菩薩の祈り 「入菩薩行論 回向品」
菩薩行への導きとなるこの論を著したことで、 私が積んだすべての善根を、 あらゆる衆生に回向します。
どうか彼らが速やかに菩薩の行いに至りますように。
あらゆる世界の、身体や心が苦しみに苛まれる者たちに、
私が積んだ福徳をもって、 安らぎの大海をもたらすことができますように。
輪廻が尽きるその果てまで、 この安楽が決して失われることなく、
衆生が菩提の果てしない歓喜を、常に享受できますように。
あらゆる世界のすべての地獄、 そこにいるすべての有情たちに、 安らぎと喜びが訪れますように。
(八寒地獄にいる)極寒に苦しむ者たちが暖を得られますように。
菩薩の妙なる大雲から、 限りない花の雨が降り注ぎ、
(八熱地獄にいる)熱に苛まれる者たちが清涼を得られますように。
近邊地獄に生える剣の葉の木々が、 (諸天の庭園にあるような)心地よい白檀の林へと変わりますように。
刺々しい木が満ちる丘陵には、 如意樹(願ったものをなんでも出してくれる木)が生い茂りますように。
鷲や白鷺などの鳥たちが、 調和の取れた歌声を響かせて優雅に舞う中、 地獄の恐怖が消え、 芳しい香りの蓮池が大海のように広がりますように。
燃え盛る煻煨地獄が宝の蔵となり、
灼熱の鉄の地面が滑らかな琉璃地へとなり、
眾合地獄の山々が壮麗な宮殿に変わり、
その殿堂で十方の如来が満ちて供養を受けますように。
焼けつく鉄の丸や降り注ぐ剣の雨が花々の雨となり、
等活地獄で互いを斬りつける者たちが、
天界の花々を互いに散らし合い、
怒りに燃える心が、慈しみに変わりますように。
無限に広がる猛火の大河に沈み、
肌が焼けただれ、
骨が露わになり、クムダ花(青蓮華)のようになった者たちが、
私の積んだ善根の力によって、
天人の身体を得て、
天女たちと共に、
清らかな沐浴池でゆったりと体を癒すことができますように。
なんという不思議なことだろうか。
ここにいる凶悪な閻魔の獄卒や猛禽の鵰鷲たちが、
皆恐れおののき、力を失っている。
暗黒はすべて消え去り、
あらゆる者が安らぎと喜びを得ている。
これはいったいどんな方の神聖な力によることだろうか?
いかなる威力を持つ存在が
これほどの奇跡をもたらしたのか?
頭を上げ、仰ぎ見ると、
天空に現れた金剛杵を持つ者(金剛手菩薩)の姿を目にする。
その姿は光輝き、威光に満ちて、そこに留まっている。
これを目にした者たちは大いなる歓喜を抱き、
その威光の力によって、
自らの罪の穢れを清められ、
その願いに従って、
安らぎの世界へと生まれ変わることができますように。
香り高い水と、繊細で美しい天の花々が降り注ぎ、
地獄の猛火はたちまち消え去り、清涼な静けさが訪れる。
何ゆえに突然このような安らぎと心地よい喜びが生じたのか?
どうかすべての地獄にいる有情が、蓮花を手にする母(観音菩薩)の姿を見ることができますように。
恐怖に震える仲間たちよ、 どうか私たちのもとへ。
どんな神聖な力が苦しみを取り去り、 突如として安らぎをもたらしたのだろうか。
五つの髻を結った童子が、
すべての衆生を皆救済しようと、大いなる菩提心を奮い起こし、
光輝く威光を放ちながら、無畏の施しをもたらすために降臨する。
帝釈などの諸天が天の冠を、
瞳に大悲の涙をたたえたその方(文殊菩薩)の妙なる蓮華の足元に捧げ、
頭上から、無数の美しい天界の花々が雨のように降り注ぐ。
愛らしい楼閣には、百千の天女たちが集い、優美な歌声を響かせている。
その姿を目にし、歓喜の声を上げながら互いに呼び合う。
どうか地獄にいるすべての有情が、このようにして文殊菩薩の姿を見ることができますように。
私が積んだ善根の力をもって、
普賢菩薩のように、
全ての障害を離れた清らかな歓喜をもたらす雲が現れ、
地獄の有情たちが法の香り、 清涼な甘露の雨を浴びて歓喜を得ますように。
どうか全ての傍生たちが、 互いに食い合う恐怖を離れますように。
全ての餓鬼たちが、北倶盧洲の人々のように、
飢えや渇きのない安楽を得られますように。
観音菩薩の慈悲の手から白い乳が流れ落ち、
彼らが満腹になり、その身体が常に清潔になりますように。
目の見えない者が見えるようになり、
耳の聞こえない者が聞こえるようになり、
妊婦たちが災いに遭わず、 天女のように楽に出産できますように。
体を覆う物のない者たちが衣を得られますように。
飢えた者が糧を得られますように。
渇く者が清らかな水を得て、その水が甘く香り高いものとなりますように。
貧しさに苦しむ者が宝の蔵を得られますように。
