歩いていくことにした 2
T山荘 1995年
私は真っ暗な食堂で頭にヘッドライトをつけて手紙を書いていた。
私の正面には滝ちゃんという同い年の女性が同じくライトの明かりを頼りに手紙を書いていたが、何か上の空でペンを走らせているようであった。
滝ちゃんは私が手紙を書き終えるのを待っていた。
私もそれを感じ取っていた。
真っ暗な食堂で、ヘッドライトの薄明りの中で滝ちゃんはボールペンを鼻と上唇の間に挟んだりしながら挑発的な目で私を見ていた。
私は山梨に住む恋人の愛
に手紙を書きながら、滝ちゃんの視線に興奮していた。
私は、T山荘にはその年に来た新参ものであったが、小屋明けから来ていることもあって 古株 のような顔をして勝手なことばかりしていた。山小屋の建物は狭く、余分なスペースが少ないので従業員部屋は男女別に1部屋づつの相部屋で、短期アルバイトも多い最盛期になると一人のスペースは畳1畳ほどしかなかった。ただ、従業員はまだ良いほうで、最盛期の登山客は畳1畳に3人で眠っていることもしばしばであった。私はそんなすし詰めの環境が嫌で、一人勝手に屋根裏に自分用のスペースを作ってそこに一人で眠っていた。そういうと自分だけよい所に眠っているようであるが、屋根裏は天井の高さも60センチくらいで埃っぽく、夜は鼠が走り回り、もちろん畳もひいていないので、決して良い環境ではなかった。フト起きたときに頭を天井の鉄骨にぶつけることも多かったが、それなりに綺麗に部屋を作って自分なりに満足して眠っていた。
その日も、私だけ皆と寝室が違うので、本来滝ちゃんと私は違う廊下を通って自分の部屋にもどるはずであった。私は「じゃあね 滝ちゃんおやすみ」と言ってストーブの火を消した。
ガチャン
と大きい音がして、食堂は完全な闇に包まれた。周りはあまりにも静かで、ずっと離れた客室から スースーという登山客の寝息が聞こえてきそうであった。
完全な闇の中で、滝ちゃんの目が少し光った気がした。私は何故か懐中電灯をつけなかった。きっと私は滝ちゃんに犯されたかったのだと思う。毎日欠かさずに愛に手紙を書き、愛してる 愛してると繰り返したのに、隔離された環境の中で欲求不満に陥ったのか、それとも男の悲しい性なのか、愛していない滝ちゃんに犯されたかったのだと思う。とはいえ、その時はそんな事を考える余裕はなかった。発情した滝ちゃんの放つ色香にただ金縛りにあっていただけであった。
滝ちゃんが、なでるように私の二の腕を触った。
私は硬直して、小さい声で「寝よ」と言った。私のまだ少しだけ残っていた理性は、自分のおでこに付いている懐中電灯の明かりをつけさせ、何故だか意味不明に滝ちゃんと握手をしてイスから私を立ち上がらせた。私は自分の屋根裏部屋へ、足音で皆を起こさないようにゆっくりと進んで行った。滝ちゃんは反対側の女子従業員部屋に歩いて行くはずだったのに、なぜだか私の後をゆっくりと歩いてついてきた。
ギシギシ ギシギシ と何故か自分の後ろの床板が鳴る
暗闇の中 私はもう逃げられない
恋人である愛のことを思っていた。 嫌なはずなのに 私自身はかつてないほどギンギンに硬直して、もう破裂しそうであった。
ギシギシ ギシギシ
私は異常に興奮しながら、それでも後ろを振り返らずに歩き、はしごを登り、屋根裏部屋に入って布団を被った。はしごの下で滝ちゃんの足音が止まった。
滝ちゃん自身、何かを躊躇していたのだろうか?もしこの時滝ちゃんがはしごを登らずに部屋に引き換えしたなら、きっと私は後悔したのだと思う。私は震えながら布団を被って 滝ちゃんを待った
滝ちゃんは静かにはしごを登り、気がつくともう私の目の前にいた。
滝ちゃんは私のおでこに軽く唇をあて、鼻と鼻を軽く合わせた。
