さらば,わが愛 覇王別姫。LGBTQが認められてなかった時代の裏切りと愛の連鎖
芸を愛し相方を愛し美しく散った男と、男女から愛された男、愛し愛され最後には裏切らた女。チェン・カイコー監督が描く激動の中国史と京劇と三角関係。
7月28日公開「さらば, わが愛 覇王別姫 4K」。
実は私は3回目の鑑賞。1度目は運命と悲劇に涙し、2度目はレスリー追悼上映(2002年没)で感情が高ぶっていたせいで滝泣きだったが、今回は涙目にならなかった。
自分自身がおとなになったのか、華人の友人が増えたせいなのか、時代に翻弄される三人の主人公たちをふかんから捉え、感情をおさえ冷静に鑑賞できた。たぶん、この作品が好き過ぎて図書館で探して翻訳原作を読み、映画と原作のちがいにも気を配れたのかもしれない。
昔も今も国家への体制批判があからさまにできない中国、国民党や共産党の歴史にあらがい、伝統芸能の京劇を残そうともがいた人たちの物語が尊い。
※ネタバレを含むため、未見の方はご注意ください。
物語1:蝶衣の愛
京劇の女形・蝶衣(レスリー・チャン)と、立役者の小楼は演目「覇王別姫」が人気の京劇のスター。兄弟のようにかばいあって厳しい修行に耐え、今の地位を築いてきた。蝶衣は京劇を愛し、密かに兄を想っている。小楼は遊女・菊仙にいれあげ結婚の契りを交わす。最愛のひとを盗られ裏切られた、と傷つく蝶衣はせめて舞台の上だけは二人の世界、とますます芸を磨く。
その昔、蝶衣は少年時代に身分の高い愛好家から見せられた美しい剣に心奪われ、”この剣さえあれば秦王(敵)を倒し、虞姫(蝶衣の役名)と添いとげられるのに” そう語った小楼の言葉をずっと信じている。
進攻する日本軍に逮捕された小楼を救うため、“兄さんのためなら…” 菊仙と約束を交わし、日本軍の宴会で演舞を披露する。そのあでやかさ美しさに日本軍は魅了され、釈放された小楼だったが、”日本軍なんかに媚びやがって”と菊仙と去り、距離を置かれてしまう。なすすべもなく立ち尽くす蝶衣と、菊仙の裏切り。
物語2:菊仙の愛
遊郭から救い出してくれた小楼を愛し、普通の夫婦として暮らそうとするものの、夫には京劇以外に生活の糧がないため、しかたなく蝶衣との共演を許す。内心は蝶衣の美しさに嫉妬し嫌っている。芸術を理解せず師匠のことも嫌っており、蝶衣がアヘン中毒だとばらす。
政権が目まぐるしく変わる中、常に夫を助け影で支えるきた気丈な女。
菊仙が最期に身にまとったのはもっとも愛されていた頃、結婚式の花嫁衣装だった。
物語3:小楼の愛
男女二人から愛されるのだが、弟分・蝶衣の恋ゆる視線には気づかないふりをしている。菊仙と夫婦となり、彼女が流産してから優しく寄り添う。
日本統治時代、国民党時代、共産党時代と反抗的な態度をとってきたが、「文化大革命」の批判圧力についには屈する。蝶衣のことを男色と糾弾し、蝶衣からは小楼の妻は元娼婦と責められ、ついには”菊仙なんて愛していない”と叫んでしまう。裏切りに裏切りで報復するかなしさ。
映画と原作との違い
ラストの再会シーン。
映画では、非常に劇的に描かれていた。
蝶衣はあの約束の剣を手に入れ、もっとも大切にしていたものが穢れてしまう前に絶った。
原作では、ふたりは劇場(体育館)ではなく、香港で再会しまた別れる。
そして、(身体的に)もう京劇を演ずることができなくなった蝶衣のかなしみがじんわり深く刺さった。
いちばん好きと謎シーン
逮捕された小楼を救い出して...と菊仙に懇願されるところ。舞台用の冠を磨きながら“それで?何の用かしら”とチラ見しただけで(本当は心配で心配でザワついてるはずなのに)真意をみせないところ。役者だわ!さすが
(謎1)丸眼鏡に人民服という地味な格好で小楼と菊仙の家を覗いているシーン。ストーカーまがいの行為をしてまで恋しいのに、男女の愛を見せつけられ、狂おしくかなしい。
(謎2)…だから、なんでチャン・フォンイーなの? コン・リーとレスリーが命かけて愛する男性が(失礼ながら)ただの男にしかみえず、どう考えても残念すぎる。
30年前のパンフ:レスリーのインタビューから
”彼は役のとらえ方を間違いました…だから私は俳優としての彼を認めないし、再び共演したいとは思いません“ 。
(謎3)字幕:戸田奈津子 のクレジット
え?三十年前、英語版から翻訳したの?びっくり
ところで、主役のレスリー・チャンがいま若い中国人層にも日本人にも再評価を受けている。彼自身がlGBTQを体現しており、その中性的な魅力は今でも色褪せていない。
また、レスリーが「覇王別姫」出演が決まり、京劇の所作を習う上で、その指つかいに最も気をつかった、という記事を読んだ。たしかに劇中での化粧や冠や首飾りや衣装の造形美はもちろん、指の一本一本にこめられたなまめかしさは耽美そのもの。完璧主義者の彼は撮影前に単身北京に住み、毎日稽古に励み、京劇と北京語を習得したという。これから観る方は彼の指つかいにぜひ注目してほしい。
昨年のWKW(ウォンカーワイ)4Kの余波だろうか。当時の香港や中国の旧作を見直す機運が高まっており、私の隣席も30歳前後の若いカップルだった。ええ映画はいつ見ても何度観てもええのだ。いちレスリーファンとしては、没後二十周年記念で彼の美貌が鮮やかに4K映像に甦り、ほんまに嬉しい。
さらば,我が愛/覇王別姫
1992年・中国
監督:チェン・カイコー 陳凱歌
出演:レスリー・チャン 張國榮、コン・リー 、チャン・フォンイー 張豐毅
プロデューサー:シュー・フォン 徐 楓
原作:リリアン・リー 李碧華
中国(監督、俳優)×台湾(プロデューサー)×香港(原作、俳優) 、という現代ではあり得ない才能の結集。「さらば, わが愛 覇王別姫」は観るひとを裏切ることのない一級品映画である。