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愛なんか、知らない。 エピローグ
「鈴~、どこにいるのお?」
私は鈴を呼びながら、ドアを開けた。
そこには、鈴がいた。
テーブルの上にある、ミニチュアハウスをじっと見つめてる。
「鈴。ここは、今日からママがお仕事する部屋だから、入っちゃダメだって言ったよね?」
大輔さんが私の背後から鈴を注意する。
「だって、このミニチュア、何回見てもいいんだもん」
「気に入ってくれて、ありがと。これから来る相談者さんが、この作品のファンだって言ってくれたから、見せてあげようと思って、ここに置いてたの」
「あげちゃうの?」
「ううん、あげないあげない。これは大切な作品だから」
「ならよかった!」
「ホラ、鈴、ママのお客さんがいる間は、出かけようってことにしたでしょ? じいじとばあばに会いに行こう」
「ハアイ」
鈴は椅子から勢いよく下りる。
「ママ、頑張ってね」
「うん、頑張る」
二人でハイタッチをした。
玄関で二人を見送る。
「緊張してる?」
「うん、だって、初めての相談者さんだもん」
「そうだよね。まあ、いつもの葵の感じで話を聞いたらいいんじゃないかな」
「それができるといいんだけど」
「大丈夫、大丈夫。葵は、やればできる子だから」
大輔さんの言葉に、三人で笑う。
「行ってきまーす」
「はあい、行ってらっしゃーい」
まぶしい日差しのなか、二人は出かけて行った。今日は雲一つない、いい天気。幸先のいいスタートを切れそうな予感。
「さてと」
初めての相談者さんを迎える準備ができてるか、もう一度、チェックしよう。
大輔さんと鈴と家族になって、そろそろ2年になる。二人は、私の家で一緒に暮らすことになった。
おばあちゃんが最後の日々を送った和室に床を敷いて、テーブルセットを入れて、ふすまをスライド式の扉に変えて、洋室風にリフォームした。テーブルの横には、ミニチュア作りで使う材料をワゴンに置いてある。
仏壇は部屋の隅に、そのままにしてある。おばあちゃんに見守ってもらってるみたいで。
私は今日からここで、ミニチュアハウス・カウンセリングを始める。
井島さんが「1対1の教室もいいんじゃない? 葵さんに話を聞いてもらいながらミニチュアを作ってると癒される」って言ってくれたのを思い出して、それをヒントに考えたんだ。
依頼した人が作りたいミニチュアハウスを一緒に作りながら、相談したいことがあるなら話を聞くっていうカウンセリング。このビジネスをするために、カウンセリングの講座を受けてカウンセラーの資格も取った。
今まで、たくさん、たくさんつらい思いや苦しい思いをしてきた。
そんな私だから、悩んでる人に寄り添えるかもしれないって思うんだ。
そうは言っても、こんなカウンセリングに興味を持つ人っているのかな? って思いつつ、簡単なホームページをつくってポイッターで宣伝したら、1週間ぐらいで、「相談に乗ってほしいわけじゃないんだけど、ミニチュアの家を作りたい」って人から連絡があった。
「ミニチュアの家を作るだけでもいいですよ」って返事をして、しばらくやりとりをしていたら、「私が作りたいのは子供のころに住んでた家です。でも、その家はもう焼けちゃってないんです」って話が出て来た。実家は火事に遭って、アルバムも焼けちゃったから、うろ覚えの記憶から作るしかないみたいで。
打ち合わせをしながら考えましょう、ってことになったけど。
どんな話になるんだろう。あ、緊張してきた。落ち着こう。
椅子に座る。
目の前にあるのは、「愛を知る家」。
暗い部屋には、カーテンから漏れ出た光の筋が射している。
その光は、ベッドや勉強机、本棚の一隅を照らし出している。
そして、一番手前のスーツケースと旅行鞄は光に包まれていて。これから愛を求めて旅立つ一コマを描いた作品だ。
この作品をカバーに使った南沢さんの絵本は、今大ヒットしている。絵本のために、他にいくつもミニチュアを作った。まるで、止まっていた2年間を埋めるように、次から次へとアイデアが出て来て。
私は、これからもミニチュアを作っていく。
いろんな人に出会って、いろんな人と別れて。楽しいことも嬉しいこともあれば、つらいことも悲しいこともあるだろう。
そんな瞬間を、かけがえのない瞬間を、ミニチュアで形にしていくんだ。
チャイムが鳴る。
「ハーイ」
「よし」と掛け声をかけて立ち上がる。
さあ、新しい人生のスタートだ。
ドキドキしながら、玄関のドアを開ける。
「こんにちは! 塚田葵です。お待ちしておりました」
季節は、春。
頬に触れる風はやわらかで。
ああ。世界は、こんなにも、こんなにも光に満ちていて、美しい。
深い影も、冷たい影も、悲しい影も、すべて光で包み込むように。
【完】