熊本のチーター
熊本ご出身の利用者さんがいる。この方を仮に砂田さんとする。
何年か前に退職した同僚から担当を譲って頂き、もう長い付き合いになる。私はこれまでその人の思い出話をたくさん伺ってきた。
とてもお話するのが好きな方だったからだ。
たとえばこんな話。
若かりし頃に素敵な思い人がいて、一緒に同棲したり、楽しい思い出があったが、ご家族の反対に遭い泣く泣くお付き合いをやめたこと。そしてその方とは違う男性である今の旦那さんと結婚しなければいけなかったこと。
「今、思い出してもすごいハンサムだった・・・。顔が良かった。いい男だったのよ。旦那は頭はいいけどあんまり好きじゃないの、私。」
「熊本に帰れたら、またもう一度会ってみたい。生きてるかどうかはわからないけど。」
旦那さんはこの時はご存命であったので、砂田さんとは同居されていた。私は衝撃を受けた。そういうものなのか。
でも、今の高齢者は望まれぬ結婚をさせられた方は案外多く、砂田さん以外にもそのように話す方が何人かいた。
このタイタニックのようなロミオとジュリエットのような雰囲気で、度々砂田さんはこの「忘れがたい彼」の話を(少し難聴もあったので)大きな声で話していた。
彼女があまりにも熱っぽく何回も話すので(少し認知症もあった)私は正直「こんなケイト・ウィンスレットやクレア・デインズのような雰囲気で話すけど、所詮東洋人でしょ?昭和一桁生まれのおっかさんでしょ?」と失礼ながらも、少し軽んじた態度で聞いていたが、彼女が若かりし頃(20位?)の写真を持ってきた時に土下座して謝ろうと思った。
めちゃくちゃきれい・・。何これ、女優さんみたい。
砂田さんは若い頃、スーパー美人だった。どうしてこれが今これになるんだろう。(←失礼)
砂田さんは3人姉妹をもうけ、夫の仕事の関係で、熊本から私たちの県へ引っ越してきた。夫と娘さんと孫家族と飼い猫と仲良くみんなで過ごされていた。
しかし、砂田さんは年齢を重ねる毎に少しずつ認知症が進み、骨折を繰り返した。デイケアに通っていたが、夫も亡くなり、家族介護が限界になり、当施設へ入所された。
砂田さんは以前より喋らなくなってしまった。認知症がすすみ、名詞や単語がはっきりと出てこなくなってしまった。
認知症がすすむと、記憶のタンスが開かなくなってしまう。長年生きてきた記憶のタンスが高齢者の方はたくさんあるはずなのだが、錆び付いて引き出すまで時間がかかったり、取っ手が取れてしまって引き出せなくなってしまう。でも、ふとした拍子に開く事もある。私はこのタンスの錆を取ったり、取っ手の変わりになるものを上手い事つけられないかなぁと思って日々試行錯誤している。
私は砂田さんの記憶の引き出しを何とかうまく開けたくて、ご出身の熊本の話もなるべくするようにした。
とはいっても、私は熊本に行ったことがなく、熊本の知識はほとんどない。同じクマ仲間のゆるキャラがいることくらいしか知らない。ネットで名物を検索して彼女の横で読み上げる。
「水前寺公園でね・・」
おや、砂田さんが反応した。
「水前寺公園でどうしました?」
「水前寺公園でね、チーターを見た。」
「水前寺公園でチーターを見た?!」
チーター?脱走?
「水前寺清子さんがいた。」
ああ、そっちの
この人ね
ワンツーパンチの。三百六十五歩の。
「水前寺清子さんが水前寺公園に来てて、テレビの撮影かなんかだったと思うのよ。それで、みんなが集まっちゃうから、もともと公園に来ていた人以外は入らないようにしてた。私はたまたま公園にいたから、間近で彼女を見たの。綺麗だった〜。歌も上手だった〜。」
砂田さんは急に流暢に話しだした。
調べてみると、水前寺清子さんは熊本のご出身。
なるほど、関係が大アリでしたね。砂田さんの言っていることはおそらく確かな記憶なんだろうなぁと思った。
それからというもの、砂田さんはこの水前寺公園とチータの話だけはやたらとするようになった。
自分の子どもの名前を忘れそうになっているのに、愛しの熊本の彼の話なんかとっくの昔に忘れてしまったのに、この水前寺公園の話だけは今でもリアルに話せるのだ。
私は砂田さんのタンスの引き出し方を間違えてしまったかもしれないと今更ながらに後悔してる。
すみません。熊本つながりの話を書こうと思って前置きが長くなってしまいました。本日の本当の目的はこちらです。
note仲間のレシーブ緒方さんは熊本で災害支援をされています。
今回この企画に参加したくて、自分なりにどのように参加するか悩んで、また、このような、何とも言いがたい記事を書いてしまいました。何だかすみません。本当に反省しています。
支援チームの取り組みをかげながら応援させて頂きます。頑張って下さい。
いずれ、水前寺成趣園にも行かせて頂きたいなと思っております。
サポートは読んでくれただけで充分です。あなたの資源はぜひ他のことにお使い下さい。それでもいただけるのであれば、私も他の方に渡していきたいです。