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ギリシア語で『ソクラテスの弁明』を読む (第二章)

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この記事ではプラトン『ソクラテスの弁明』を古典ギリシア語で読むための手助けとして、初歩的な復習も含めて一文ごと、一語一句すべての単語に細かく文法の説明をしていきます (不変化詞の繰りかえしは除いて)。今回は第二章 (ステファヌス版の 18a–19a) を扱います。

使用した本文や参考文献については第一章の記事の冒頭に掲げてあるのでそちらをご覧ください。

第二章 (18a–19a)

Πρῶτον μὲν οὖν δίκαιός εἰμι ἀπολογήσασθαι, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, πρὸς τὰ πρῶτά μου ψευδῆ κατηγορημένα καὶ τοὺς πρώτους κατηγόρους, ἔπειτα δὲ πρὸς τὰ ὕστερον καὶ τοὺς | ὑστέρους. ἐμοῦ γὰρ πολλοὶ κατήγοροι γεγόνασι πρὸς ὑμᾶς καὶ πάλαι πολλὰ ἤδη ἔτη καὶ οὐδὲν ἀληθὲς λέγοντες, οὓς ἐγὼ μᾶλλον φοβοῦμαι ἢ τοὺς ἀμφὶ Ἄνυτον, καίπερ ὄντας καὶ τούτους δεινούς· ἀλλ᾽ ἐκεῖνοι δεινότεροι, ὦ ἄνδρες, οἳ ὑμῶν τοὺς πολλοὺς ἐκ παίδων παραλαμβάνοντες ἔπειθόν τε καὶ κατηγόρουν ἐμοῦ μᾶλλον οὐδὲν ἀληθές, ὡς ἔστιν τις Σωκράτης σοφὸς ἀνήρ, τά τε μετέωρα φροντιστὴς καὶ τὰ ὑπὸ γῆς πάντα ἀνεζητηκὼς καὶ τὸν ἥττω λόγον κρείττω | ποιῶν. οὗτοι, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, οἱ ταύτην τὴν φήμην κατασκεδάσαντες, οἱ δεινοί εἰσίν μου κατήγοροι· οἱ γὰρ ἀκούοντες ἡγοῦνται τοὺς ταῦτα ζητοῦντας οὐδὲ θεοὺς νομίζειν. ἔπειτά εἰσιν οὗτοι οἱ κατήγοροι πολλοὶ καὶ πολὺν χρόνον ἤδη κατηγορηκότες, ἔτι δὲ καὶ ἐν ταύτῃ τῇ ἡλικίᾳ λέγοντες πρὸς ὑμᾶς ἐν ᾗ ἂν μάλιστα ἐπιστεύσατε, παῖδες ὄντες ἔνιοι ὑμῶν καὶ μειράκια, ἀτεχνῶς ἐρήμην κατηγοροῦντες ἀπολογουμένου οὐδενός. ὃ δὲ πάντων ἀλογώτατον, ὅτι οὐδὲ τὰ | ὀνόματα οἷόν τε αὐτῶν εἰδέναι καὶ εἰπεῖν, πλὴν εἴ τις κωμῳδοποιὸς τυγχάνει ὤν. ὅσοι δὲ φθόνῳ καὶ διαβολῇ χρώμενοι ὑμᾶς ἀνέπειθον—οἱ δὲ καὶ αὐτοὶ πεπεισμένοι ἄλλους πείθοντες—οὗτοι πάντες ἀπορώτατοί εἰσιν· οὐδὲ γὰρ ἀναβιβάσασθαι οἷόν τ᾽ ἐστὶν αὐτῶν ἐνταυθοῖ οὐδ᾽ ἐλέγξαι οὐδένα, ἀλλ᾽ ἀνάγκη ἀτεχνῶς ὥσπερ σκιαμαχεῖν ἀπολογούμενόν τε καὶ ἐλέγχειν μηδενὸς ἀποκρινομένου. ἀξιώσατε οὖν καὶ ὑμεῖς, ὥσπερ ἐγὼ λέγω, διττούς μου τοὺς κατηγόρους γεγονέναι, ἑτέρους μὲν τοὺς ἄρτι κατηγορήσαντας, ἑτέρους δὲ | τοὺς πάλαι οὓς ἐγὼ λέγω, καὶ οἰήθητε δεῖν πρὸς ἐκείνους πρῶτόν με ἀπολογήσασθαι· καὶ γὰρ ὑμεῖς ἐκείνων πρότερον ἠκούσατε κατηγορούντων καὶ πολὺ μᾶλλον ἢ τῶνδε τῶν ὕστερον.

Εἶεν· ἀπολογητέον δή, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, καὶ ἐπιχειρητέον || ὑμῶν ἐξελέσθαι τὴν διαβολὴν ἣν ὑμεῖς ἐν πολλῷ χρόνῳ ἔσχετε ταύτην ἐν οὕτως ὀλίγῳ χρόνῳ. βουλοίμην μὲν οὖν ἂν τοῦτο οὕτως γενέσθαι, εἴ τι ἄμεινον καὶ ὑμῖν καὶ ἐμοί, καὶ πλέον τί με ποιῆσαι ἀπολογούμενον· οἶμαι δὲ αὐτὸ χαλεπὸν εἶναι, καὶ οὐ πάνυ με λανθάνει οἷόν ἐστιν. ὅμως τοῦτο μὲν ἴτω ὅπῃ τῷ θεῷ φίλον, τῷ δὲ νόμῳ πειστέον καὶ ἀπολογητέον.

