081 伊勢ほろ酔い夢幻紀行(下)
◆その2
「ヒトリでお取り込み中、ナンですが、観光案内をしてんカー」
お、伊勢弁が話せる異星人?
「ソノ駄洒落、つまんないネー」
うるせー。
あっ、いけネー。俺まで言葉尻を伸ばしちゃったカー。
「モー」
で、夕飯もまだだったから何か食べたかったんだが、「せきや」の朝がゆはやってるはずはないし。。。
外宮参道を抜けて、旧国道の鳥羽松阪線を駅のほうに戻って、古民家が目印の「Bar Recipe」の前を通ったけど、ここもやってるわけないよネー。
屏風絵が風情のある、不思議なバーなんだぜー。
ああ、感染しちゃったじゃないカー。
「ヒトのせいにするの、よくないネー」
「ソウソウ、感染することがすべて悪いことではないカー」
ちっ。今夜だけは、お説教はやめてくれ。
で、「山口屋」の伊勢うどんを食べたかったんだけど、開いてるわけないので、ちょっと歩いて「Shokudo & cafe OSSE」まで行ってみたよ。姉妹がやってて、美味しい家庭料理を出すんだ。
この店も、俺のココロみたいに真っ暗。
そうだ、「暗い」の語源、知ってるか?
「CRY」だって。。。
受けない?
ちっ、Don't cry! 泣くもんか。。。
んでもって、あいつの大好きだった「一月家」に向かったよ。でっかい冷奴で、キューっと一杯やろうと。
でも、ここもやってない。昼からやってる、有名な居酒屋なのになぁ。
ひとっ子ひとり歩いていない銀座新道商店街を歩いていくと、あった、あった。
お好み焼き屋の隣にある「詩」という喫茶店の看板。
もう、何十年になるだろう。店はなくなったのに、看板だけは残ってる。
まるで青春の墓標か何かみたいだろう。
そういや、あいつと一番長く逢わない日が続いたのは高校生の時だった。
俺が時々、参考書を買うと言ってもらった金で、この喫茶店に通い詰めてたら、ある日、あいつがいたんだよ。。。
奇跡だろ?
高校は違ってて、この店からはそれぞれの高校が逆方向にあるっていうのに。
カウンター数席と、小さなテーブルが1つあるだけの店だった。
逢いたいよ。。。
「ソノ店のママにですか?」
バッキャ野郎。違わーい。
で、結局、また伊勢市駅に戻ってきて、河崎のほうに歩いて行ったんだ。
飲み屋の「虎丸」は閉まってるし、同級生が時々ジャズライブやってるカフェ「河崎蔵」も行き過ぎて、伊勢うどんの「つたや」も越えて、結局、コンビニでご飯を買ってホテルに戻ろうとしてたんだ。
「ナント、ナントの難破船」
こらー、それは俺の大好きな「タンタンの冒険旅行」に出てくる船長の口癖だろうがぁ。
この星にやって来られるくらい文明が進んでても、盗っ人はするのカー。
「アナタだって、人の口癖、盗んでるネー」
うるせぃ、俺のことはほっといてくれ。
あれ、いきなり明るくなったと思ったら、ホテルに帰る道路に戻ったぞ。
どういうこと?
あれは、一体なんだったのカー。。。
◆その3
「トントン、目が覚めましたカー」
なんだ、また現れやがった。
もしかして、この間にあったことは、全部ユメだったのか?
