けたも同然だ。だから私は静かにエリを軽蔑しながらサイコを待った。無言の軽蔑。重い時間。サイコの部屋の鳥時計が7回鳴いた。私は野球が見たかったが、テレビはエリが占領していた。食べるものが無く、テレビも見られなくて、本も、会話も無いのに同じ空間の中に人がいるというのはなんと退屈なのかと改めて思った。(今のようにスマホも無かったので)  退屈さに耐えられず、私は無言で散歩に出かけた。エアコンの涼しい風の中で、エリは横になり、全く動く気配は無かった。私はエリを横目に見ながらドアを開けた。ドアの外から、まるで獣が押し入って来たかのような物凄い暑さと騒音が私を襲い、一瞬出かけるのを躊躇した。その位暑かった。
金が無いといって友人の家でエアコンに当たり何もしないエリ。これこそが私の求めていた生き方なのかと思ってみたりもした。エリはエリで32歳でなにもせず、サイコの家に入り浸りはじめた私のことを軽蔑しているのだろう。「サイコねえさん、なにあいつ。やめなよ~。」とか忠告してあげているのだろう。確かにそうだ。自分は寄生虫だ。寄生虫同士のなわばり意識から私とエリは生理的に相容れないのであろう。
結局暑さに負けて20分ほどでサイコの家に戻ってきた私はエリに完敗したようなものだった。エリのほうが優れた寄生虫である気がした。私は不貞腐れて無言で座っていた。エリは私の態度があまりにも悪いので、ようやく開き直って私に文句を言ってきた。
 エリは私が結婚していることを知ると、思いつくばかりの悪態をついたが、あまり語彙力が無いので「キモイ」が悪口の9割を占めていた。
 私はあまり言い返さなかった。本当にエリには興味が無かった。

エリは売りの相手が見つかったようで、サイコの家を出て行った。
電話やメールのやりとりを見ていて、エリも頑張っているんだなと感心した。
私はもう売れないから、エリの方が価値のある人間だと思った。

頑張らないといけないと思ったが、気付いたら眠っていた。

2時30分頃になってサイコが帰ってきた。それで私は目が覚めた。エリはどこまで行ったのか、まだ帰ってきていなかった。
「エリは?」
「売りじゃない?」
と言ってしまってから私は「しまった。まずかったか?」と思った。サイコがそのことを知らなければエリが帰ってきてから大事になるかもしれないと思い、「うそだよ。冗談だから本気にしないでね。」と笑って言った。
「知らない?」
「知らないよ、寝てたから。」
とだけ答えて、その会話を止めにした。
サイコは私が大学時代にアルバイトしていた山梨のファミレスで出会った女の子だった。当時私が大学3年生でサイコが高校1年生。大学生のバイトリーダーって店の中では以外とモテて、サイコも僕を慕ってくれた。そんなサイコも私が大学を辞めた後、2つ年上の彼氏を作って、高校卒業と一緒に彼氏と二人で東京に出てきていた。彼氏は料理人になり、サイコは同じ店でウェイトレスをして幸せに暮らしているらしい。時々そんな噂だけは、当時ファミレスの社員をしながら、バイトの娘と悪さばかりしていた私の耳にも入ってきていた。
 5年ほど前、久しぶりにサイコから電話が入った。サイコは泣いていた。
彼氏が同じ店の中で3またをかけていたらしい。
<どうしよう?>
「別れればいいじゃん。」と私は他人事のように軽く言った。
サイコからはそれから度々電話があった。
 <別れ話をしたら 彼氏出て行った>
 <今も同じ店で働いてるからつらい>
「辞めればいいじゃん。」
またしても他人事のように僕は言った。
 <家賃払えないよ>
 <2人だから何とかなったけど 一人じゃ無理だよ>
 <デパートに就職したけど無理だよ>
「気晴らしに遊びに行く?」
すごく無責任に私は言った。飛騨の荒神の湯という夜中でも寸志で入れる温泉に連れて行った。1日しか私の休みがなかったので、ただ風呂に入って往復して、高円寺でサイコをおろした。
 <仕事やめた。>
 <笹塚に引っ越した。>
「お金大丈夫?」
意味もなく私は聞いた。
「大丈夫」
サイコは歌舞伎町のキャバクラ嬢になって経済の安定を取り戻したらしかった。私は少しほっとした。サイコはお笑いキャラだが、意外と向いているんじゃないかと思った。たまに会うと、サイコと私は「接客」について熱く語り合ったりもした。キャバクラも接客の意識が高い女の子と低い女の子の差が凄いのだそうだ。まだ私もサイコも若すぎて、(僕はキャバクラなんて行ったことなかったし)ファミレスとキャバクラを同列に話すことに無理があることすら分かっていなかったのであった。サイコの真っ白だった肌はなんだか黄色くなってきて、自慢のショートカットは肩にかかる普通の髪型になってきた頃の話だ。
 それから3年が経って今25歳になったサイコは、一体何歳と偽ってキャバクラにいるのだろうか?それから何回か男で失敗したサイコは、歌舞伎町での3年間ですごく強くなったようにも弱くなったようにも見えた。