少し甘い声を出しながら鼻と鼻を合わせても、私が拒否も何もせずじっとしていることに安心したのか、今度は本当に強く唇を重ねてきた。ずいぶん長い間、滝ちゃんは私の唇を吸い、私の口の隅から隅までを情熱的に舐めまわした。私はただ ハアハアと息も絶え絶えに感じる事しか出来なかった。初めて知る受身の快楽に沈んでゆくのが分かった。何ヶ月かぶりの女性の体、吐息、唇に、規則的な生活でどうしようもないくらい健康になっていた25歳の肉体は世界中のどんなものよりもカタク アツク バクハツしそうであった。
滝ちゃんは一度顔を上げると、私のジャージを下ろし、カタクてアツイものを頬張り、舐めまわし、しごきあげた。滝ちゃんは感じるだけで動かない私の手をとり、自らの茂みの中に導いた。私の中指は滝ちゃんの中をゆっくり ゆっくりとかき回し、私は中指の腹で滝ちゃんの少しザラザラとした膣の上部を何度も何度も刺激した。滝ちゃんの体からは大量の水が溢れ出し、タラタラと私の腕から肘を伝って布団の上に落ちた。私の中指は少し嬉しくなって、もっと激しく滝ちゃんの中で動くと、滝ちゃんの中の水は タラタラではなくボタボタと私のただでさえかび臭い布団を湿らせた。滝ちゃんはしばらく快感に悶えていたが、突然狂ったように再び私をしごき始めた。私の中指も、滝ちゃんの水を絞り出すことを止めずに動きつづけた。
頭の中が真っ白になって
ただ イク という滝ちゃんの声が聞こえて
私の精液は顔まで届くくらい激しく噴出した。
滝ちゃんの中の水も 私の精液もしばらくは止まらずに溢れ続けた。
滝ちゃんは 私の上にどっさりとのしかかってきたけれども、私は滝ちゃんを抱きしめなかった。快楽がサーっと引いて行って、とにかく自分の精液を拭きたくて仕方がなかった。私は暗闇の中からティッシュを探し、何枚か抜き取って、無造作に滝ちゃんに渡した。滝ちゃんは戸惑ったような声で「ありがとう」といってそそくさと股間を拭いていた。そんな時間が過ぎて、滝ちゃんはいつの間にかはしごを降りて自分の部屋に帰って行った。
それから何回も私と滝ちゃんは同じことをした。
私は滝ちゃんを愛することはなく、毎晩恋人の愛に手紙を書いていたが、手紙を書き終わると滝ちゃんのものになっていた。
滝ちゃんは私の性感のスイッチが耳たぶであることを突き止め、私がつれない態度をとるとニヤッと笑って耳を舐めた。私は耳を舐められると動けなくなった。
いつしか私は毎晩滝ちゃんが私の寝床に来ることを待つようになっていた。
耳を舐められ、チクビを舐められ、カチカチになった自分自身を舐められて声も出せない屋根裏部屋で悶絶することに中毒になっていた。私の性感は完全に滝ちゃんに支配されていたし、私自身支配されていることが心地よかった。
しかし、意外なことに私は滝ちゃんのことを好きにならなかった。
愛が好きだったのだ。
これは私自身も意外であった。どんなに感じさせられても私は愛のことが好きだったし、滝ちゃんのことは別に好きではなかった。滝ちゃんは私のことが好きな訳ではなく、欲求不満なんだろうと思うようにしていた。
また、もう一つ意外だったのは愛にたいする罪悪感も無かったことだ。
「挿入してないから浮気ではない」
と自分に言い聞かせることで自らを正当化していたのだと思う。
1か月ほどそんな日々が続き、梅雨が明け、世の中は夏休みに入った。
山荘には毎日大勢の登山客が訪れてご来光や夕焼けに歓声をあげ、次の山へと向かって行った。
8月16日
多くの登山客と一緒に愛がT山荘を訪れた。
愛と私は小屋の前で抱き合った。
その日から2日間。愛は私の屋根裏部屋に泊まった。
私は愛に抱かれ、低い天井の屋根裏部屋で愛に挿入した。
幸せなSEXをした。シャワーも無い、お風呂も無い山荘の屋根裏部屋で何度も私と愛はSEXをした。
2日後 愛が下山する際に私が玄関で愛をハグしていると、そこに滝ちゃんがやってきた。
