「12時12分の幽霊」ショートショート
奈央は友人たちとの旅行が急にキャンセルになり、思い切って一人で旅に出かけることにした。行き先も決めずに降り立った街で、彼女は「ホテル・ミネルヴァ」と書かれた古びたレンガ造りの建物を見つける。どこか寂れた雰囲気と歴史を感じさせる佇まいが心を惹き、奈央はそのホテルに泊まることにした。
チェックインの際、受付の女性が一言、「201号室には気をつけてくださいね…」と、意味深な言葉を残した。奈央は不思議に思ったが、冗談か演出だろうと受け流し、割り当てられた部屋へ向かった。
夜が更け、時計が12時を回ったころ、奈央は「カサ…カサ…」という物音で目を覚ました。部屋のどこからか音が聞こえる。息をのみ、音のする方に目を凝らすが、何も見えない。しかしその瞬間、部屋の隅に置かれた古いラジオが「ブツ…ブツ…」とノイズ混じりの音を立てて動き出した。驚きながらも耳を澄ますと、かすれた声が聞こえてきた。
「ここから出して…」
その声は、「奈央…奈央…」と、彼女の名前を呼び始めたのだ。心拍が速くなる奈央。しかし、次第に奇妙な胸騒ぎが彼女の中で膨らみ始める。
翌朝、奈央はフロントにいたオーナーに昨夜の出来事を話すが、オーナーは顔を曇らせ、「201号室には近づかない方がいい」と答えたきりだった。興味が抑えられなくなった奈央は、地元の図書館で「ホテル・ミネルヴァ」と201号室について調べ始める。すると、30年前に「奈央」という同じ名前の少女がホテルに宿泊中に失踪した未解決事件があったことが判明する。さらに驚くべきことに、事件の最後の目撃場所が201号室であることも分かった。
奈央はその夜、再び201号室に入る決意をした。深夜12時12分、ラジオは再び動き出し、ノイズの合間に「奈央…ここだよ…ここにいる…」と、彼女の名前を呼ぶ声が響く。導かれるように部屋を探ると、ベッドの下から古い日記帳を見つける。
日記には、失踪した少女「奈央」の切々とした言葉が綴られていた。「私は悪いことをしたみたい…オーナーに叱られて、部屋に閉じ込められた。でも、ごめんなさいって謝っても誰も来ない。どうか助けて」と震える文字が並ぶ。日記の中の少女は、何か誤解からオーナーに閉じ込められ、外に出られなくなったまま息絶えてしまったのだ。奈央は、少女が成仏できずにこの部屋に縛られているのだと気づく。
さらに図書館での調査を進めると、少女が生前大切にしていた「青いリボン」がまだどこかに残っている可能性があるとわかる。彼女が家族と共に写る写真には、髪に結ばれたその青いリボンが映っていたのだ。奈央はそのリボンが少女の魂の鍵になるのではないかと考え、オーナーに再度話を聞きに行くと、「倉庫に昔の宿泊者の荷物が少し残っている」と教えられ、倉庫に入る許可を得た。
埃まみれの箱の中から、奈央はついに青いリボンを見つけ出した。リボンを手に取り、彼女は再び201号室に向かう。そして深夜12時12分、リボンを握りしめながら、「あなたはもう自由になっていい。ここから出られるよ」と語りかけると、静かな部屋の空気が一段と冷たくなる。リボンがふわりと揺れ、奈央は少女の気配が徐々に薄れていくのを感じた。
部屋を出るとき、彼女の背後からわずかに「ありがとう」という声が聞こえた。それは、長い間閉じ込められていた少女の魂が、ついに解放された瞬間だったのだ。
こぐまさんの冬支度のお話を作りました!