 私はサイコが部屋着に着替え、顔を洗い、テレビの横に座るのをじっとまっていた。サイコがソファーに腰掛け、タバコをくわえ、テレビのチャンネルを変え、一つため息をつくと、
「つかれた?」
とサイコの肩をもんだ。もう10年も友達でその間なにごともなかった私とサイコなので、サイコも無防備に肩もみの快楽にもだえていた。私はサイコの肩をもみながら、見ず知らずの人間に自分を一生懸命売り込んでいた昼下がりのエリを思い出していた。私はサイコをソファーに横にさせると、丹念に足裏、ふくらはぎ、もも、おしり、腰ともんでいった。首筋から手のひらまで、丹念にもみ終えるとサイコは
「もういいよ ありがと。」
といった。私は何故だか止めなかった。
歌舞伎町で強くなったサイコは
「ちょっとどこ触ってんの。」
といったが、歌舞伎町で弱くなったサイコは
「もう」
といったきり何も言わなかった。
私は、サイコの全身を揉んだ後に、今揉んだのよりもずっと丁寧にサイコの体を舐めまわした。
私の舌がサイコの体を丹念に這っていった。ゆっくりとサイコの服を脱がしながら私の舌が小刻みにサイコの体を這うとサイコは抵抗せずに体をよじらせて小さな声をあげた。私はサイコの体を舐めまわしながら、「俺もオヤジ系のSEXをするようになったんだなあ。昔はすぐに入れていたなあ」と思い、あまりにも丹念でイヤラシイ自分の舐めっぷりが少し恥ずかしくなった。 やっぱりサイコにとって自分は店に飲みに来るスケベオヤジ達と一緒なのかなあと思い、ふと舐めるのを止めた。サイコの太ももから股間にかけて動いていた頭をあげ、口についた唾だらけのサイコの陰毛を腕で拭うと、私はサイコの顔をすぐ上から見下ろした。サイコの顔は少しピンクに色づいて、荒くなった息遣いで不思議そうに僕を見ていた。私はサイコの横に寝転がり、サイコに左腕で腕枕をしながら、肩越しにサイコの胸を揉み、右腕でサイコの股間をまさぐった。サイコが感じながら背中を向けてゆくと、私は股間をまさぐる手の動きを止めずにそのまま後ろから挿入した。サイコは大きな声を一瞬出して、その後はすごく高い吸うような声で喘いだ。私の意識は異常に冷静で、自分の姿を上から俯瞰していた。「あいかわらずお前はエロいなあ」と嫌味な笑みを浮かべて自分で自分を見下ろしていた。
思えば今までの人生、酒もタバコもやらない私は、気がつくといつも女にはまっていた。そしてズルズルと快楽にはまってゆく自分がいて、もうひとりそんな自分をいつも上から見下ろしている自分がいた。埼玉の実家に帰っていった妻の美緒のことや、誰もいない鎌ヶ谷の自宅のことを考えながら、私は後ろからサイコをついていた。いつまでも私とサイコは行為を続け、そしていつのまにか眠っていた。

