043 音楽の捧げもの または音楽に捧げられた人生
九条Tokyoで起きている「奇跡」のような出会いについて毎回書き綴っているのに、前回と同じようなタイトルって、どういうこと~、という批難はサラッと避難して、続けます。
それに、別の来店客の話ですから。しかも、前回書いたカップルの来店された翌日に、いらっしゃいました。そこがすでに、奇跡的でしょ。
誰ですか? 2日続けて来店客がいることのほうが奇跡的だと言っているのは。。。
話は一度、20年ほど前に遡ります。
スマホがなかった頃、電車内のケータイ電話 (今で言うガラケーですね) から、着信を知らせる音楽があちこちで鳴っていた時代がありました。たまに自分と同じ曲にしている人と出会うと、車内なのにマナーモードにしろよ、という非難は忘れて、つい嬉しくなったりして。
そう、今では死語となった「着メロ」というやつ。中には、かかってくる電話の相手ごとに違う着メロを設定している人もいました。インタビューできるものなら、そうしていた人に訊きたい。あれを設定するのに費やしていた時間を、今どう思うのか、と。
ボクですか? 生来のものぐさですから、ずっと同じ、クラシック風の曲にしていたっけかなぁ。バッハの「G線上のアリア」とか。クラシックの場合、曲そのものに著作権は消滅していますから、4章節でなくても使用できます。
バッハ、いいですね。たいていの人は、最初、モーツァルトにはまりませんか? 天才じゃんって。太宰治が好きだった頃と、考えてみれば、かぶります。
次にボクは、ベートーヴェンの世界に、はまりました。音楽というより、その世界に。音楽だけど、思索の旅とでもいうべきか。第9ももちろんですが、ボクが一番好きなのはピアノソナタ29番「ハンマークラヴィーア」。楽器や音楽の枠を超えようとする魂を感じます。文学では、近代文学派に魅かれはじめた頃、よく聴いていました。
そして、バッハが来たー。と、この話を続けているとキリがないので、話戻ります。
で、20年くらい前に友人の紹介で知り合ったひとが、着メロの編曲家だったのです。そういう仕事があるのかと、ビックリしました。
CDを聴いて、それを音符にしていく。採譜というやつですね。
着メロの前は、鐘の音とか風の音といった単純な着音だったのですが、着メロとなると、それを再現するための楽譜が必要になります。
いえ、携帯電話の容量が小さかった時代は楽器一つだったので、楽譜など不要で、CDで聴いた音を自分で演奏し、音源データにすればよかったそうです。
ところが技術の進歩が進み、どんどん容量が増えていくと、4楽器編成、最後にはフルオーケストラに近いところまで要求されるように。でも、原曲と全く同じだと権利の問題が発生するので、微妙に変える必要が出てきます。そこが腕の見せどころだったわけですね。
いやはや、あの時代だからこそ求められた職業ですね。きっと。
彼の元職は、カラオケ用の楽譜作り。それをもとに、スタジオ・ミュージシャンが演奏して録音し、全国のカラオケで流れていたそうです。
「音楽科出身?」
「いや、スタジオ・ミュージシャンでした」
なーるほど。さて、彼は今、どんな仕事をしているのでしょう。気になる〜。
あれから20年経って、似た仕事をしている人が現れ、客として目の前のカウンターに座っています。
「楽譜の出版社をやっています」
「ええー、なんて専門的な。失礼を顧みず言わせて貰えば、超マイナーな世界です。同業って、どれくらいあるんですか?」
「そうですね、全国で30社くらいでしょうか」
そんなにあることのほうが驚きです。
「そういえば、音友とかありましたねぇ」
「あんなビッグな出版社ではありません。採譜をして、それを楽譜にして発行する、そんな小さな出版社です」
採譜! おー、20年前にも聞いたぞ。。。
「もしかして、自分でCDから音を拾い出すわけですか」
「いや、その仕事は、もうとっくに辞めました。今は採譜してもらった楽譜を印刷して、発行するほうです。楽をさせてもらっています」
ヘッドホンで楽器ごとに一音一音探り、それをオタマジャクシにしていく。なんと緻密で骨の折れる仕事でしょう。結果、職業病ともいうべき、難聴になる人が多いそうです。毎日、工事現場で大きな音にさらされているようなものですからね。ヘッドホンで閉じられた狭い空間で、音を聴き続ける。
騒音性難聴の一つでしょうか。
「長くは続けられない仕事かもしれません。それで、早々に、出版するほうに転身したというわけです」
見事な転身、進化じゃないでしょうか。世が世なら、ブラボーと拍手喝采、ハグしたいくらい。いや、おじさん同士のハグってキモいだけか。
「どんなジャンルを発行しているのですか。クラシック?」
「いえ、あの時代は作曲家自身が書いた楽譜が残っています。我々は楽譜がない曲を採譜するわけですから、ポップスです」
そうか、はるか昔、フォークソングの時代、楽譜なんてなく、ギター片手に、即興に近い形で自由に歌を歌っていた時代がありました。新宿西口地下とかジャンジャンとか。わくわくするような、毎日がもっと熱い時代だったなぁ。つねに37.5度以上、体温があるような。
「ミュージシャンから、楽譜にすると、俺の曲ってこういう曲なんだ、と言われたこともあります」
なーる。素晴らしい仕事ですね。そうした楽譜が持ち込まれて、昨日のようなセッションバー(open mic)で演奏されることもあるのでしょうか。
なんか、奇跡的な糸が繋がった2日間でした。
そう、奇跡なんて、どこにでも転がっています。目をつむるのはやめよう。それも、自ら、永遠に、目をつむるなんて。
今年の8月の自殺者は、昨年に比べてかなり多いそうです。特に、十代、二十代の女性が多いとか。学校が長期間休校になったり、非正規雇用の雇止めや解雇などの影響があるのでしょう。
毎日は行われない総理の記者会見と、毎日のように発表されるコロナウイルス反応検査への陽性者数と死者数。死者数は1500人を超えていますが、6月18日以降は、どんな病気で亡くなっても、陽性者なら夕方発表のコロナ関連死者数に加えられています。まさか、自殺者も?
ボクの頭の中で、先日以来、ずっとスティービーワンダーの「isn't she lovely」が流れています。ボクの頭の中では、she は he であり、they 、そうすべての人々です。スティービーワンダー、ありがとう。あれ、ちょっと、オーバーかな。
著作権の問題で、詞を全部書き出すことはできないので、代わりにボクの大好きな萩原慎一郎の短歌を。(どういう連想?)
遠くからみてもあなたとわかるのは あなたがあなたしかいないから