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「駅前ベンチの秘密」ショートショート

朝の通勤ラッシュの中、駅前に並ぶベンチにはいつも同じ年配の男性が座っている。彼はひとり静かに空を見上げたり、足元に舞い降りたハトに微笑みかけたりしている。誰もが急ぎ足で通り過ぎていく中、彼だけは時間の流れが違うように見えた。

ある日、駅前の花屋でアルバイトをする高校生の美咲は、思い切ってその男性に声をかけた。「いつもここで、何を見てるんですか?」

男性は少し驚いたようだったが、にこりと微笑んだ。「ここから見える景色がね、好きなんだよ。毎日違って見えるんだ。」

その答えに興味を抱いた美咲は、男性と少しの間おしゃべりをした。彼は昔、鉄道会社に勤めていて、退職後もこの駅が大好きで通い続けているという。なんと彼は、美咲が知らない昔の駅舎や列車の話を詳しく語りだした。

それ以来、美咲は時々そのベンチに立ち寄り、男性と話をするようになった。季節が変わるごとに、駅前の風景もまた違って見えると言う。ある日、桜の花びらが舞う中、美咲は「ベンチから見えるこの景色、いつも素敵だと思います」と伝えると、男性は優しく頷いた。

「そうだね、ここから見える景色は、人生と同じだよ。毎日違って、毎日が美しい。」

その後、美咲は駅前のベンチでのひとときが大好きになった。彼女もまた、その場所にいつまでも変わらない思い出を刻むようになったのだった。


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