朝が、というよりは夕方が来て目覚めると、なんとなく自分のまわりの空気が変わっていることに気がついた。サイコはなぜかご飯など作ってくれている。私は悪いと思ってはいなかったが「何か手伝う?」と台所へ歩いた。「いいよ。」「今日もいるでしょ?」とサイコは言った。私は「いてもいいの?」とわざと聞き、「いいよ」とサイコは答えた。鍋の前に立つサイコの後ろにピッタリと立つと、サイコの小さい胸を揉んだ。サイコは恥ずかしがりながら、僕を無言で見上げた。僕も無言でサイコの胸をイヤラシク揉み続けると、サイコの足を少し大きめの水滴が伝ったので、ちょっと驚いた。「ワタシ オカシイ?」とサイコは上目遣いで聞いた。私は少したじろぎながらも「なんで?おかしくないよ」とあまり意味のない答えをしてサイコをベッドまで抱えて運んだ。サイコは昨日とは別人の様に大きな声で喘ぎ、シーツを絞れるほど濡らした。サイコが感じてくれるので嬉しくて、私は何回も発射した。
 ドアのベルが鳴った。
「NHKかな?」僕が言った。サイコは無言で耳をすましている。ベルはゆっくりと337拍子を奏でていた。
「エリだ。」
サイコは起き上がり
「ちょっと待っててー。」
と大きな声で言ってズボンを履き、魚の骨の絵が書いてあるTシャツを着た。私もあわてて服を着ていた。
サイコが鍵を開けて、エリが中へ入るとエリはいろいろと悟ったようであった。生臭い匂いの中、エリは所在なさそうにソファーに座ってゲームを始めた。サイコは複雑な表情で「そうめん食べる?」と言った。エリと私は「そうめん、そうめん」と言って喜んでそうめんを待った。エリがネギを切るサイコをじっと見つめていた。僕はチラッとエリの顔を見た。昨日と一昨日はきっと私がそう思われていたのだろう「こいつはなんでここにいるんだろう?どうしてここでどうどうと飯を食っているんだろう?」という言葉をエリに対して頭の中で反芻していた。エリと自分の立場が逆転していることを二人の寄生虫は如実に感じ取っていた。私はエリに「どこ行ってたの?」とわざわざ聞いてみた。
 「マジ 最悪なんだけど。」
というエリの言葉にサイコは
「何?何があったの?」とこの2日間でエリの身に何か危険なことがあったのかのように心配をして反応した。ように見えた。
 そうめんを食べ、しばしの時間が経つとサイコは出かけていった。サイコは帰りはタクシーで帰ってくるが、行きは電車で通っていた。私は昨日とは違い、サイコを駅まで送っていった。
サイコは心配そうに私を見ていた。見た事のない表情だったので、私は何故心配そうな顔をするのか分からずに
「いってらっしゃい。」
と言った。
「ねえ、絶対エリとしないでよ。」
とサイコは言った。私はまさかそんなこと夢にも考えていなかったし、そんなことを言われるとも夢にも思っていなかったので、
「あるわけないでしょ。」
とありきたりの答えをした。根拠のないありきたりの答えでは信用がないかと思い、「だってあの子の臭そうじゃん。」と言おうとしたが、止めておいた。32にもなるとたかが何回かHをしただけの自分がサイコにとって一体どういう存在なのか全くもって自信を持つことができない。サイコを抱きしめて「大丈夫だよ。いってらっしゃい。」と満面の笑みで言って頭を軽くなでてみたその行為が全くの見当違いであったら恥ずかしいと思い、恐ろしくなった。ただ、とりあえずサイコと何回かHをしたおかげでしばらくはここにいれるようになったことだけは確かなようであった。それにしてもサイコにとって自分はどういう存在なのだろうか。私は「決してうぬぼれてはいけない、決して期待してはいけない」と心に言い聞かせた。自分が傷つく前に自分が出てゆけばいいと思った。それにしても本当にいいのだろうか。何か大きな間違いを犯しているのではないだろうか。心の底にモヤモヤが溜まっていくようでとても不安になった。
 「やれそうでやれないのがキャバクラ嬢。やれなさそうでやれるのが、女子大生。」
 誰かが言っていたのを思い出した。私はいつもやれなさそうでやれる女子大生。お店の商品であるウェイトレスに手を出したり出されたり、いつも痛い目を見ていた。
それはまるで半分は化かしあいを楽しんでいるゲームのような恋愛ばかりであった。ファミレスチェーン一女癖が悪いとまで陰口をたたかれた私は、結局誰からも愛されなかったのかなあ?と今日のサイコを見て思っていた。やれそうでやれないというキャバクラ嬢の方が、ファミレスで自給750円で働くウェイトレスよりずっとずっと純粋なのかなあと思った。しかし、それこそが、キャバクラ嬢の罠かもしれない、  危ない危ない  とも思った。だからといって、特別な恨みでもない限り、今の私を騙して得なことなんて何もないのは確かだった。
無職だし、貯金も慰謝料に消えるだろう。
私を騙しても仕方がないけれど、騙されていない方が恐ろしいとも思えた。
10年前 22歳の私はアルバイトという狭い世界の中では高校生のサイコから見て、輝いて見えていたのかもしれない。その後何回かサイコの相談に乗った私は、サイコから見たら頼れる東京のアニキだったのかもしれない。
私は今 ただのクズなのに
ただのクズだ