(1) Πρῶτον μὲν οὖν δίκαιός εἰμι ἀπολογήσασθαι, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, πρὸς τὰ πρῶτά μου ψευδῆ κατηγορημένα καὶ τοὺς πρώτους κατηγόρους, ἔπειτα δὲ πρὸς τὰ ὕστερον καὶ τοὺς ὑστέρους.

(直訳) それでは、アテナイの人々よ、私はまずはじめに、私の最初に受けた偽りの非難と最初の告発者たちに対して (弁明し)、しかるのちに後に (なされたこと) と後の (告発者たち) に対して弁明するのが至当である。

πρῶτον μὲν:「まず最初に」。後半の ἔπειτα δὲ「それから次に」と呼応している。
δίκαιός: 男単主。主語の「私」=ソクラテスに一致。
εἰμι: 現能直 1 単。
ἀπολογήσασθαι: アオ中不 < ἀπολογέομαι「弁明する」。δίκαιος を補足する不定法:「弁明するのが正当である」。
ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι: 男複呼。
πρὸς τὰ πρῶτά μου ψευδῆ κατηγορημένα: 中複対。ψευδῆ は形容詞 ψευδής, -ές「嘘の、誤った」の中複対。κατηγορημένα は κατ-ηγορέω「告発する、非難する」の完受分・中複対。冠詞 τά がついて名詞化されている。κατηγορέω はふつう「属格の人を対格のことで」という語法をとるので、受動分詞は能動形における対格目的語=告発された内容を指す (性からも明らかだが)。μου の属格もこの意味で理解できる。
τοὺς πρώτους κατηγόρους: 男複対 < κατήγορος「告発者、告訴人」。ここまで前置詞 πρός の範囲。
ἔπειτα: 副「次に、それから」。
πρὸς τὰ ὕστερον: 冠詞は中複対だが、よく見れば ὕστερον は中単対である。前の τὰ πρῶτα にあわせるなら ὕστερα が予期されるところで、じっさいバーネットの校訂本の異読資料欄を見ればそう書いてある写本もあるようだ。だが彼は ὕστερον のほうがよいと判断したようである。これは中性単数対格の副詞用法 (田中松平 §524; 水谷 練習 13 注 10) で「後に」 という意味であり、それが冠詞によって中性複数名詞化された形:「後になされたことごと」。裏にはもちろん前出 ψευδῆ κατηγορημένα が暗示されている。
τοὺς ὑστέρους: 男複対。κατηγόρους が省略。

(2.1) ἐμοῦ γὰρ πολλοὶ κατήγοροι γεγόνασι πρὸς ὑμᾶς καὶ πάλαι πολλὰ ἤδη ἔτη καὶ οὐδὲν ἀληθὲς λέγοντες, οὓς ἐγὼ μᾶλλον φοβοῦμαι ἢ τοὺς ἀμφὶ Ἄνυτον, καίπερ ὄντας καὶ τούτους δεινούς·

(直訳) というのも、すでに何年もまえから多くの人々が、真実なる何事をも言わずにおりながら〔=嘘ばかり言いながら〕、私の諸君に対する非難者となってきたのだが、この人たちを私はむしろアニュトスを取り巻く連中よりもいっそう恐れている。もっとも彼ら〔=アニュトスたち〕だって恐ろしいのではあるけれども。

