大槻『医学・薬学ラテン語』練習問題解説

本稿では大槻真一郎『医学・薬学ラテン語(三修社、改訂版 1976 年) の各課練習問題の解答を与え、また独習者にとってわかりづらいと思われる箇所を中心に随時解説を付け加えていきます。

〔6 月上旬に始めて数日で完成させるつもりでしたが、飽きて 1 ヶ月以上放置してしまい更新のめどが立たなくなったので、いったん第 7 課までで公開します (前期試験に必要とする人がいるかもしれないので暫定で。そのうち完成させます)。〕

第 1 課 (§7. 練習問題 1)

発音をカタカナで表記し、アクセントのある音節を太字で示しました。このさいどこからどこまでを太字にしているかにもご注意ください (§§4–5 で扱われている音節の区切りかたの例示になっています)。

(a) キドゥム、スピーリトゥス、ズィンクム、ラーディークス、ミストゥーラ、タベッラ、パパーウェル、クルス、パルキア、ヌス、アプセーンス、スプティーリス、ティーンクトゥーラ、ウルプス

とくに注意を要するものや、誤解を与えかねない点について補足説明します。「パルマキア」の ph は §3 の説明に従い帯気音で読みましたが、流儀によってはファでも構いません。「アプセーンス」「スプティーリス」「ウルプス」の b は、bs, bt という組みあわせなので [p] の音になります (これも §3)。

tinctūra「ティーンクトゥーラ」はじつは問題が間違っており本当は i は長音です。ただ、ここは母音じたいが長かろうが短かろうが tinc という音節全体として長音節であることに変わりがなく、そうすると韻律上どうでもよいということになりわざわざ長音符を付さない本や辞書も多いのです。

もうひとつ細かいこととして、absēns「アプセーンス」の後半部分のカナ表記は、やむを得ずこのように書きましたがきわめて語弊があり、本当は [seːns] ではないのです。本書には説明がないのですが、ns および nf の前の母音は「長い鼻母音」になるという規則があります。したがってこれは正確には [ap.sẽːs] という発音を表しています。「セーンス」と書くとまるで長いセーのあとにン [n] の子音が来るように見えますがそうではなく、この n の字は e を鼻音化することを表しており、舌先が前歯の裏につく [n] の音はないということです。より正確にカタカナで表現するなら「セース」と「センス」の中間とでも言うべきでしょうか。

(b) ゲルマーニア、トリア・ゲルマーノールム、エスト・クラーラ・テッラ。イン・ゲルマーニアー・スントフルウィイー・ムルティー。レーヌス・マーグヌス・エト・ラートゥス・フルウィウス・ゲルマーニアエ・エスト。イン・シルウィース・ゲルマーニアエ・スントフェラエ・ムルタエ。ベッラ・ゲルマーノールム・スント・マーグナ・エト・クラーラ。プルス・ゲルマーニアエ・ベッルム・エト・プロエリウム・マト・エト・サエペ・クム・フィーティミース・プーグナト。

1 音節の弱い語は太字にしませんでした (2 つある存在の意味の sunt は例外)。patria の tr はひとまとまりで扱う子音群なので pá-tri-a という分節になります。māgnus, pūgnat の gn もそうする流儀はあろうかと思いますがここでは分割して前の音節に入れました。なおこれらの語の ā, ū は短とするほうが一般的かと思われますが今回は問題文に従いました。

第 2 課 (§14. 練習問題 2)

以下、解説コメントは訳文のあとに亀甲括弧〔〕に入れて示します。

  1. 薬学は科学である。
    〔英語やフランス語において science という語が現在ふつうにイメージされるような理系の「科学」という意味を得たのはようやく 19 世紀のことです。したがって古典ラテン語ではこのような訳はありえず、薬学のための近代ラテン語として解釈したことになります。〕

  2. ゲルマーニアには少女たちがいる。
    〔練習問題の下の Nota (1) に書かれているとおり、この文頭にある sunt は「〜である」ではなく存在の意味です。したがって「少女たちはゲルマーニアにいる」は ✕ です。なお Germāniā というのは in のあとで奪格語尾 -ā になっているわけで (Nota (3))、訳すときには国名の基本形として主格に直して「ゲルマーニア」とカナ書きするべきです。〕