なら、よかった。あ、痛っ。。。
「ザンネンながら、ユメではありませんネー」
「ソウソウ、あれから2週間して、アナタは何故またやってきたカー」
あの翌日、アイツを見舞いに行ったのさ。そしたら、ほんとにやつれてて。。。
俺は言葉を失くしちゃったね。こういう時、何を言っていいのか。だらしないけど、まるで準備ができていないんだ。いい歳こいて。
「ソリャそうだネー」
「ソンナ準備、誰だってごめんこうむるカー」
だから、人は本を読まなきゃいけないんだよ。人生のあらゆることのお手本が、本には書いてあるんだよ。
ま、そんなことはいいとして、終末を看取ってくれる医療関係者の人たちが来てくれて、いろいろやってくれている間、俺は別室にいたんだ。そしたら、アイツのお母さんが来てね。。。
「ウー」
ばか、そこで泣くことはないだろう。
俺はアイツに話しかけられなかった分、お母さんに話し続けたんだ。アイツと出会った5歳の時からこれまでのことを。
話しながら、ハタと気づいたんだ。俺ばっかり喋ってて、アイツの言うこと聞いたことなかったなぁって。こんな時に、お母さんにまでそうしてる。バカだよ、俺って。
「ウー」
泣くなってば。で、医療関係者が帰ったあと、アイツの枕元に行ったら、さっきよりずっとよくなっていてね。少し話ができたよ。
枕元に本が置いてあって、つい最近まで読んでいたんだって、「教養としての地政学入門」。俺が人にすすめられて読もうとしてた本だよ。
「ウー」
うるさいったら。
で、少し話してたら、アイツのお母さんがご飯をつくったから食べてってと言うのさ。俺はアイツのそばにいたかったから食べたくなかったんだけど、アイツが言うんだ。「食べたってくれ」って。
「ウー」
もう。。。ご飯を食べてる10分ほど、お母さんと会話を続けながら、めっちゃ早くご飯を詰め込んでたよ。
で、戻ってからまた少し話をしてね。本の話から、こんなことで、この国は大丈夫なんだろうかって言ったら、あいつが「大丈夫、きっとよくなるよ」って。
それがアイツと交わした最後の言葉かも。
また来るよ、って言ったら、「いつだ」って言うから、
「そんな先のことはわからない」ってボギーみたいに決めてみたかったけど、
俺は「すぐさ、来月またくるから」って。
ほんとに、それが最後の会話になっちゃった。
「ウー」
「エー」
上を向いて歩こうって?
バカ言ってんじゃないよ、こんな時に。
で、東京に戻った俺にメールの返信が夫婦両方から来なくなって、ずっと心配してたんだ。毎晩、Uruの「今 逢いに行く」と「あなたがここにいて抱きしめることができるなら」を聴いているしかなくってさぁ。。。
そして、つい数日前に彼女から連絡があって。俺が帰った翌日から急に容体が悪くなったんだけど、少し持ち直したって。
よかったねぇ、またすぐ逢いに行くよって日を決めて約束したんだけど、おととい、容体が急に悪くなって。。。
「ウー」
「オー」
wanted? バカ、奇跡を求めてるのは俺のほうだったら。
戻りたいよ、こんなことになるってわかってたら、あの日、もう帰らなかったのになぁ。
そうしたら、次はいつ来る、って話になった時、「明日またあそぼ」って子どもの時みたいに答えられたのに。。。あの頃は、明日が来ないなんて、考えたこともなかったよぉ。。。
アイツは俺より8か月も後から生まれて来てるんだ。チクショー。こんなバカなことがあるか。俺の余命があとどれくらいあるのかわからないけど、半分あげたかったよ。アイツのいないこれから先の人生、何を楽しみに生きていけばいいんだよ。。。
もう、この世界に奇跡なんてものはないんだ。奇跡ってものにも、終焉があるんだって思ったよ。奇跡には、数に限りがあるんだって。。。
ところが、それが、あったんだよ。
「オオー」
「ドーいうことですカー」
前に紹介した「nousagiya」。今夜、通夜を終えて顔を出したら、開いていてね。久しぶりに、いつものカウンター席に一人で座ったんだ。で、この間、閉まってたぞとマスターに言ったら、名刺を出してきて、今度来られるときは、こちらにお問い合わせの連絡をくださいって。
その名刺に書いてあった名前が、ナオキっていうんだ。
「ン?」
・・・
「ドーいうことですカー」
俺の友人の名前もナオキだったんだ。
ずっと前からアイツとこの店に通い詰めてたけど、初めて知ったよ。
俺は、その日、一人のナオキを亡くして、もう一人のナオキを見つけたんだ。
「ワーン」
「コレコレ、それ以上泣いたら・・・」
なんだ、なんだ、いきなり人を宇宙船から放り投げやがって。。。
それに、船みたいな宇宙船じゃないか。といっても、船にしてはなんだか四角いなぁ、はて。。。
ちぇっ、急に激しく雨が降り始めやがったぞ。あー、前が見えないくらいの土砂降りじゃないか。薬局で傘でも、、、いや、やめておこう。
まっ、ちょうどいいや。濡れた顔を洗いついでに、このままホテルまで歩いて行くか。。。どうせ、もう急ぐ用なんてなんにもないんだから。
「ワーン、ワーン」
「ソンナニ泣いたらダメだって。やめないカー」
「オオッ、ウ、ウ、ウエーン・・・」
「アー、また大洪水になって、この星を洗い流してしまうったら、ノア」