ἐμοῦ: 1 単属。κατήγοροι にかかる:「私の非難者たち=私を非難する人たち」。目的語的属格というよりも、背景にある動詞の格支配 (非難相手は属格) を引きずっていると見られる。
πολλοὶ: 男複主。γεγόνασι の主語。
κατήγοροι
: 男複主。γεγόνασι の述語。
γεγόνασι: 完能直 3 複 < γίγνομαι「〜になる」。ただし、これを「生まれる」という意味にとるならば πολλοὶ κατήγοροι「多くの告発者たち」というまとまりで主語ともみなせる。久保訳「多くの弾劾者が諸君の前に現れたのであった」などはこれに見える。いずれにしても文意に大きな影響はない。
πρὸς ὑμᾶς: 2 複対。κατήγοροι を補う:「諸君に向かって」私を告発する者たち。
καὶ: 副「〜も」。続く副詞句を強めている:「何年も昔にも」。
πάλαι: 副「昔に」。
πολλὰ … ἔτη: 中複対 < ἔτος「年」。期間の対格:「多年の間、何年も」。
ἤδη: 副「すでに」。
οὐδὲν ἀληθὲς: 中単対。
λέγοντες: 現能分・男複主 < λέγω。その主語である πολλοὶ (κατήγοροι) に一致。
οὓς: 男複対。関係代名詞。φοβοῦμαι の目的語。先行詞は πολλοὶ (κατήγοροι)。
ἐγὼ: 1 単主。
μᾶλλον: 副「むしろ」。形から察せられるかもしれないがこれはほんらい比較級の副詞で、原級は μάλα「非常に、あまりに」という (『オデュッセイア』の冒頭でおなじみ)。
φοβοῦμαι: 現中直 1 単 < φοβέω「恐れさせる」。中動態では自分を恐れさせる=「恐れる」の意で、能動よりもよく見かける。
: 接「〜よりも」。これで並べられる場合比較の対象は同じ格に置かれる (田中松平 §498; 水谷 §73.1)。
τοὺς ἀμφὶ Ἄνυτον: Ἄνυτον は人名 Ἄνυτος の対格で、対格支配の前置詞 ἄμφί「〜のまわりに」に従っている。この前置詞句を冠詞 τούς によって名詞化している:「アニュトスの周囲にいる人々を」。
καίπερ: 接「とはいえ〜だが」。分詞を伴う。
ὄντας: 現能分・男複主 < εἰμί。
καὶ: 副「〜も」。
τούτους: 男複主。指示代名詞で、τοὺς ἀμφὶ Ἄνυτον を指す。ὄντας の主語。
δεινούς: 男複主。ὄντας の述語。

(2.2) ἀλλ᾽ ἐκεῖνοι δεινότεροι, ὦ ἄνδρες, οἳ ὑμῶν τοὺς πολλοὺς ἐκ παίδων παραλαμβάνοντες ἔπειθόν τε καὶ κατηγόρουν ἐμοῦ μᾶλλον οὐδὲν ἀληθές,

(直訳) だがあの人たちのほうがいっそう恐ろしいのだ、諸君、彼らは諸君のうちの大勢を子供時代から手もとへ引き入れて、(以下のように言って) 説得しては、なにも真実でないことを言って私を非難していたからだ。

ἐκεῖνοι: 男複主。指示代名詞。より遠い「昔からの多くの非難者たち」を指す。
δεινότεροι: 比較級・男複主 < δεινός。動詞 εἰσίν 省略。
ὦ ἄνδρες: 男複呼。
οἳ: 男複主。関係代名詞。
ὑμῶν: 2 複属。部分の属格。
τοὺς πολλοὺς: 男複対。
ἐκ παίδων: 男複属 < παῖς。
παραλαμβάνοντες: 現能分・男複主 < παρα-λαμβάνω「そばへ連れ出す」。
ἔπειθόν: 未完能直 3 複 < πείθω。過去の習慣・反復を表す未完了で、次の κατηγόρουν も同じ。
τε καὶ: τε と καί のあいだにはべつの単語がいくつも挟まる場合もあるが、ともかく〈Α τε (…) καὶ Β〉の形で τε の直前と καὶ の直後とを同列に結ぶ。それに気をつけていれば、ここでは ἔπειθον と κατηγόρουν とが同じ資格で並列されているわけなので、わかりやすい前者と比べることで後者の文法解析のヒントになる:前者が未完了時制の 3 複の定動詞だから後者もそうかもしれないと見当をつけられるわけである。
κατηγόρουν: 未完能直 3 複 < κατ-ηγορέω。これは慣れないと活用形の特定が難しい、とは前つづりを除いた語頭 η が加音で変わらないので過去形に見えにくいのと、語尾では -ε-ον → -ουν という母音融合があるから。この動詞は「属格の人を対格のことで告発する」という語法をとる。
ἐμοῦ: 1 単属。κατηγόρουν の告発相手の目的語。
μᾶλλον: これは少々厄介。この語を欠く写本もあるのであって、じつはバーネットのエディションではこの語はブラケット […] に括り入れられている;それはつまり校訂者はこれを余分だとみなしているという意味で、われわれもこれを省くことにしよう。ただ μᾶλλον があるとすればその比較対象は「アニュトスたち」で、真実を言っていた程度に関してこの昔の告発者たちが現在の告発者アニュトスたちよりも超えている、ことはまったくない (οὐδέν)、と解しうるか。
οὐδὲν ἀληθές: 中単対。κατηγόρουν の告発内容の目的語。

(2.3) ὡς ἔστιν τις Σωκράτης σοφὸς ἀνήρ, τά τε μετέωρα φροντιστὴς καὶ τὰ ὑπὸ γῆς πάντα ἀνεζητηκὼς καὶ τὸν ἥττω λόγον κρείττω ποιῶν.