滝ちゃんも愛にハグをして「愛ちゃんまた来てね」と笑って言った。
その直後に私に向かって「ねえ 私の靴下知らない?」と聞いた。
私は はあ?という物凄く、驚くほどそっけない態度で、全く動揺もせずに
「知らない」と冷たく言った。愛は全く無反応だった。
滝ちゃんは何も言わずに館内に戻っていった。
夕方 泣いている滝ちゃんを見たが、やはり私は何とも思わなかった。
それから滝ちゃんはあまり屋根裏部屋に来なくなったが、私はそれについても寂しいと思わなかった。それでもたまに滝ちゃんが夜中に屋根裏部屋に侵入して私の耳を舐めると、私の下半身は歓喜の涎を垂らして滝ちゃんに握られるのを待った。
それでも私は滝ちゃんに何の感情も持つことは無かった。
2005年 T山荘
あれから10年
そんなことを思い出しながら、私はT山荘に上った。
昨日 頬を殴られたサイコのことももう忘れていた。
私は知っていたのだ。滝ちゃんが昨年からまたT山荘で働いていることを。
登山口から3時間半 かつては1時間半で駆け上がっていた登山道がやたらと長く感じた。
稜線の先に見えるT山荘が全然近くならずに「こんなに遠かった?」と独り言を言いながら登山道をT山荘に向かって歩いた。私の荷物の全てが入った大きなリュックサックが重たかった。
絶景の稜線に建つT山荘。
テラスは広く、たくさんの登山客が北アルプスの絶景を楽しんでいる。
山荘の重い引き戸を開けて中に入ると、受付に滝ちゃんがいた。
10年ぶりに見る滝ちゃんは全く変わっていなかったといえば言い過ぎだが、ほとんど変わっていなかった。
「こんにちは」
「久しぶり」「かわってないねー!」「元気?」などとありきたりの挨拶をして
「今日は小屋泊じゃなくてテントで」
と滝ちゃんに伝えた。
「なにーテントなの?まあ混んでるもんね。その方がよいかもね」
「テン場代500円です」と滝ちゃんは笑顔で言った。
「うん はい 500円」と私は滝ちゃんの手に500円を渡した。
「ルールやトイレは覚えてるよね?説明しなくても大丈夫だよね?」
といった普通の会話を交わしながら、私は勝手に、本当に勝手に、滝ちゃんまだ私のこと好きかなあ?とそんなことを考えていた。
私は夜中に滝ちゃんが私のテントに来てくれると思っていた。
小屋は混んでいるから滝ちゃんが来やすいようにテントにしたつもりだった。
長い夜だった。
私はテントを設営し、食事を作り、夕食を食べたがどこか上の空だった。
また滝ちゃんが夜中にテントに入って来て、私の耳を舐めまわしてくれることを期待していた。
寝袋に入ってからも、周りの足音に耳を澄ませ、ちょくちょくテントを出ては小屋のトイレに向かった。
長い長い夜だったがいつのまにか私は眠っていた。
滝ちゃんは来なかったが、夜が明けるとそれに対しては何の感情も湧かなかった。
残念とも、悲しいとも、悔しいとも、失敗したとも思わなかった。
山小屋にはチェックアウトは無い。各自が好きな時間にテントや小屋を出て、次の山に向かう。私はテントを畳むと小屋の前を覗きながら歩いた。
滝ちゃんが若いアルバイトの男性と談笑しているのが見えた。
凄く楽しそうな笑顔だった。
私は小屋の外から手を振って下山した。
滝ちゃんには手を振る私は見えていなかった。
私の存在すら見えていなかったのかもしれない。
私は滝ちゃんが好きな訳ではなかったが、どこかでずっと気になっていた。
まだ私のことが好きで、私とエッチしたいのではないかと、よくある男の勘違いをしていた。
今回、それが勘違いであることがわかり、自分自身はなんだか気が晴れたようだった。
やっぱり私は滝ちゃんのことが好きではなかった。
それだけは間違いなかった。
翌日
私はとてつもない体験をする
つづく
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