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「やさしさのリレー」ショートショート

町外れにある小さなパン屋「トコトコベーカリー」。店主の佐藤さんは、おっとりとした中年の女性で、毎朝4時に起きてパンを焼き始める。店のパンはどれもおいしく、地元の人たちに愛されていた。

ある朝、佐藤さんがいつものようにパンを焼き始めようとすると、急にドアベルが鳴った。いつも開店前には客が来ないはずなのに、と不思議に思いながらドアを開けると、そこには小さな男の子が立っていた。見覚えのある顔だ。

「おはようございます!」
男の子はにこにこしながら、佐藤さんに手渡したのは、一輪の黄色い花。

「あら、ありがとう。どうしたの、こんな早くに?」
佐藤さんが尋ねると、男の子は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「この前、おばあちゃんがここでパンを買った時に、佐藤さんがくれたおまけのクッキー、すごくおいしかったんだ。だから、おばあちゃんが『お礼に花をあげよう』って言ってたんだよ。」

佐藤さんは思い出した。先週、何となく気分が良くて、クッキーをおまけにつけてあげたことを。まさかこんな素敵な形でお礼をされるとは思ってもいなかった。

「ありがとう、うれしいわ。でも、こんな朝早くにわざわざ来てくれて…。どうやってここまで来たの?」
男の子は鼻をこすりながら笑った。

「近くまでお父さんが送ってくれたんだよ。でも、僕が一人で花を渡したかったんだ。」

佐藤さんは、その勇気に心から感心した。

「せっかくだから、まだ焼きたてのパンがあるわよ。お家に持って帰って、おばあちゃんと一緒に食べてね。」
そう言って、佐藤さんは特製のクロワッサンを紙袋に詰め、男の子に渡した。

男の子は目を輝かせて、「ありがとう!」と大きな声でお礼を言い、トコトコと走っていった。

その日の昼過ぎ、佐藤さんが忙しく働いていると、またドアベルが鳴った。今度はおばあさんがやって来て、にっこりと笑いながら言った。

「さっき、孫がとても嬉しそうにパンを持って帰ってきましたよ。あの子、朝早くからワクワクしていてね…あなたのパンは、みんなを幸せにするんですね。」

佐藤さんは少し照れながらも、胸がじんわりと温かくなった。パンを焼いている毎日が、こんな風に人々の心に優しさを届けていることが、今まで以上に大切に思えた。

そしてその日から、佐藤さんはパンと一緒に、小さな優しさを少しずつリレーのように渡すことを楽しみにするようになった。



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