(直訳) (すなわち彼らの言うには) ソクラテスとかいう賢い男がいて、空中のことごとについての考察家で地下のことごとの一切を探究してきたる者であり、劣った理屈を優れたものと化している〔=屁理屈を強弁している〕のだと称して。

ὡς: 接「〜として、といって」。第一章 (3) で見たように、他人が言っている理由の間接引用。
ἔστιν: 現能直 3 単。こういうアクセント位置になるのは ὡς の直後だから、かつ存在を意味する場合だから (水谷 §52.4)、両方が成り立っている。
τις Σωκράτης: 男単主。固有名詞に不定代名詞 τις がついているが、これは英語でも固有名詞に不定冠詞 a がつくようなもので、「ソクラテスとかいうよく知らない人」の意。ἔστιν の主語。
σοφὸς ἀνήρ: 男単主。τις Σωκράτης に同格の説明。「賢い男」というのはむろん皮肉である。
τά … μετέωρα: 中複対 < μετέωρος「空中の」。名詞用法で、限定の対格:「空中のことに関して」。
τε … καὶ: 同じ語句について (2.2) で言ったことへの補足になるが、τε の前の要素が 2 語以上からなるときはたいてい 1 語めの直後に τε が挟まる:つまり τε の直前には第 1 要素の始まりが置かれているのであって、ここでは τὰ μετέωρα φροντιστής という語群が並列の Α のほうである (残りはすべて καί より後ろ)。
φροντιστὴς: 男単主「考える人、思索家」。これも主語に同格の説明。文中の立ち位置としては続く 2 つの分詞と並列されているのであって、この語にも分詞 ὤν を補って考えるか、あるいはこの「思索する人」という行為者名詞はあたかも対応する動詞 φροντίζω「思索する」の現在分詞 φροντίζων みたいに思えばよい。後者の場合 τὰ μετέωρα の対格は直接目的語のごとくみなすことができる。
τὰ ὑπὸ γῆς πάντα: 中複対+女単属。前置詞句「地の下に」が冠詞の内側に入って形容詞的に働いている:「地下にある一切のこと」。ἀνεζητηκώς の目的語。
ἀνεζητηκὼς: 完能分・男単主 < ἀνα-ζητέω「探求する、研究する」。ζ は複子音なのでこれに完了の畳音がつくときは加音 ε- を用いる (田中松平 §126 (ロ); 水谷 §160.2)。
τὸν ἥττω λόγον: 男単対。ἥττω は κακός の不規則な比較級 ἥττων, -ον「より悪い、劣った」の男単対の一形。
κρείττω: 男単対 < κρείττων, -ον。ἀγαθός の不規則な比較級「よりよい、優れた」で、同上。
ποιῶν: 現能分・男単主 < ποιέω。英 make と同じで「A を B にする」の意で二重対格をとる。

(3.1) οὗτοι, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, οἱ ταύτην τὴν φήμην κατασκεδάσαντες, οἱ δεινοί εἰσίν μου κατήγοροι·

(直訳) アテナイの人々よ、こんな噂を撒き散らしたこの人たちが、恐るべき私の告発者たちなのである。

οὗτοι: 男複主。οἱ … κατασκεδάσαντες にかかる指示形容詞。
ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι: 男複呼。
οἱ … κατασκεδάσαντες: アオ能分・男複主 < κατα-σκεδάννυμι「撒き散らす」。εἰσίν の主語。なおバーネットの版ではこの οἱ が山括弧 ⟨…⟩ に入れられている。これは現存する写本には οἱ が見られないが本来はあったはずだと編者が判断して復元・挿入したことを意味する。もしないとすれば主語は文頭の οὗτοι だけで、この部分は分詞構文になる。
ταύτην τὴν φήμην: 女単対 < φήνη「噂」。
οἱ δεινοί … κατήγοροι: 男複主。冠詞つきだが述語。「‘いま言われたばかりの’ というような特に指示する意味があるので冠詞を取っている」(田中の注解による)。
εἰσίν: 現能直 3 複。

(3.2) οἱ γὰρ ἀκούοντες ἡγοῦνται τοὺς ταῦτα ζητοῦντας οὐδὲ θεοὺς νομίζειν.

(直訳) なにしろ (こんな話を) 聞く人たちは、そんなようなことを探究している者どもは神々を信じもしない、と考えるからだ。

οἱ … ἀκούοντες: 現能分・男複主 < ἀκούω。この冠詞つきの分詞の名詞用法はいくぶん一般化の趣きがあって (田中松平 §642)、「聞けば誰だって」という感じ。
ἡγοῦνται: 現中直 3 複 < ἡγέομαι「思う」。対格不定法を従えている。
τοὺς … ζητοῦντας: 現能分・男複対 < ζητέω「探す、探求する」。間接話法の対格主語。
ταῦτα: 中複対。(2.2) で言われた、ソクラテスが研究したとされる空中や地下の事柄。
οὐδὲ: 副「〜もない」。
θεοὺς: 男複対。νομίζειν の目的語。
νομίζειν: 現能不。間接話法のなかの動詞。

(4) ἔπειτά εἰσιν οὗτοι οἱ κατήγοροι πολλοὶ καὶ πολὺν χρόνον ἤδη κατηγορηκότες, ἔτι δὲ καὶ ἐν ταύτῃ τῇ ἡλικίᾳ λέγοντες πρὸς ὑμᾶς ἐν ᾗ ἂν μάλιστα ἐπιστεύσατε, παῖδες ὄντες ἔνιοι ὑμῶν καὶ μειράκια, ἀτεχνῶς ἐρήμην κατηγοροῦντες ἀπολογουμένου οὐδενός.