ただのクズだ

 サイコにとって私が必要なはずは無い。私は出て行きたい時に出て行けばいいのだ。
私は路頭に迷うために旅をしているのだから。傷つく前に出ていけば良い。
 
 私はサイコを駅まで送った後、すぐにサイコの家に戻ろうかとも思ったが、エリのいる部屋に戻るのもなんだか気まずく、うろうろと少し迷った。心が迷いながら、体はあまりにも暇で、てくてくと本当に蒸し暑い夜の東京を、一番蒸し暑い新宿に向かって歩いた。新宿に行ったところで、何があるわけでもない。サイコの店も知らないし、知っていたところでどうしようもない。ただ暇なだけだ。
不思議な気分だった。嬉しいような、苦しいような、虚しいような、悲しいような。ただ、このまま時が過ぎても、永遠に私とサイコに幸せは訪れないことだけははっきりと分かっていた。だからといってどうすることもできないような不思議な感覚と、
明日家を出て行こう、それでいいや、私はサイコを愛していない、サイコも私を愛していない、といった妙な割り切った感覚が私の中で渦巻いていた。
私は暇をもてあまして個室ビデオに入った。酒も飲めないので、風俗に行こうかとも思ったが、お金がもったいない気がした。サイコのことはあまり気にならなかった。個室ビデオでは気に入った痴女もののビデオを4本籠に入れて、個室に入った。
美緒とは新婚の半年で3回しかSEXしなかったのに、サイコとは1日で7回して、さっきもしたばっかりなのに、どうして個室ビデオでオナニーするのだろう。自分でも不思議だった。何か本能的にサイコを裏切りたかった。何の意味も無く4時間もアダルトビデオを見た。夜の12時を過ぎた。サイコはそろそろあがるのだろうか。昨日は2時半頃には帰って来ていたからもう少しかな。  サイコ   サイコ   サイコがなんだか気になって、サイコの携帯をワンコール鳴らして切った。きっとこれでサイコがあがったら電話をくれるはずだと思った。あまり鳴らしては仕事中で悪いと思い、ワン切りをしたのだが、なんだか気になってもう一度電話して5コール位ならして切った。
「まだ仕事中か。」「12時50分か。」「出ようか。」独り言を言って、個室ビデオを出た。しばらく歌舞伎町の中をうろうろしていた。サラリーマン時代は車通勤だったこともあり、歌舞伎町にはほとんど来たことがなかった。たまに来ると、客引きがうっとうしくて嫌で嫌でたまらなかった。今日はゼロではないけれどあまり声をかけられないと感じていた。「何か変わったのだろうか。」1時半を過ぎた。サイコからの着信は無かった。私は少しイライラしてまたサイコの携帯を鳴らしてしまった。これは流石に迷惑だな。止めておけば良かった。最悪だ。そんな自問自答の中、なぜかサイコの携帯を鳴らしてしまう自分がいた。さらに今度はサイコが家に携帯を忘れて来たのかもしれないという想像が頭の中に広がった。そしてさらに1時間が過ぎると、サイコはもう帰っていて自分がいないのを心配しているんじゃないかとも思った。そう思うとそれがどうしても正しく思えて仕方なかった。だから私は笹塚まで走って帰った。
しかし、アパートの階段を駆け上がり、ノブを回すとドアには鍵がかかっていた。337拍子でベルを鳴らしても、中からエリは出てこなかった。何回鳴らしても。「エリちゃーん。」と呼んでみても、中からは誰も出てこなかった。もしかしたらエリは中にいるのかもしれないが、私のために今、このドアが開かないことは間違いがなかった。何度試しても同じだった。そのうちもしかしたらサイコも中にいて、私は捨てられたんだと、そんな想像までが頭の中に広がった。ほんの24時間前、自分を上から見下ろしながら、私ってエッチだなあと冷静にサイコを舐めまわしていたはずなのに。ほんの9時間前、サイコの胸を揉みながら、サイコが自分に染まってゆく錯覚に陥っていたのに。私は冷静だったはずなのに。
