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38年前に書かれた「クイーンズ・ギャンビット」が今でも心を打つ不朽の名作だった

「クイーンズ・ギャンビット」があまりに素晴らしかったので、そのことについて書きたい。(ネタバレあり)

いや、ただこの本を読んだだけでは、面白かったー、だけで終わっていたかもしれない。本を読み、その途中からNetflixでのドラマも観、さらに、先日、この本を題材とした読書会に参加したことで、色々なピースが繋がって、自分の感動がちゃんと言語化され、こんなにも素晴らしい小説だったんだ、ということをより実感するに至った。

しかも、これが38年も前に書かれたことに驚く。著者のウォルター・テヴィス氏は、映画で有名な「ハスラー」などの有名な作品も出しているが、この「クイーンズ・ギャンビット」を出版した翌年、84年に癌で56歳という若さで亡くなっている。

それがNetflixでドラマ化され、そのドラマが世界中で大ヒット。Neflixで2020年に最も成功したドラマと言われている。

そしてこの記録的ヒットのおかげで、発売から37年ぶりに原作小説が注目を浴び、邦訳も今年6月に発売された

私はドラマより先に小説を読み始めたのだが、チェスはわからなくとも、主人公のべス・ハーモンの世界にすぐに引き込まれた

冷戦時代、孤児院で育ち、依存症を抱えた少女がチェスの才能で男性社会のチェス界での競争で勝ち上がっていき、ついにロシアの世界チャンピオンに挑む話、と聞くと、そんな地味な話がなぜ世界で大ヒットしたんだろうと思うかもしれない。でも、ここで描かれていることは、現代にも通じるテーマがいくつも入っていて深い

べス・ハーモンの生き様がドラマティック

母親と一緒に車に乗っていて事故にあい、自分だけが生き残って孤児院に引き取られるところから物語は始まる。とても厳しい孤児院で、しかも、精神安定剤を孤児に投与していたため、べスは若くして薬物中毒になってしまう。そして、この後、べスは孤児院を出て養子になり、少しずつ自分の人生をチェスの才能1本で切り開いていくのだが、そんな中でもたびたび薬物や、お酒に依存しないと生きていけない姿が描かれる。危なっかしいんだけど、それでも類まれなるチェスの才能一本で、完全な男性社会の中で、一人で奮闘してのし上がっていく姿は爽快で、目が離せない

読書会でも、べスの魅力(ドラマでべスを演じた役者も素晴らしかった)を口にした人が多かった。でも、いわゆる「優等生」ではないべス。チェスの大会に出るために同級生からお金を盗んだり、チェス雑誌を万引きしたりもするし、あげくの果てに薬物&アルコール依存。もし、彼女が現代に生きていたら、メディアやSNSでめちゃくちゃ叩かれてるんじゃない?という話が読書会で出て面白かった。

たしかにそうだ。でも、参加していた私たち(30-40代の母親中心)は皆、そんなべスの欠陥はべスを嫌いになる理由にはならない、と言った。それどころか、べスの脆さに共感を感じた人も多かった

完全なる男性社会。歴史あるチェスという競技。そんな中で、若くて、しかも女性である彼女が戦っていくのは大変なストレスだっただろう。そんなべスの奮闘が、時代を超えて現代の女性たちの心にも響くんだと思う

個性豊かな登場人物との関わりが面白い

孤児院の地下室でべスにチェスを教えてくれた無口な用務員、シャイベルさん、孤児院で仲良くなったちょっと不良のジョリーン、夫に捨てられる養母のアルマ、チェス大会で対戦する世界的チェスプレイヤーたち、など、様々な登場人物が個性的で、ベスが人生で関わりを持ちながら成長していくストーリーがこの話の面白い点にもなっている。

ドラマ見て良かったのは、特に、シャイベルさん役、アルマ役の俳優が素晴らしくて、本当に心にぐっと来る演技を見せてくれる

読書会では、特に、アルマとの関係について話が盛り上がった。アルマは、あの時代に生きた女性を象徴していて、夫からの抑圧、そして、子供を持てなかったことの穴を養子をとって埋めようとしたけれど、彼女が求めたのは、小さい子ではなくて14歳になっていたべス。アルマとべスは親子というより、姉妹のような関係性で、程よい距離を保ちながら、お互いの支えになっていく。

私は個人的にアルマにとても親近感を感じた。夫に捨てられたけれど、べスのチェスを応援しながら、自分自身も少しずつ人生の楽しみを見出していく。小説を読んだからこそ、なのか、ドラマだけ見ても同じように感じるのかはわからないけれど、アルマの生きる姿に惹かれていた私は、彼女が亡くなったことはとてもショックだった。

ただ、ドラマの中で見せた、メキシコシティでのキラキラとした顔の輝きは、アルマの人生のハイライトとして印象に強く残った。

彼女は最後には幸せだったんじゃないか、と読書会でも話したことで、少し慰められた。

物語では消化不良に終わったべスの恋愛

小説とドラマの違い、というところで目立ったのが、ドラマの方がべスの恋愛面について語られているということ。ドラマだと、タウンズを変わらず好きだということが終盤に明かされ、最終回で本人が登場するシーンがあるのだが、これについては、読書会では賛否両論があった。

成長したべスにぴったりの男性は誰か?タウンズか、ハリーか、ベニーか?という話でみんなの意見が割れたのが面白かった。

原作では特に恋愛面についてはベニーとNYで練習しながら性的関係を持っていたが、恋人になる人というのは登場しない。

もし、テヴィスが生きていて続編が書かれていたら、べスのその後の恋愛関係が発展したのかもしれないと思うと残念でならない。

でも、おかげで、読者がその後のべスの人生をどのように想像しようとも、それは読者の自由が残されているということでもある。

ドラマも素晴らしいけれど、ぜひ小説とあわせて読むことを強くオススメしたい。


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