  3. ディアーナ (アルテミス) は純粋な女神である。
    〔pūra は pūrus の女性単数主格形で、修飾する名詞 dea に一致しています。巻末の語彙集や辞書で引くときには pūrus だと思って探す必要があります。〕

  4. おおバラよ、おまえは美しい。おまえの香りは私にとって甘い。
    〔es は 2 人称単数の活用形ですから、「君は」という主語が含まれているわけです。そして呼びかけの相手であるバラは女性名詞ですから述語も pulchra という女性形になっています。第 2 文頭の tuus は男性主格形ですが、これは odor が男性名詞だからです。このように、所有形容詞の性というのは所有されるものに一致しているのであって、所有者の性には関係がありません。〕

  5. おおギリシアとイータリアよ、そなたらは輝かしい国々である。

  6. 丸剤 (複数形) の塊が紙 (複数形) の近くにある。
    〔語形変化に注意してもらうべく本課では複数形を明示しますが、次課以降は適宜省略します。なおこの massa ですが、教科書のように「塊」というよりは「多量」と訳したほうがわかりよいかと思われます。このさい英語などと同様で、a mass of 何々という形、つまり物のほうが属格 (of) に置かれるわけで、日本語では「多量の丸剤」という形になります。〕

  7. 水剤が瓶のなかにあり、樟脳のカプセル (複数形) が壺のなかにある。
    〔後半において、capsulae と cāmphorae は第 1 変化ですからどちらも単数属格・単数与格・複数主格でありえます。このさい与格は文意に合いませんから排除するとして、動詞が sunt ですから主語は複数主格でなければなりませんから、どちらかが複数主格でもう一方が単数属格ということになります。すると「樟脳のカプセル」か「カプセルの樟脳」かという二択が残るわけですが、これはじつは文法的には決めようがありません。文脈や意味を考えてどちらがありそうかを読み手が判断するわけです。〕

  8. コルネーリアは詩人の娘である。ユーリアは水夫の娘である。
    〔前問と同様、poētae と nautae は可能性としては複数主格でありえますが、複数主格だとしたら文の主語にならねばならず、そうすると動詞は sunt でないと合いませんから、この可能性は棄却されます。このとおり、ラテン語では語順ではなくて名詞や動詞の語形から文の構造を決める必要があります。〕

第 3 課 (§20. 練習問題 3)

  1. 私は考える、ゆえに私はある。
    〔「我思う、ゆえに我あり」という訳で有名なデカルトの言葉。この形はデカルト自身の表現ではなく原文はフランス語であることもいまでは有名でしょう。〕

  2. 詩人の娘たちはラテン語を愛する。
    〔fīliae が複数主格の主語、poētae が単数属格の所有者と解してこのように訳すのがいちばん素直でしょう。ただ、逆にとって「娘の所有する詩人たち」というのが文法的に不可能なわけではありません。第 3 の解釈として、どちらも複数主格の同格的説明で「詩人である娘たち」というのも絶対に無理ではないにせよ、女性詩人なら poēta ではなく poētria (複主 poētriae) または poētris (複主 poētridēs) を使うべきかと思われます。

  3. 私は君に薬学と医学を教える。
    〔doceō は教える相手 (ここでは tē) と教える内容 (pharmaciam et medicīnam) との二重対格をとります。〕

  4. 薬屋は注意して薬を貯蔵する。

  5. 歯医者は水剤をよく振る。

  6. 彼らは薔薇水 (=ローズウォーター) を作り着色する。
    〔なかなか難しい問題です。まず fōrmant, colōrant が 3 人称複数の動詞ですから、主語が複数でなければいけません。そうすると rosae が複数主格ではないかと思って「薔薇たちは水を作り着色する」と訳してしまいたくなります。というか、文法的にはそれも許容されます。しかし著者の意図としては rosae は単数属格であることは、巻末の和羅語彙集に「バラ水 aqua rosae」が本問の番号とともに載っていることで確かめられます。aqua rosae は昔の B.P. (英国薬局方) や U.S.P. (米国薬局方) にも rose water として出ています。したがって主語は明示されていない「彼ら」です。〕

