毎日連載する小説「青のかなた」 第59回
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「怖かったら断っていいと思うよ。トミオさんも、『光がもし行きたいようなら』と、言っていたから」
「あ……ううん。行くよ。いつかは行かなくちゃいけないって思ってたから」
光がそう答えると、レイはトミオの家の電話番号をメモに書いて渡してくれた。
なんとなくおごそかな気持ちで、光はメモを受け取った。行きたいとか行きたくないではなく、行かなければならない……ペリリュー島は、そういう土地だ。日本で育った光にとっては。
「光、風花はペリリューのこと、詳しいよ」
思南が言うと、風花がこちらを見て微笑んだ。
「まあね。仕事で観光客の人と話すことも多いから、パラオの歴史は調べたんだ」
「そうなんだ……」
ペリリュー島の景色を絵のモチーフにする可能性もあるし、よく知っておきたい。光はどうしようか悩んでから、思い切って言った。
「じゃあ……あとで聞かせてもらってもいい?」
風花と話すのはまだ緊張するけれど、今、みんなで潤餅を食べたこの雰囲気のあとなら、なんとか頑張れる気がする。風花は「OK。あとで部屋に行くね」と快く引き受けてくれた。
夕食の時間からなだれ込むように、思南と風花が晩酌を始めた。これもいつものことだ。光はアパートの前までレイを見送ったあと、バスルームでシャワーを浴びた。
パラオに来てから毎日のように強い紫外線を浴びているから、どうしても肌が乾燥してしまう。部屋に戻ってのんびりスキンケアをしていると、電話が来た。明人からだ。通話ボタンを押すと画面に明人の顔が映った。
「ぶはっ。光、なんだその顔」
彼に笑われてはじめて、顔に保湿マスクをしていることを思い出した。恥ずかしくなって慌てて外す。
「シャワー浴びたとこなの。どうかした?」
「ちゃんと食べてるかと思ってさ」
「さっき、ルンビン三つ食べた」
「ルンビン?」
光は潤餅について話した。台湾のお盆のような日に家族で食べる料理であること。思南が生地や具材を用意してくれて、それをみんなで巻いて食べたこと。
「いい暮らしを送ってるなあ」
感心したように、明人は言った。
「そう?」
「そうだよ。家にこもりきりだった光がさ、台湾の人と一緒に暮らして、その人の作る料理を食べて……。パラオに住んでみなければ、そんな経験できなかっただろ」
「確かに、そうかも……」
「大事に過ごせよ。三ヶ月なんてあっという間なんだから」
「うん……」
「女の子もいるって言ってたけど、その人は? 日本人?」
「日本人だよ」
「日本のどこから来た人?」
「……。沖縄」
「ふうん」
「なに、『ふうん』って」
「光のことだから、どうせ『なるべく距離を置きたい』とか思ってんだろ」