(直訳) それからこのような非難者たちは大勢で、すでに長いあいだ非難してきており、まだ諸君のうちの若干の者たちは子供や若者であった、諸君がもっとも信じ (やすかっ) たようなそういう年齢の時分においてさえ (彼らは) 諸君へ語りかけていたのであって、誰一人弁明する者のない、まるきり欠席裁判をしかけていたようなものなのだ。

εἰσιν: 現能直 3 複。
οὗτοι οἱ κατήγοροι: 男複主。εἰσίν の主語。
πολλοὶ: 男複主。εἰσίν の述語。
πολὺν χρόνον: 男単対。期間の対格:「長い時間」。
κατηγορηκότες: 完能分・男複主 < κατηγορέω。主語 κατήγοροι に一致。以下分詞が 3 つ続くが、あたかも活用形の定動詞であるように順番に訳していく。
ἔτι: 副「なお、まだ」。
ἐν ταύτῃ τῇ ἡλικίᾳ: 女単与。
λέγοντες: 現能分・男複主。κατήγοροι の行いを描く 2 つめの分詞。
πρὸς ὑμᾶς: 2 複対。
ἐν ᾗ: 女単与。ἐν ταύτῃ τῇ ἡλικίᾳ を説明する関係節。
ἂν … ἐπιστεύσατε: アオ能直 2 複。関係節のなかで〈ἄν+直アオ〉とくると過去の事実に反する仮定と即考えたくなるが、ここはそうではなく、過去における反復・習慣を表している (Smyth §1790)。
παῖδες: 男複主。ὄντες の述語。
ὄντες: 現能分・男複主。ἔνιοι を説明する分詞句。
ἔνιοι: 男複主「ある者たち」。ὄντες の主語。
ὑμῶν: 2 複属。部分の属格。
μειράκια: 中複主。これも ὄντες の述語。
ἀτεχνῶς: 副「まるで、まったく」。
ἐρήμην: 女単対 < ἔρημος「孤独な」。δίκην「訴訟」を補って理解する。ἐρήμη δίκη は「欠席裁判」のこと。
κατηγοροῦντες: 現能分・男複主。κατήγοροι を主語とする 3 つめの分詞。
ἀπολογουμένου: 現中分・男単属 < ἀπολογέομαι。
οὐδενός: 男単属 < οὐδείς。独立属格句の主語。

(5) ὃ δὲ πάντων ἀλογώτατον, ὅτι οὐδὲ τὰ ὀνόματα οἷόν τε αὐτῶν εἰδέναι καὶ εἰπεῖν, πλὴν εἴ τις κωμῳδοποιὸς τυγχάνει ὤν.

(直訳) だがなかんずくもっとも理屈にあわないことは、彼らの名前を知ることも言うことさえもできないということである。たまたま誰かが喜劇作者である場合を除いては。

: 中単主。関係代名詞。先行詞なしで「〜なもの」という名詞節を作っており、この節全体が外側の文の主語。
πάντων: 中複属。部分の属格:「すべてのなかで」。
ἀλογώτατον: 最上級・中単主 < ἄλογος「不合理な」。ἐστίν が省略されている述語。
ὅτι: 接「〜ということ」。この名詞節が外側の文の述語であり、2 つの節をつなぐ ἐστί とこれの先行詞に τοῦτο を補って考えるとよい。
τὰ ὀνόματα: 中複対。εἰδέναι καὶ εἰπεῖν の目的語。
οἷόν τε: 中単主。不定詞を伴い「できる、可能である」の意。英語の ‘it is possible to …’ のような非人称の中性単数。
αὐτῶν: 男複属。告発者たちを指す。τὰ ὀνόματα にかかる所有の属格。
εἰδέναι: 完能不 < οἶδα。
εἰπεῖν: アオ能不 < εἶπον (λέγω)。
πλὴν:「〜を除いては、以外には」。準前置詞としては属格支配。
τις: 男単主。不定代名詞。τυγχάνει ὤν の主語。
κωμῳδοποιὸς: 男単主「喜劇作者」。述語。まもなく第三章で名前が出てくるとおり、ここでは『雲』においてソクラテスを風刺したアリストパネスが念頭に置かれているのであろうが、ほかにも彼をネタにした喜劇詩人は複数いたらしい (アメイプシアス、エウポリスなど)。
τυγχάνει: 現能直 3 単 < τυγχάνω。分詞を補語に要求する。
ὤν: 現能分・男単主。

(6.1) ὅσοι δὲ φθόνῳ καὶ διαβολῇ χρώμενοι ὑμᾶς ἀνέπειθον—οἱ δὲ καὶ αὐτοὶ πεπεισμένοι ἄλλους πείθοντες—οὗτοι πάντες ἀπορώτατοί εἰσιν·

(直訳) それほど多くの者たちが嫉妬と中傷を行い諸君を丸めこんでいった。そしてその説得された当の人たちもまたほかの者たちを説得していく。こういう人たちがみんなとてつもなく厄介なのである。