  7. 私は水夫たちと農夫たちのために巧みに踊る。

  8. ヒッポクラテースは教える、ガレーヌスも教える、だが自然はより安全に教える。
    〔偉大な医師たちよりもなお、自然そのものがいっそう確実なことを教えるという意味です。教科書に示されている「安全に」という訳語は少々わかりづらいですね。医師たちは人間ですからどんなに偉大な医師でも間違う、それで彼らの教えは「安全・確実」ではないというわけです。〕

第 4 課 (§25. 練習問題 4)

  1. 私はガラス (=試験管) のなかで試す (=実験する)。

  2. 文学は逆境における慰めである。
    〔adversōrum は中性名詞 adversum「逆境」の複数属格。主語は逆にとって「慰めは文学である」としても構いません。〕

  3. 農夫と詩人は友人 (どうし) である。
    〔-que の使いかたを確認してください:§24 Nota (1)。〕

  4. 薬剤師は薬をすばやく混ぜる。

  5. 山の住人は多量のリンの丸剤をもっている。
    〔massa の訳しかたについては練習問題 2 の 6. の解説をご覧ください。なお巻末語彙集で mōnticola の o に長音符が載っているのは誤りです。その前後の mōntānus, mōnticulus と、mōns の属格 mōntis についても同様。主格 mōns だけは ō で正しいので、それ以外を消しておいてください。〕

  6. 心の消失 (=失神) とは何か。
    〔このような「〇〇とは何か。——✗✗である」という式のそっけない短文の一問一答形式は中世における学問の入門書の一典型です。これもそういう医学の入門書からとった文かもしれません。〕

  7. 少年は少女に嫌われている。
    〔puellae は属格・与格どちらでもありえますが、意味に違いはなく、「少年は少女にとって厭わしいものとしてある=少女から嫌われている」ということになります。〕

  8. 私は神であるばかりでなく人間でもある。
    〔「神ではなく人間である」と間違えないように。nōn は直後の sōlum を否定しており、nōn sōlum …, sed etiam はそっくり英語の not only …, but also にあたります。訳せても状況はよくわかりませんがともかく訳としてはこうなるほかありません。キリストの発言でしょうか。〕

  9. 眠りのとき (=就寝時に) アスピリンの錠剤を娘に医師は与える。
    〔いまさら注意することでもないかもしれませんが、このように語順が自由なので格語尾をよく見ることが必須です。〕

  10. アトロピン、カフェイン、コカイン、エフェドリン、モルヒネ等はアルカロイドである。
    〔cetera は ceterus の中性複数で「他のものら」。この et cetera は etc. という形で現代でもおなじみです。〕

第 5 課 (§31. 練習問題 5)

  1. 彼らは生きてはいるが健康ではない。

  2. 彼らは聞きはするがなにひとつ学ばない。
    〔dīscunt は discunt の誤字です。〕

  3. ゆっくり急げ。
    〔「急がば回れ」にあたることわざです。〕

  4. 混ぜ、与え、表示せよ。

  5. アスピリンの錠剤を糖衣で包め。
    〔saccharō は道具の奪格といい、「〜で、〜によって」の意です。〕

  6. サントニンの丸剤を 30 個与えよ。
    〔numerō は現代語の No. (ナンバー) の由来であり、Nota (2) にあるとおり薬学ラテン語でもこう略記しますが、だからといって「番号」と混同しないようにしましょう。コンビニのタバコのように薬品棚に番号がついていて「サントニンの 30 番」という意味ではありません。問題を解くには説明が足りないのが悪いのですが、第 9 課 §58 まで行くとはっきりわかります。ちなみにこの奪格は限定の奪格といって、「数については 30」という用法です。〕

  7. 12 個の分包に分けよ。

  8. 夜と朝に薬を服用せよ。
    〔medicinās は medicīnās の誤字です。〕

  9. 命の水をたくさん飲め。
    〔属格 vītae は aquam にかかっており、これが bibite の目的語です。すると multum はなにかと言うと、これは中性単数対格の副詞用法で「多く、たくさん」の意です (そのことは次の課の §36.2 に出てきますからまたしても説明不足です)。もし aquam にかかる形容詞で「多量の水」だとしたら女性単数対格で multam とならないといけません (意味としては大差ありませんが)。〕

