次手供養
雁風呂を詠まねばならぬ記事見つけ
(がんぶろを よまねばならぬ きじみつけ)
雁風呂は春の季語。今の時期ではないが、野鳥についてのnoteを読んでいたらインドガンというのが目に入り、「雁風呂」という落語を思い出した。落語の方は米朝の噺(音声のみ)のリンクを後ろに貼っておいたので、そちらを聴いてもらったほうが話が早い。
雁は日本で越冬するので、季語では秋から春にかけて登場する。今時分の鳥ではないのだが、今思いついたことを秋まで待つわけにはいかない。昨日の続きで今日があるのは奇跡で、今日の延長に明日があるかどうかはわからない。殊に高齢になるとなおさらだ。時期外れを承知の上で、今日は雁を取り上げた。
奇跡と言えば、「雁風呂」という落語も奇跡のような噺だ。東海道掛川の簡易食堂のようなところに、なぜか土佐光信の筆による雁風呂の屏風絵があり、その絵が縁となって水戸光圀と二代目淀屋辰五郎が出会うのである。土佐光信が松と雁の絵を本当に描いたのかどうか、ということは落語の筋としてはどうでもよいことなのである。光信ほどの絵描が絵の題材として扱ったことは当然に教養として心得ておくべきことであり、それを知らない支配階級たる士族が跋扈する世の中に対して批判的な目線でまとめられた笑い話ということが肝である。芸能としての笑いの背景には批判精神がなくてはならいし、それでこそ芸は文化になる、と思う。
土佐光信の絵に関連して紀貫之の歌というものも登場する。もちろん、これが紀貫之が詠んだものであるかどうかということはどうでもいいことだ。下のリンクの米朝は「古歌」ということにして、紀貫之の名は出していない。
秋は来て、春帰り行く雁が音の、羽休めん函館の松
(あきはきて はるかえりゆく かりがねの はがいやすめん はこだてのまつ)
ところで、下のリンクはそのインドガンの話が記された翠野氏の記事である。
noteには「閲覧履歴にもとづくおすすめ」というものが表示されるようになっている。閲覧ログや本人の記事のタグの傾向から機械的に選択したものが出てくる仕掛けなのだろうが、たいていは「余計なことを…」と思うようなものである。稀に、「こりゃ凄いなぁ」と感心するものが出てくる。
翠野氏のnoteは毎日のように更新されていて、しかも密度が濃く、読み終えて「いいもの読んだなぁ」と思う記事ばかりだ。当然、他にも雁のことについて書いたものがあるだろうと思って検索をしたらたくさんあった。その中から私の好物であるがんもどきの話と、落語の方に出てくる水戸黄門の話のリンクを貼っておく。
落語「雁風呂」
ところで、次手ながら明後日5月17日は柳家喜多八の命日だ。私は落語が好きで、少なくとも月に一度は寄席か落語会に出かけていた。それがここ数年はすっかり足が遠のいてしまった。今は毎日のように既にこの世にいない噺家を動画サイトで聴いている。落語に出かけなくなったきっかけは喜多八が亡くなったことだ。喜多八が亡くなったのは2016年5月17日だが、私が最後に喜多八を聴いたのは同年4月30日、横浜にぎわい座での落語教育委員会。既に歩くことができず、身体が妙に小さくなって、頭だけが大きくなったかのような姿で、こりゃそろそろマズイことになるのかなと思ったが、噺のほうは流石にしっかりしたものだった。その前が同年3月21日の国立名人会。ちなみに演目は名人会も教育委員会もともに「やかんなめ」。その前は少し遡って2015年10月24日の桃月庵白酒との二人会。この時はまだかろうじて歩くことはできた。演目は「寝床」と「首提灯」だった。「雁風呂」は「雁供養」ともいうので、「供養」つながりで喜多八の命日に合掌。