キャバクラ嬢のサイコに、家に泊めてもらうために、ただ奉仕をしただけのつもりだったのに。
サイコの家をいつ出て行こうか、なんてつい5時間前まで考えていたはずなのに。  この混乱は一体全体なんなのか、私はどうしてしまったのか。冷静に考える余裕もなく、私は捨てられたと思い込んでいた。でも私の全財産、100ℓのリュックサックはサイコの家の中だ。あれだけは必要だ。必要だと思えば思うほど、エリにリュックを捨てられたのではないかとの疑念が強くなる。私はエリにとって邪魔に違いない。エリは部屋の中に居て、私のリュックを捨て、のうのうとクーラーにあたって眠っているのだ。
いつだったか、一人で山に登り、真っ暗になって疲れ果てた時、私は勝手に登山道の入り口にとめた自分のバイクが盗まれた想像をした。疲労と暗闇の恐怖がそのくだらない想像をどんどん大きくして、私はバイクが心配で意味も無く下りの登山道を走った。ヘッドランプの明かりを頼りに走ったが、転んで足をくじき、ただ疲れ果てた。当たり前だけれど結局バイクは無事にそこにあった。
その時の安堵感など今は忘れてしまっていた。
私はリュックを捨てられのではないかという焦りの中、雨樋をよじ登ってサイコの家のベランダに立ったが、窓の鍵はしっかりと閉まっていた。私は目を凝らして真っ黒な部屋の中を見た。中には100リットルのリュックサックが置いてあり、サイコもエリもいなかった。そして私はサイコの家のベランダで不審者と化していた。
私はただの不審者
  それ以外の何者でもない   馬鹿だ。
携帯がポケットの中で鳴った。
「もしもし、サイコだけど。電話した?なんかあった?」
私は突然正気に返り
「ごめんね 部屋 エリちゃんいなくて 入れなくてさ。」
「あーエリ今日は仕事だよ。」
「えっ仕事してたの?」
「たまにね。ギャル系のお店にたまにいるよ。」

30分後  サイコの部屋  明るい光の中。

「なんで お留守番してないの?」「どこ行ってたの?」
「うろうろ。」
「家に居てって言ったじゃん。」
「言ってないよ。今日もいるとは言ったけど。」
「エリと仲良くしてあげてよ。あの娘はあの娘で可哀想なんだから。」
サイコはマルボロメンソールを吸いながら、そう言って大きなため息のように煙を吐いた。私はすっかり落ち着いていて、余裕の塊になっていた。サイコが帰って来て、サイコが目の前にいて、目の前のサイコの仕草、態度の全てが私を安心させた。
「汗かいたからシャワー浴びてくるね。」
昨日は「シャワー貸して下さい。」と言っていたことなど、もう忘れていた。
   本当に勝手だ
勝手な私がシャワーを浴びていると、サイコが胸を軽く隠しながらシャワールームに入って来た。サイコは肉厚な唇で私の唇を塞ぎ、右の逆手で僕自身をしごいた。今日はもう何回も射精したのにもかかわらず、気がつくと私はサイコを突いていた。それでもやはりなかなかいけなくて、サイコに挿入したまま、サイコ抱え上げて風呂場を出た。
激しく息を切らせ、ビショビショのままベッドに倒れて重なった。
 サイコは物凄く強く、私の背中を抱きしめた。