ὅσοι: 男複主 < ὅσος「〜ほど多くの、するかぎりの」。
φθόνῳ: 男単与 < φθόνος「嫉妬、悪心」。χρώμενοι の与格目的語。
διαβολῇ: 女単与 < διαβολή「誹謗、中傷」。χρώμενοι のもう 1 つの与格目的語。
χρώμενοι: 現中分・男複主 < χράομαι「欲する、必要とする;扱う、利用する」。必要とするものは与格に置かれる。嫉妬や怒りなど感情を目的語とする場合は「感じる、経験する」とも訳せる。このようにギリシア語では 1 つの動詞で言われているが、「嫉妬と中傷を用いる」ではちょっと意味不明なので訳語に工夫を要する。
ὑμᾶς: 2 複対。
ἀνέπειθον: 未完能直 3 複 < ἀνα-πείθω「説得する、確信させる」。過去の反復的行為。
οἱ … αὐτοὶ πεπεισμένοι: 完受分・男複主 < πείθω。αὐτοί は冠詞の内側なので「同じ」の意だが、この場合日本語では「自身」と言ってもあまり違いは感じられない。
ἄλλους: 男複対。ここにはいわば 3 世代にわたる敵たちが描かれている:最初にソクラテスを中傷しはじめた者たち、その中傷を吹きこまれて自分でも拡散するようになった者たち、そしてその人たちに影響される残りの人たち。これがあまりに多く、大衆ゆえ特定することもできないわけである。
πείθοντες: 現能分・男複主。οἱ αὐτοὶ πεπεισμένοι の行いを描く。
οὗτοι: 男複主。主語。
πάντες: 男複主。主語 οὗτοι に述語的同格:「この人たちが全員〜だ」。
ἀπορώτατοί: 最上級・男複主 < ἄπορος「扱いづらい、面倒な」。
εἰσιν: 現能直 3 複。

(6.2) οὐδὲ γὰρ ἀναβιβάσασθαι οἷόν τ᾽ ἐστὶν αὐτῶν ἐνταυθοῖ οὐδ᾽ ἐλέγξαι οὐδένα, ἀλλ᾽ ἀνάγκη ἀτεχνῶς ὥσπερ σκιαμαχεῖν ἀπολογούμενόν τε καὶ ἐλέγχειν μηδενὸς ἀποκρινομένου.

(直訳) なぜなら彼らのうちの誰一人、ここ〔=法廷〕へ召喚することも問いただすこともできず、そのかわりに余儀なくされるのは、まるで弁明しつつ影と戦うこと、誰も答えてくれないのに反駁するというようなことである。

ἀναβιβάσασθαι: アオ中不 < ἀνα-βιβάζω「登らせる、引っぱりだす」。ここでは「法廷へ」ということが暗示されている。その証人たちを呼ぶのはソクラテス自身のためだという点で中動態が使われている。
οἷόν τ᾽ ἐστὶν:「できる」。前の ἀναβιβάσασθαι と後の ἐλέγξαι の 2 つの不定詞を従える。
αὐτῶν: 男複属。部分の属格で、οὐδένα の範囲を定める。
ἐνταυθοῖ: 副「ここで、ここへ」。
ἐλέγξαι: アオ能不 < ἐλέγχω「質疑・吟味する;反駁する」。
οὐδένα: 男単対。上記 2 つの不定詞の共通の目的語。οὐδ᾽ の否定のあとに οὐδένα があるが、このように合成否定詞があとにある場合はたんに否定を強めるのであって、二重否定=肯定にはならない (田中松平 §590; 水谷 練習 13 注 5)。
ἀλλ᾽: οὐδέ が 2 つ続いて ἀλλά、「A でも B でもなく C だ」ということ。
ἀνάγκη: 女単主「必要、必然」。ἐστί が省略されており、続く不定詞の行いを「することが必然である」。必要性を負う者は与格か対格で言われる。
σκιαμαχεῖν: 現能不 < σκια-μαχέω。これは σκιά「影」と μάχη「戦い」をくっつけて語尾を動詞化しただけで、そのまま「影と戦う、闇雲に戦う」の意。目的語をとる場合はふつう πρός+対格で表示されるので、次の語は目的語ではない。
ἀπολογούμενόν: 現中分・男単対 < ἀπολογέομαι。ἀνάγκη を補足する不定詞 σκιαμαχεῖν の動作主体に一致した対格。
ἐλέγχειν: 現能不 < ἐλέγχω。τε καί は同じ資格のものを並べるのであるから、ここでは不定詞 σκιαμαχεῖν と ἐλέγχειν とが並列されている。この 2 つは結局同じことを言いかえていると見られる。
μηδενὸς: 男単属。独立属格句の主語。
ἀποκρινομένου: 現中分・男単属 < ἀποκρίνομαι「答える」。

(7.1) ἀξιώσατε οὖν καὶ ὑμεῖς, ὥσπερ ἐγὼ λέγω, διττούς μου τοὺς κατηγόρους γεγονέναι, ἑτέρους μὲν τοὺς ἄρτι κατηγορήσαντας, ἑτέρους δὲ τοὺς πάλαι οὓς ἐγὼ λέγω, καὶ οἰήθητε δεῖν πρὸς ἐκείνους πρῶτόν με ἀπολογήσασθαι·

