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サガン鳥栖よ、堅忍不抜の努力を、いまもしているか
「サガン鳥栖を愛する全ての人へ 堅忍不抜の努力に敬意を表します 追いつき追い越すまでJ1にいてね」
この言葉は、2011年12月3日 J2第38節、サガン鳥栖がJ1昇格を決めた試合で、対戦相手のロアッソ熊本サポーターが掲げた横断幕に記されたものだ。
それから12年間、サガン鳥栖はJ1で戦い続け、今年13年目のシーズンを迎えているが、第25節を終えた時点で勝ち点23の19位と、いよいよ降格が現実のものとして迫っている。
予兆は、一昨年からあった。
2022年、まだシーズン半ばに差しかかったに過ぎない時点で、クラブは早々に川井健太監督と契約を更新。それと前後するように、飯野七聖のヴィッセル神戸への移籍を機としてチームの成績は下降の一途をたどり、飯野を欠いた第17節以降の18試合で、わずか3勝しか挙げられず、監督との契約更新が明らかに時期尚早であったことを露呈した。
2023シーズンも、前シーズンの出来から予見された通りの結果となった。
川井健太監督は失敗から目を背け、己の主義を曲げず、サガン鳥栖のアイデンティティを無視した “パスサッカー” に、すなわち、標榜するだけで中身の伴わない “攻撃的サッカー” にこだわり続け、当然のように、チームは低迷した。
とはいえ、金明輝前監督の体制下で築かれた強固な守備や、献身的なプレースタイルは、すぐには消えることはなく、どうにか残留をつかみ取った。
だが、その神通力も、度重なる主力選手の放出や、監督によるチームのアイデンティティの破壊とともに、徐々に失われた。
失点数は、金明輝前監督体制下の最終年2021シーズンが35だったのに対し、2022シーズンは44、2023シーズンは47、そして今シーズンは第25節終了時点で、すでに昨シーズンの総失点に並ぶ47(リーグ19位)の失点を記録し、川井健太監督が掲げる「1点取られても、2点、3点取るサッカー」どころか、「1点取っても、2点、3点取られるサッカー」に成り下がっている。
低迷の原因は、監督のエゴや力不足だけにとどまらない。なぜなら、監督を続投させているのは、クラブだからだ。
サガン鳥栖は今年7月12日、またも時期尚早に、以下のような声明を発表した。
「(前略)クラブとしては川井監督体制のもと、現実にしっかりと向き合い前を向いてこれからも走り続けていきます。」
残留争いの真っただ中、早々に「現監督と心中します」と表明することが、本当に、クラブとして最大限に出来る限りのことをやろうとする姿勢と言えるだろうか。
出来る限りのことをやろうとする姿勢とは、「監督交代の選択肢も含め、あらゆる選択肢を除外せず、やれることを最後の最後までやり尽くす」ことではないのか。まだシーズンが半分残っている時点で、なぜ、自らやれる選択肢を狭めるのか。
クラブの迷走は、監督人事に限ったことではない。
クラブの財政規模がものを言うサッカーにおいて、サガン鳥栖が毎年、主力選手を引き抜かれ続ける事態は、致し方ない。とは言え、シーズン中の移籍は、別の話だ。
基本的に、契約期間が残っている場合、①選手本人、②移籍先クラブ、③移籍元クラブの三者が合意しなければ、移籍は成立しない(契約解除金が設定されている場合は除く。ただし、契約解除金は、将来有望で複数年の大型契約を結ぶような一部のトップ選手が設定するものであり、サガン鳥栖の選手が設定しているとは考えにくい)。すなわち、サガン鳥栖のフロント(強化部および経営陣)は、合意の上で選手を売却しているのだ。
2022シーズンの飯野七聖、2023シーズンの田代雅也、そして今シーズンにいたっては菊地泰智、長沼洋一、手塚康平、と、常軌を逸したシーズン中の主力の叩き売りを行っている。(8/9追記:横山歩夢も移籍が正式発表され、マルセロ・ヒアンについても一部移籍報道が出た。)
補強も行ってはいるが、フィットするかどうかも分からない新戦力に賭けるのは博打でしかなく、まして、J1での実績がない選手や近年ほぼ出場機会がなかった選手などを集めても、実績があり計算の立つ存在だった主力選手売却の大義名分にはならない。
クラブの財政規模は、今年5月にJリーグが発表した2023年度の経営状況によれば、サガン鳥栖はJ1で最下位、Jクラブ全体では24位であり、非常に厳しい状況にあることは間違いない。
だが、それはJ1で戦い続けた12年半の間、ずっと変わってはいない。
では、何が変わったのか。変わってしまったのか。
監督やフロントが近年誤った方向へ突き進んでいることはすでに述べた。それに加え、それらの誤りは、ピッチレベルでの選手一人ひとりのハングリー精神、献身性、ひた向きさにまで、負の影響を及ぼしているように見える。
それは些細なことにも表れていて、一例を挙げれば選手の頭髪の色である。
サガン鳥栖の選手は、長らく暗黙の了解として、黒髪で戦ってきた。髪の色でサッカーをするわけではないが、例えばイングランドの名門マンチェスター・ユナイテッドには、ユースの選手は、シューズの色選びのような外見を着飾ることなどに気を散らさずサッカーに集中するため、黒色以外のシューズを使ってはならないという伝統があり、現在背番号10番を背負っているユース出身のマーカス・ラッシュフォードなどは、トップチームに上がった後ですら、活躍しはじめるまでは黒色のシューズを使用して、己を戒めていた。
このことは、川井健太監督体制下で廃止されるまで受け継がれてきたサガン鳥栖の黒髪の伝統にも通ずるものがあり、サガン鳥栖が財政難の状況下にあっても成績を残し続けてきたことと、決して無関係ではないと思えてならない。
根性論や精神論だけで勝てるものではないが、お金がないのであれば、人並み程度の忍耐力や献身性や団結力では、お金のある相手に勝てる要素がない。
STATsによれば(7/22時点)、サガン鳥栖のデュエル勝利数はリーグ15位、こぼれ球奪取数は20位、インターセプト数は19位、被シュート数は1位と、とにかく球際に弱く、ことごとく相手にボールを奪われては、シュートまで持っていかれている。
スター選手がいないどころか、試合のほとんどの局面において個の力で劣っているチームが、勝ち点を1でももぎ取るためには、何が必要なのか。
「なにがなんでも球際で絶対に競り負けない」という強い気持ちが、ピッチ上の選手からは伝わってこないし、それを強く促すような監督の采配もない。
「サガン鳥栖を愛する全ての人へ 堅忍不抜の努力に敬意を表します 追いつき追い越すまでJ1にいてね」
13年前、ロアッソ熊本サポーターからもらった、この温かく輝かしい、宝物のような言葉に恥じないサガン鳥栖であり続けられているか。
堅忍不抜の努力をしているのは、もはや、いまだサガン鳥栖の応援をやめないサポーターだけになってはいないか。
14年目もJ1の舞台で戦い、あの日、ロアッソ熊本サポーターから託された大切な思いを守ることができるとしたら、それは、サポーターだけではなく、サガン鳥栖に関わる全ての者が、堅忍不抜の努力をした時だ。
残された時間は、少ない。