冬至以後
冬至過ぎ少し明るい空見上ぐ
(とうじすぎ すこしあかるい そらみあぐ)
今日は仕事納め。今年の冬至は12月22日だった。朝7時を過ぎれば地下鉄の駅のある地下道から勤務先が入居しているビルの地下に直接行き来できるのだが、それより前の時間は一旦地上に出てビルの通用口から入らないといけない。冬至までは外が薄暗いのだが、わずか一週間過ぎただけなのにずいぶん明るくなったように見える。クリスマスが12月25日である由来についてはそれらしい話があるのだろうが、結局のところはキリスト教成立以前の冬至祭が元になっているのだと思う。冬至を境に日照時間が少しずつ長くなるのは、何か特別なことがあってもなくても、気持ちを前向きにする気がする。
冬至の日、仕事の帰りに穴八幡に寄ったら、警察が出て参拝客の整理に当たっていた。平日の夕方だというのに、こんなに人出があるなんて、と思いながら行列に並んで「一陽来復」のお札をいただき、放生寺に回って「一陽来福」のお札をいただいて家路に就いた。
家に帰ってから古い手帳を見返してみたら、過去に冬至の日に穴八幡に参拝したことは一度もなかったことがわかった。道理で、見たことのない混雑ぶりのはずだ。
年末なので、「今年もありがとうございました」などと挨拶を述べるべきなのだろうが、私はこういう場では心にもないことは書かないことにしている。若い頃ならともかく、還暦目前にしてあとは死ぬだけだ。誰だかわからない相手につまらない気を遣ってどうする、と思うのである。
先日、「あなたは他人に対する感謝の気持ちが足りない」と夢の中で妻に叱られた。その通りなので、恐縮して小言を聞いていて、早く終わらないかなぁ、と思っているところで目が覚めた。ほっとした。でも少しもやもやした。その「妻」が今の妻でもなければ前の妻でもないのである。夢の中では確かに「妻」だと思っている。見覚えのある人なのだが、思い出すことができない。そのうち夢そのものが記憶から消えていく。面白い夢だったなと思って起きてすぐにメモをしておいたから、こんなふうに書くことができる。しかし、その時点で「妻」が誰だったのかわからないのだ。メモが無ければ今頃夢を見たことすら忘れているだろう。それにしても、あの人、誰だろう。