(直訳) それゆえ諸君は、私が言っているように、一方ではいまここにいる告発者たちと、他方では私が言っている昔からの (告発者) たちと、2 種類の私への告発者たちが現れているのだ、ということを是認したまえ。そしてその人たちに対して最初に私は弁明せねばならないのだと考えたまえ。

ἀξιώσατε: アオ能命 2 複 < ἀξιόω「正当・ふさわしいとみなす」。対格不定法の間接話法を従える。
ὑμεῖς: 2 複主。
ἐγὼ: 1 単主。
λέγω: 現能直 1 単。
διττούς … τοὺς κατηγόρους: 男複主。διττός「二重の」。間接話法の対格主語。
μου: 1 単属。κατηγόρους の非難相手。
γεγονέναι: 完能不 < γίγνομαι。間接話法の動詞。
ἑτέρους μὲν …, ἑτέρους δὲ …:「ある者は……またある者は……」。この全体が διττούς μου τοὺς κατηγόρους への同格の説明 (だから対格)。
τοὺς … κατηγορήσαντας: アオ能分・男複対 < κατηγορέω。
ἄρτι: 副「ちょうど、まさしく;まさに今」。次の πάλαι と対になっている。
τοὺς πάλαι: 男複対。副詞 πάλαι「昔」を名詞 (形容詞) 化しており、重複になる κατηγορήσαντας が省略されている:「昔の告発者たち」。
οὓς: 男複対。
ἐγὼ: 1 単主。
λέγω: 現能直 1 単。
οἰήθητε: アオ受命 2 複 < οἴομαι「思う」。アオリストでは受動形になるいわゆる受動型デポネント。
δεῖν: 現能不 < δεῖ「〜ねばならぬ」。
πρὸς ἐκείνους: 男複対。ἀπολογήσασθαι の弁明相手。誰を指すかはこの箇所だけでは決定打を欠くが、本章冒頭からの話や次の文と比べれば「昔からの告発者たち」でなければならない。
πρῶτόν: 中単対=副「最初に」。
με: 1 単対。δεῖν の従える対格不定法における対格主語。
ἀπολογήσασθαι: アオ中不 < ἀπολογέομαι。

(7.2) καὶ γὰρ ὑμεῖς ἐκείνων πρότερον ἠκούσατε κατηγορούντων καὶ πολὺ μᾶλλον ἢ τῶνδε τῶν ὕστερον.

(直訳) なぜなら諸君とても、あの古いほうの告発者たちからのほうが、この後のほうの (告発者) たちからよりもはるかにいっそう、(話を) 聞いたのだから。

καὶ: 副。
ὑμεῖς: 2 複主。
ἐκείνων … κατηγορούντων: 現能分・男複属 < κατηγορέω。起源の属格。
πρότερον: 比較級・副「以前に、より早く」。ここでは ἐκείνων κατηγορούντων のまとまりのなかに入っており、形容詞的:「以前のほうの告発者たち」。
ἠκούσατε: アオ能直 2 複 < ἀκούω。
πολὺ: 中単対 < πολύς。広がりの対格。副詞的に「ずっと、はるかに」の意で、比較級を強めている。
μᾶλλον: 比較級・副。
: 接。
τῶνδε τῶν ὕστερον: 男複属+副。ἐκείνων πρότερον と対になっている。κατηγορούντων 省略。起源の属格。ここで指示詞 ἐκεῖνος と ὅδε は、時間的な遠近に従って使いわけられているようである。

(8) Εἶεν· ἀπολογητέον δή, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι, καὶ ἐπιχειρητέον ὑμῶν ἐξελέσθαι τὴν διαβολὴν ἣν ὑμεῖς ἐν πολλῷ χρόνῳ ἔσχετε ταύτην ἐν οὕτως ὀλίγῳ χρόνῳ.

(直訳) そういうことで、いまこそ (私は) 弁明すべきである、アテナイの人々よ。そして (私は) 諸君から中傷を取り除くことを試みるべきである。諸君が長い時間のあいだに得てあるあの中傷を、かくも短い時間のあいだに (取り除けるよう挑戦せねばならない)。

