卵はレンチンすると爆発する

社会人(女) 飼い猫とアイスクリームとテレビをこよなく愛す

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社会人(女) 飼い猫とアイスクリームとテレビをこよなく愛す

最近の記事

消えた月もいつかは満ちる

心から愛していた人の話をする際わたしは何よりも綺麗な言葉で彼について綴りたい。 彼はわたしに取って何よりも綺麗でかけがえのないものだったから。 たとえ今誰か違う人と一緒になったとしても。 神様のいたずらはひどいものでわたしは彼と街中ですれ違うことがあった。 今日が2回目 笑っちゃうよね、酔っ払って女の子に腕掴まれて歩いてて なんか少し丸くなった? 顔がやつれてるように見えたのは酔ってるからだよね。 なんかにやけてたように見えたけど元気にしてるならそれでいいよ、それが

    • 人生って短いからさ

      ある程度距離が縮むと相手との本当の相性が見えてくることがある。 わたしは人よりずっと傷つきやすいし、変なところで取扱注意な人間なので「あーー…無理なのかも」と思ってしまうと距離を取る。 それは大体とても些細なことである 話してる時の違和感である 「なんか、自分の話しかしてないな」 「今選んでこの話は返答してないんだろうな」 「自分の見えないところで本当は違うこと言ってるんだろうな」 そして極め付けはお互いへのリスペクトがないと私は相手と関わることが無理になる。 都合

      • 価値観は合わせるもので押し付けるものではない

        最近一つ胸の傷を落ち着かせる気付きがあった。 こんな気づきを得たのはつい先日友達と人に映画を勧められたときの話をした際だった。 人に勧められた映画があまりに私に合わなくて私はしばらく具合が悪くなった。こんなに趣味が違うという事は人として合わないのかもしれないと相談したところ、 「人に映画を簡単に進める事は『グロい』行為だ。 その作品が相手に合う確率の方が少ないのに、相手の時間をとってまで強要するのは果たして正しいのか?それに送っている側は良いとしか思ってないから批判もで

        • 空綺麗だよ、今日

          人とのつながりで生かされている。 以前もっていた大事に思ってる子どもが「死にたい」と言っていたそうだ わたしならなんて声をかけるんだろう わたしなら 言葉にできるならいくらでも弱音を吐いていい。わたしが受け止める。わたしがそばにいる。ずっとあなたをみている。 そういうかな。 じゃあなぜ死んだらいけないの? 人それぞれ答えも正解も違うけどわたしの場合「友達」にあると思う。 わたしには綺麗な朝焼けや夕焼けを伝えたい友達がいる。 わたしの弱い心をそのまま受け止めてく

          好きなもの

          やさしいもの おもしろいもの 儚いもの つよいもの かっこいいもの まっすぐなもの うそがないもの 思っているよりわたしはやさしい世界で生きていたいみたい。 傷つくことも、うそがあるものも、ひどいものもわたしの世界には相応しくない。 みんな忙しさに殺されていて本来の楽しさややさしさを忘れかけてる世界を見てると不安になる。 余裕が生まれることでやさしさは出てくる。 深呼吸してどう生きたいのか、どうなりたいか。 やさしいそよ風を心にふかせられる、そんな一言が伝えられる

          それでもやさしくあること

          ここ最近感じるのだが、自分に余裕がある時とない時に心の中の器の大きさが変わるように感じる。 受け止められる量が変わってくる。 自分が弱っていると、被害者意識が強く少しのダメージで器から感情がこぼれ落ちる。そして視野が驚くほど狭くなりずっと"一人称自分"になる。自分視点しか考えられない。 苦しいんだよなぁこれがほんとに。 理解できていても聴ける曲も限られるし、ミセスなんて聞いちゃった日にはこんな明るく生きられないって自分を卑下する。 そんな時どうするかと言うと、自分にい

          それでもやさしくあること

          曇天だって超上見てヒール鳴らして歩いてこうや

          ある程度の周期でウジウジする虫がわたしを苦しめる。 か弱くて何もできなくて怯えてばっかりの自分が出てくる。 人からの見られ方とか、評価とか、あの人にどう思われてるか、いいと思ってもらえるかとか。そんなことばかり そんなの違くないか。 わたしの生きたい人生の歩み方はヒール鳴らしてランウェイ走り抜けるギャルマインドでしょ。 全員にいいと思われないなんて当たり前。 わたしだって嫌いなものたくさんあるし。 気に食わないものだってたくさんあるし。 他人ウケじゃなくて自分ウケで

          曇天だって超上見てヒール鳴らして歩いてこうや

          晴れ

          心が死んだと思ったら体調が悪かったことが判明し、無事数日の休みをもらった 気持ちをリセットするためには必要な数日だった。 いいこともたくさんあった。 ディズニーの映画をたくさん見て気持ちは最強ヒロインになったし 散歩をしていたらトンビを見つけた、私の家の近くにもトンビっているんだ ピザの箱みたいなのを片手で持ってる人をよく見たら人生ゲームだったし、 何よりもう泣けてこない どしゃぶりだった心が快晴に近づいた。 また復帰したら色々なことが押し寄せてくるだろう。