  10. 魂は神由来の (ものである)。

  11. 我食す、ゆえに我あり。

第 6 課 (§38. 練習問題 6)

  1. 薬は苦い。

  2. 私は金がほしい。
    〔§35 (1) に見られるとおり、形容詞 cupidus は属格の補語を要する、つまりこの形容詞の使いかたとしてほしいものは属格で表されるということです。ちなみに「私」が女性なら cupida になりますから、この人は男性だとわかります。〕

  3. 1 日 3 回食事のまえに冷たい水を飲め。

  4. 純粋なローズウォーター 100 cc をとれ。
    〔aquae rosae pūrae は属格として centimetrōs cubicōs 100 にかかっており、後者が recipe の直接目的語です。日本語なら「100 cc のローズウォーター」と言うところですが、ラテン語では英語などと同様のかかりかたになっています (§12 Nota (2))。〕

  5. 知恵に満ちた忠告を詩人は送る。
    〔cōnsilia は複数対格の目的語で、これを形容詞 plēna が修飾して一致しており、sapientiae は plēna を補足する属格です。〕

  6. 逆境が偉人たちを試す。
    〔magnōs は magnus の男性複数対格で、これは形容詞の名詞用法で「偉大な人たち」ということです。試す、試験するというのは「はっきりさせる」とか「証明する」のように訳したほうが伝わりやすいかもしれません。火が黄金を試すように、逆境によって偉人が偉人であることがわかるということです。〕

  7. 食事に節度ある者は自分自身にとって医者である。
    〔ラテン語は韻を踏んだ言葉遊びになっており、そのために動詞もありません。格言やことわざの文体で、訳には工夫がいります。直訳すると上のとおりですが、まともな日本語にするなら「適度な食事で医者いらず」という感じでしょうか。〕

  8. 真に知るとは原因を通して知ることである。

  9. 塩酸と水酸化ナトリウムを 20 cc ずつよく混ぜよ。
    〔hydrochloricī は hydrochlōricī の誤字です。〕

  10. 同様に摺り、8 つの分包に分け、食前に日ごと 2 回か 3 回飲め。
    〔divide は dīvīde の誤り。terve は ter「3 回」に -ve「〜か」がくっついたものです (§24 Nota (1))。〕

第 7 課 (§44. 練習問題 7)

  1. 医師が薬剤師に処方箋を書く。

  2. 薬剤師への処方箋が医師によって書かれる。

  3. 言葉から鞭打ちへ。
    〔ことわざらしく、似た単語を対比させて動詞なしにまとめた文。日本語でも「舌は禍の根」と言いますね。〕

  4. 哲学によって人は善くかつ強く完成される。
    〔少し離れていますが bonus と fortis が同じ男性単数主格で並列された形容詞です。これは修飾ではなく述語的形容詞で、efficitur の補語です (英語で言えば become+形容詞)。〕

  5. 愛は黄金によっては買われない。
    〔emitur は emō の受動態 3 人称単数です。〕

  6. 優れた人々から称賛され、劣った人々から非難されることは誉れである。
    〔ā probīs laudārī と ab imbrobīs improbārī とは一見して明らかなように対義語による対比になっており、かつその間が接続詞なしで並べられている (文法用語で asyndeton といいます) ということで、いくぶん格言ふうの引き締まった文体と呼べます。〕

  7. 病人にサントニン錠をチョコレートとともに与えよ。

  8. 糖尿病に対する水剤を作れ。

  9. 口を通して (=経口で) 薬を用いよ。
    〔ūtere は ūtor の命令法 2 人称単数で、Nota (2) にあるとおりこの動詞は用いる物を対格ではなく奪格にとる決まりです。〕

  10. ウリュッセースは最高の敬虔でもってミネルウァ女神を敬っている。
    〔ウリュッセースは英語読みのユリシーズ、あるいはギリシア語名のオデュッセウスのほうが有名でしょう。ミネルウァはアテーナーにあたります。summā pietāte の奪格は「〜で、〜とともに」を意味する具格的奪格です。〕

第 8 課 (§53. 練習問題 8)

  1. (以下後日更新予定)

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