εἶεν: 現能希 3 複 < εἰμί。「‘前おきはこれくらいにして,それでは’ という気持を示す.‘さて,それでは’ とか ‘まあ,それはそれとして’ とかいう意味」(田中の注解より)。これは願望の希求法で、「それらがそうであるように」ということ。日本語でも話の切りかえに「それはそうと」など言うのとよく似る。
ἀπολογητέον: 動形容詞・中単主 < ἀπολογέομαι。与格 μοι で表されるべき行為者「私によって」は省略されている。
δή: 副「いまや、すでに」。
ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοι: 男複呼。
ἐπιχειρητέον: 動形容詞・中単主 < ἐπιχειρέω「試みる」。
ὑμῶν: 2 複属。分離の属格。
ἐξελέσθαι: アオ中不 < ἐξ-αιρέω「取り去る、取り除く」。ソクラテス自身のためにという中動態。
τὴν διαβολὴν: 女単対。
ἣν: 女単対。ἔσχετε の目的語。
ὑμεῖς: 2 複主。
ἐν πολλῷ χρόνῳ: 男単与。
ἔσχετε: アオ能直 2 複 < ἔχω。
ταύτην: 女単対。前の τὴν διαβολήν にかかっており、関係節をまるごと挟みこんだ枠を作っている。それゆえ ἔσχετε の及ぶ範囲はここまでで、次の前置詞句はこの動詞には関わらないという仕切りのようにもなっている。
ἐν οὕτως ὀλίγῳ χρόνῳ: 男単与。ἐν πολλῷ χρόνῳ と対照をなしている。この対照を鋭く際立たせるために、さきほどの ταύτην は関係節が終わったあとの位置に置かれているのだろう。ἐξελέσθαι にかかる前置詞句。

(9.1) βουλοίμην μὲν οὖν ἂν τοῦτο οὕτως γενέσθαι, εἴ τι ἄμεινον καὶ ὑμῖν καὶ ἐμοί, καὶ πλέον τί με ποιῆσαι ἀπολογούμενον·

(直訳) 当然希望したいところだ、それがそのように成ることを——もし多少ともそれが諸君にも私にもよりよいことであるとすれば——、そしてそれ以上の何事かを私が弁明するなかで為せることを。

βουλοίμην … ἂν: 現中希 1 単 < βούλομαι「欲する」。可能性の希求法で、ここでは語調緩和として使われている (田中松平 §§504–5)。望む内容を対格不定法で言う。
τοῦτο: 中単対。指すのは前文の内容=弁明が成功して誹謗を払拭できること。間接話法の対格主語。
γενέσθαι: アオ中不 < γίγνομαι。
τι: 中単対。ここでは副詞用法で「なんらか、いくばくか」。
ἄμεινον: 比較級・中単主 < ἀγαθός。
καὶ ὑμῖν καὶ ἐμοί: 2 複与+1 単与。利害の与格:「諸君にとっても私にとっても」。
πλέον: 比較級・中単対=副 < πολύ「大いに」。あるいは τὶ を修飾しているともとれる:「なにかより大きなことを」。
τί: 中単対。ποιῆσαι の目的語。
με: 1 単対。もうひとつの希望内容を言う間接話法の対格主語。
ποιῆσαι: アオ能不 < ποιέω。間接話法の動詞。
ἀπολογούμενον: 現中分・男単対。主語 με に一致している分詞。

(9.2) οἶμαι δὲ αὐτὸ χαλεπὸν εἶναι, καὶ οὐ πάνυ με λανθάνει οἷόν ἐστιν.

(直訳) だがそれは難しいと私は思っているし、それがどういうふうなことか私はまったく知らないというわけではない。

οἶμαι: 現中直 1 単。οἴομαι の別形。
αὐτὸ: 中単対。間接話法の対格主語。
χαλεπὸν: 中単対。αὐτό に一致した述語。
εἶναι: 現能不。
οὐ: 以下全体を否定するものか。
πάνυ
: 副「まったく、あまりに」。
με: 1 単対。λανθάνει の目的語。「私の注意を免れる、私に知られずにすむ」ということは「私は知らずにいる」に等しい。
λανθάνει: 現能直 3 単 < λανθάνω「ひそかに〜する、注意を免れる」。
οἷόν: 中単主 < οἷος「どんな種類の」。論理上はこれの作る関係節が λανθάνει の主語。関係節内では ἐστιν の述語。
ἐστιν: 現能直 3 単。関係節内における主語は明示されていないが、いちばん近い中性のものは αὐτό である。だが諸家の訳には「今どういう事態なのか」(三嶋)、「この事件の性質」(久保) というように現在の状況全体を指すように解するものもある。

(10) ὅμως τοῦτο μὲν ἴτω ὅπῃ τῷ θεῷ φίλον, τῷ δὲ νόμῳ πειστέον καὶ ἀπολογητέον.

(直訳) とはいえども、それは神にとって好ましいしかたで成り行くがよい。そして (私は) 法律に従って弁明をなさねばならない。

ὅμως: 副「それにもかかわらず、しかし」。
τοῦτο: 中単主。
ἴτω: 直現命 3 単 < εἶμι「行く」。
ὅπῃ: 副「どのようにして」。関係副詞。
τῷ θεῷ: 男単与。利害の与格。
φίλον: 中単主 < φίλος「親しい、好ましい」。
τῷ … νόμῳ: 男単与 < νόμος「法律」。
πειστέον: 動形容詞・中単主 < πείθομαι「(与格の人に) 従う」。動形容詞といえば行為者が与格で示されるものであるが、この動詞のように与格目的語をとる場合にはその意味で与格が使われるので注意。したがってここでは (8) と同様、行為者を表す μοι は省かれている。
ἀπολογητέον: 動形容詞・中単主 < ἀπολογέομαι。


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