命綱をつなげ!開かずの手帳
ある夏の日遅番で出勤すると、オーナーから閉店した系列店の掃除をお願いされました。
その閉店した店は東京のベットタウンの街にある店舗型ヘルスで、思いっきり違法な店でした。
ある事件が立て続けに起こり突然閉店を余儀なくされた感じです。
わざわざ夜に片付けしに行くのもそんな理由からです。
そんなに広くない店舗でしたが一人では大変だと思い、店長に頼み一緒に行ってもらうことにしました。
ワンボックスをレンタカーで借り、店長と二人でその閉店した店舗へ向かいました。
到着したのは夜中の1時、もともと違法な店なので奥まったところにあり、周りには飲み屋がぽつぽつとあるくらいでした。
シャッターを開け携帯の光を頼りに真っ暗な階段を上がり、店のドアを開けました。ずっと閉めっきりだったので空気は淀んでいて季節は夏ということもあり、もわっとした空気が充満していました。
真っ暗では作業ができないので店長がブレーカーを探しに行きました。
ブレーカーを上げると一気に電気がついて店の全貌が明らかになりました。
受付はすでに片付けられていて何もなく、その奥には廊下がありそれぞれの個室があります。
一番奥にはシャワールームがありました。
今回の目的はそれぞれの個室にある備品などを回収し掃除をすることです。
店長と手分けしてそれぞれの個室に入りました。
何もなかった受付とは違い、個室の中はまだ今でも営業しているんじゃないかという雰囲気でした。
ベットの上にはバスタオルも敷いたままです。
女性用のユニホームはハンガーに掛ったままで、部屋も薄暗いためちょっと不気味だなと思いました。
こんな時は頭を仕事モードに切り替えることです。
動作をなるべく早くして、部屋に散乱したものをサッサと分別して掃除も同時並行でやっていきます。
どんどん部屋を片付けていき次の部屋へ、そこも手早く作業して次の部屋のドアを開けました。
するとそこは今も人が住んでいるかのような生活感のある部屋でした。
ベットの横には仕事用ではなく普段履くような靴、ハンガーにはユニホームではなく普段着、ベットの上には寝る時に着ていたであろうパジャマ、テーブルの上にある少し汚れている化粧品入れには使いかけの化粧品が雑多に入っています。
あまりの生々しさに思わず店長を呼ぼうかと思いましたが、これは明らかに店泊していたであろう女性の部屋でした。
それにもう営業していない店舗です。誰もいるわけがありません。
気合を入れなおし作業を始めます。その女性には申し訳ないですが、すべての物をゴミ袋に入れていきました。
女性の荷物をゴミ袋に入れた後、カラーボックスに入っている畳まれたバスタオルを一気に取り出した時何かがバサッと落ちました。
なんだ?と思ったその時です。
「バタバタッ!!バタバタバタッ!!バタバタバタバタッ!!」
物凄い大きな音が鳴り始めました。
びっくりした私は
「うわっ!店長どこですかっ!!」
恐怖のあまり部屋を飛び出し廊下に出て、店長を呼びました。
すると
「うわわわわぁっ!」
店長は叫びながら店のドアに向かって廊下を走っていきます。
私も急いで店長の後を追いました。
階段を降りたところで店長の肩を掴むと店長は肩で息をしながら
「俺最初から怖かったんだよ。これ相当ヤバいよな?」
「なんなんですか!あの音!」
私は言いました。
そして店長にさっきの部屋の話をすると、いくら店泊してたとしてもその状態はないだろうということ言い、そしてなにかがタオルの間から落ちた時に突然音が鳴りだした話もすると、これはオーナーに説明して明るい時に再度来るようにしようということになりました。
店長は急いでオーナーに電話をしましたが、オーナーはそこでそんな話聞いたことがないから大丈夫だし、今日やってもらわないと困るということでした。
店長と私はオーナーへの文句やこのヤバい状況についてしばらく話していましたが、オーナーに今日やってほしいと頼まれてしまったことと、このまま店の電気をつけたまま帰ることもできないため覚悟を決めました。
すると店長が
「H(私)、ネクタイはずせ」
私はネクタイを外すと店長もネクタイを外しひとつに結んで長いネクタイにして、私と店長のズボンのベルトにそれぞれの先端を縛り付けました。
「何があってもひとりで逃げるなよ、このネクタイは命綱だからな!」
店長は言いました。今考えるとコメディみたいですがその時はふたりとも真剣です。
ふたりは恐る恐る店のドアを開けました。
「ブーーーン」
今度は静かに何かが鳴っています。
例の部屋にふたりで入っていきました。
タオルの隙間から落ちたの物の正体、それは
手帳
でした。
その手帳は髪をまとめるゴムが何本もそして何重も巻かれていて、手帳のポップなデザインとそのゴムぐるぐる巻きの見た目はかなり不気味なものでした。
ただでさえ怖がっていた私は逃げ出しそうになりましたが、店長と私はネクタイの命綱でつながっています。
店長と私は見なかったことにしてごみ袋にそっと入れました。
そしてふたりで全部の部屋を片付けた後、ふたりでブレーカーを落としに行くと音の正体がわかりました。
店全体を冷やすエアコンからブーンと音がしています。
そのエアコンは相当古そうなものでした。
多分最初の大きな音はエアコンにガタが来ていて、たぶんブレーカーを上げてスイッチが入り、しばらくして動き出した時の始動音だったのではないかという結論になりました。
「完全に壊れてますね、あのエアコン」
すべての作業を終えて車に乗った私たちは汗でびっしょりでした。
そしてこの話には後日談があります。店泊していた女性は店が閉店する直前に突然いなくなった、業界でいう「飛んだ」らしいのですが、営業終了後ご飯を食べに行くといってそのまま帰ってこなかったらしいです。
しばらくして連絡が取れなくなっていた女性からまた働きたいと突然連絡があり、もう飛ばないと約束することを条件に、私が働いている店に店泊しながら働くこととなったのですが、どこから聞いたのか私に
「手帳なかったですか?あったはずなんですけど?」
と事あるごとに私に聞いてきました。
私はドキドキしながら知らないと言い続けていると、その女性は約束を破り
また突然飛んでしまいました。
連絡をしてもその女性の電話は解約されていて、その後一切連絡はありませんでした。