「消えたコイン」ショートショート
駅前の小さなカフェで、一人の男性がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。彼の名は田中。普段は穏やかで控えめな性格だが、今日は何か不安げな様子を見せている。
「すみません、これ落としませんでしたか?」
若いウェイトレスが声をかけてきた。彼女の手には一枚の古びた銀色のコインが握られていた。田中は驚いた表情でそのコインを見つめた。
「これは…僕のじゃないです。でも…どうしてこれがここに?」
そのコインは、田中がかつて大切な友人と旅をしたとき、最後に見たもので、彼の友人はそれをポケットに入れて消えた。友人の失踪は謎のままで、コインも一緒に消えたと思っていた。
「そうですか、では他のお客様のものかもしれませんね」
ウェイトレスはそう言って去ろうとしたが、田中は思わず彼女の手を掴んだ。
「待ってください。そのコイン…少し見せてもらってもいいですか?」
ウェイトレスは怪訝そうにしながらも、コインを田中に手渡した。田中はそれをじっくりと眺め、裏面に小さな傷があることを確認した。それは、まさに彼が探していた友人のコインだった。
「どこでこれを見つけたんですか?」田中は緊張を隠せずに聞いた。
「え?さっき、このテーブルの下に落ちていたんですけど…」
田中の背筋に冷たいものが走った。
「…ここに来た人の中で、そのコインを持っていた人はいませんでしたか?」
ウェイトレスは首をかしげた。「いいえ、特に変わったお客様は見かけませんでしたが…でも、少し前にあの隅の席に座っていたお客様が、何かを探している様子でした。」
田中はウェイトレスが指差す席に目をやった。その瞬間、田中の目に映ったものは、自分がよく知っているはずの顔。消えたはずの友人が、微笑みながら席に座っていたのだ。
「そんな…」
目をこすって再度見ると、そこには誰もいなかった。手の中に握られたコインだけが、冷たく重く、彼の手の中に残っていた。