  勝手な私  私はサイコの態度に安心して  また駄目になった。

次の日、私はサイコが仕事に行くと何人か友達の女の子に電話して、会う約束をしたり、今度泊めてよと言ったりしていた。昨日まではヒモを気取って ご飯も作ったし、洗濯もしたけれど、いつのまにかそれはサイコがやってくれるようになり、私は本当に何もしなくなった。ただ、本当にサイコを愛して捨てられた時のダメージを考えたら恐ろしすぎて、サイコがキャバクラにいる間は女友達に電話やメールをして自分の罪悪感を増やすしかなかった。

4日後
さよなら サイコ
と言ってみた。
「エリにも出ってもらったのに。」「なんで?」
「エリだって大事な友達だったのに、裏切ったのに。」「なんで。」
「もうやだ。」
歌舞伎町で弱くなったサイコは泣き叫んだ。
「サイコ 結婚してくれるの?」
私はわざとそんなことを聞いてみた。
「なんで?」「なんで?」
とサイコは泣いた。
一瞬だけ自分のほうが別れを切り出すのが早かったから、それで私は無傷なのだ。
これが逆だったら今私はここで泣き叫んでいるんだろうなあと思った。
10年来の友情ごと無くなるのが嫌で、自分も泣いてみたが、少しすると涙が乾いて妙に覚めてきてしまった。
ここまでしたのに、サイコに嫌われたくはなくて、私は色々な言い訳していた。
サイコは泣いていた。
そして何故だかSEXをした。
サイコの家にきて丁度1週間が経っていた。
私は天井を見て、そして眠ってしまった。
サイコも眠ってしまった。
 SEXするとなぜだか 丸くおさまる そしてなぜだか もっと混乱する
 次の日サイコは仕事を休んで私を監禁することもなく、普通に仕事に行った。
私はサイコと一緒に玄関を出た。

「バイバイ。」
と私が言うと サイコの大きな目からぼろぼろっと涙がこぼれた。なんだか、その最後の涙がすごくショックだった。本当の涙に思えた。悪いことをした気が初めてした。そして思わず。
「ちょっと旅行にいくだけ。また戻ってくるから。」と言った。
「本当?」
「本当です。旅行中だもん。」
僕は背中の大きすぎる100リットルのリュックサックをゆすった。
「いつ?」
「すぐ。」「でもどうせ今度帰ってきたらもう違う男がいるんでしょ。」
「ばーか。」
耳がキーンと鳴って、何が起きたのか分からなかったが、渾身の平手打ちが入ったようだった。
なぜか私は泣いた。
「ごめんね。」
泣きじゃくりながら
私はサイコを抱きしめ、サイコは私を突き放した。  
 サヨナラ  
背中を向けた私に覚めた感覚は無くて、何故か本当に泣いていた。本当は連絡を取っていた女友達の所に行こうと思っていた。なのにあまりにも涙が出て、私は物凄く泣きながら歩いた。夕日が今沈もうとしている所には、私とサイコが出会った富士山の麓の町がある。
西に沈む夕日を見ながら、私は富士山の方に歩き始めた。サイコは私の背中をしばらく見ていたが、やがて意を決したように私に背を向けて歩き始めた。サイコの歩いてゆく先には巨大な不夜城 新宿歌舞伎町が真っ赤に燃えていた。
新宿の明るすぎる夜はいつもと変わらずにサイコを迎え入れた。
私の背中の方には、うっすらと半月が登っていた。明るすぎる歌舞伎町からでは見えないのだろうが、月の色は少し赤かった。
夕日が正面の富士山に完全に沈んだ後、赤みを帯びた半月は、空の上まで来て私を見ていた。

 だめな   私を

つづく

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