          あぁ、もう、つかれた。

          37℃の微熱がかれこれ3日続いている。 ここ最近、物忘れも激しくて数分前に言われた話も少しちがう話題に変わるともう忘れている。 そんなバカなことって思う間違いをいくつもしている。 私は人より声が低かったり、落ち着いて見えるせいか昔から「しっかりしてる」と言われてきた。 今の職場でもそうだ。 わたしのことをあまり知らない人はわたしを真面目でしっかりしてると思ってくれてる。 そんなこと、全然ないのに。 だけど期待をしてくれてることを裏切りたくなくて、「レンチンみたいな

          あぁ、もう、つかれた。

          おぢB

          ここ最近寝つきが悪い。 2万近くした枕も合わないし、マットレスも合わず最悪のコンディションの中睡眠を続けていたら肩が死んだため、半年ぶりのマッサージに行こうと思い立った。 深夜3時に思い立ったため、最寄りの整体の中で一番値段が安いところを予約してまた気絶した。 翌日6日連続の勤務最終日を迎えほぼ死にかけてる状態でマップを見ながら予約した店へ向かった。 見慣れた31の向かいにあるとマップは行っていたが到着の文字を見た時戦慄した。 これって、、、、、、、、よくあるいわゆる

          寒くなる前だけど、春の雪解けは目の前で

          最近やっと引きずっていた心の痛みが解けてきたのがわかる。 突然襲われる頭が真っ白になることも、思い出して体が固まることも心が急に痛くなることも減ってきた。 なにより、やっぱり私は最高だと、自分で思えるようになった。 もともと自分のことなんて大嫌いで肯定できていた最後の砦を壊されたことにより、価値なんて少しもないと思うことしかできずにいたが、周りの人のおかげもあって少しずつ、少しずつだが、痛みがとれてきた。 年末は季節外れの気温らしい。 なんだか金木犀の香りがどこから

          寒くなる前だけど、春の雪解けは目の前で

          知性とは

          知性とはなんだろう。 子どもが宿題で書いてきた言葉に印象的なものがあった。 「弱い者ほど相手を許すことができない。 許すということは、強さの証だ。」 ガンジーの言葉である。 許すことは強さだ。本能ではない理性で判断ができているということだ。 理性を保つためには知性が必要になってくる。 知性とはなんだろう。 わたしは留まることだとおもう。 何を言って、何を言わないかの判断をすること。 自分ではない相手の立場や考えを汲み取ること。 そう思っている。 話は変わるがわ

          ポップに生きようぜ

          大好きな友達がいる。 心から愛してると断言できる友達がいる。 わたしは常に会話はテンポでありいかにおもろくくだらないかが重要だと考えてる。 ちゃんと社会人やってんだからプライベートくらい低レベルでくだらなくいさせてくれや。 そんな脊髄で会話してる仲間の話をしよう。 名前はそうだな、わたしはあの人を儚さの象徴として見てるから泡沫くんとでもいおうか。 泡沫くんは大学の頃に出会った友達だ。 巡り合わせなのかわからないが彼のことがずっと気になっていたのに、近いようで近くな

          逆上と難航と無感情

          はじまりはnoteだった。 わたしの表現するものを評価してくれた。それがとても、とても嬉しかった。 自分の書く文章をみて自分という存在を認めてくれたと思った。 だからわたしもあの人といたいと思った。 失恋というものは自分の中のアイデンティティの一部がちぎれていなくなることで胸が痛むらしい。 このnoteもきっともう相手に届くことはないだろうから、精一杯の未練と後悔と今の本音を書こうと思う。 はじめて会った時、綺麗な人だと思った。 心をどこかに置いてきたような眼をし

          だいちゃん

          先週人生何度目か数えきれなくなったどん底に落ちた際、たった一夜で親友になれる相手を見つけた。 名前は大ちゃん 一回りほど年齢が離れていたがそんなことは本当にどうでも良い。 大ちゃんと話していて、いろんなことがわかった。 わたしは一緒にいる人のタイプで性格が変わること。 いわゆる好きな人に合わせて自分の感覚も変えていくことができる。という長所を見つけた。一方で自分と違う系統の人といると自分がなくなっていくこともわかった。 こんな感じでいいのか? これしたら嫌われるかな

          表現者になりたかった

          数年前にバイト先の女の子に言われた 「レンチンさんは、表現者でしょ」 という言葉が胸に刺さって、あの頃よりずっと大きな棘になっているのがわかる。 わたしはこんな生き方をしたかったわけではない。心が踊るように生きていきたかった。 小さい頃水に入るのがとにかく好きだった。 水の中に入ると生きている感覚があって、ずっとここにいたい、その感覚が心から嬉しかった。 そんなふうに自分がこれをしていれば生きていると思えることが今のわたしにはない。 その傲慢な欲望に折り合いをつけ