憂いと悩みに沈む者が歓喜を得られますように。
落胆している者が皆勇気を奮い起こし、
その行いが揺るぎなく成し遂げられますように。
病に苦しむすべての有情が、
速やかに癒され、力を取り戻しますように。
病気でない者たちが、
長きにわたり健康で、災いや患いがありませんように。
恐れに震える者たちには、どうか無畏を、
束縛されている者たちには、どうか解放を。
力を失った者たちには、どうか力を授け、
すべての者が互いに思いやり、慈しみの心を起こしますように。
すべての旅人たちが、
どこへ向かおうとも常に安楽でありますように。
遠くへ旅する際に求めるあらゆることが、
無理なく成就しますように。
船で航行するすべての者たちが、
心に願うことを必ず成し遂げられますように。
安全に岸辺の停泊地へと到達し、
親しい人々と再会して、共に喜びを分かち合えますように。
さまよい悲しむ者たちが、
旅の途中で良き仲間と出会えますように。
盗賊や猛獣に脅かされることなく、
疲れや苦労を感じることなく、目的地に無事に到達できますように。
荒野で道に迷い、恐怖に怯える者たちよ、
愚かさや老いに苦しみ、頼るべきもののない者たちよ、
眠りや酔い、狂気に囚われた者たちよ、
どうか諸天が君たちを守護し、支えますように。
どうかすべての衆生が、「八無暇」(仏法を修行する妨げとなる八種の境界)から解放され、
正しい信心、智慧(般若)、そして慈悲を完全に備えますように。
衣食など生活のための資材が十分に満ち足り、
どの世においても常に正念を保つことができますように。
宝物が虚空に満ちあふれ、
その受用において決して不足を感じることがありませんように。
争う必要もなく、不利益を受けることもない、
心穏やかに安らぎ、思いのままに受用できますように。
もし威光が弱く、他者に軽賤される有情がいるならば、
その威光が雄々しく増しますように。
遁世苦行によって荒れ果てた身体が、
美しく愛される身体へと変わりますように。
すべての女性たちが、
(女性である存在は煩悩が深く、修行を妨げる要因が多いため)
男性に変わりますように。
すべての卑賤な者が高い地位を得て、
さらに、高位が故の慢心を打ち砕くことができますように。
私はこのすべての功徳を、余すところなく一切の有情に回向します。
どうか彼らがすべての罪を断ち切り、常に善法に安住しますように。
菩提心が永遠に離れることなく、
菩薩の行いが常に勇猛でありますように。
すべての仏に護られ支えられ、
諸々の魔の妨げがことごとく断たれますように。
どうか一切の(善趣に生まれた)有情たちが、
尽きることのない長寿を得ますように。
常に安楽を享受し、
「死」という言葉やその響きさえも聞くことがありませんように。
(諸天の)如意樹の林と歓喜園には、
仏と仏子たちが満ちあふれ、
正法の教えを微妙な音声で宣べ伝え、
その音がすべての方角に響き渡りますように。
どうか大地のすべての場所が、
砂礫や丘陵が一切なくなり、
手のひらのように平らで、
柔らかく清らかな琉璃地へと変わりますように。
周りにいる眷属の中には、
菩薩(自利よりも利他を切に願い、実践する存在)が極めて大勢居り、
それぞれの美徳を身の飾りとして輝いている。
どうかこのような地上に安住できますように。
水鳥や樹林、光明、さらには虚空から、
流れるような説法の声が絶えず響き渡る。
すべての有情が常に諸仏と仏弟子たちに出会えますように。
そして無限の供物を捧げ、無上の師を供養できますように。
天界の神々が時宜にかなった甘い雨を降らせ、
すべての作物が豊かに実りますように。
国を治める王が正法に基づいて政治を行い、
世の中が平和で繁栄しますように。
薬草には病を速やかに治す力があり、
真言の誦持により悉地(成就)が得られますように。
また、空行薬叉たちが、
すべて慈悲深く憐れみを持つ存在となりますように。
すべての有情が苦しみから解放され、
罪や穢れに染まることなく、
どのような迫害や恐怖も受けることがありませんように。
さらに、一切の有情が安心と喜びに満ちた生活を送り、
安楽でない者が一人もいませんように。
すべての僧伽や僧院に住まう者たちが、
真言を誦持し、その力が増大して善き道に安住しますように。
僧伽の集いが和合し、心を一つに調和し、
すべての僧伽の活動が法に則って成就しますように。
戒を守り学処を護ろうと努める比丘たちが、
清らかな阿蘭若(修行に適した静かな場所)を得られますように。
散乱する心がすべて遠ざかり、
寂静の中で心を修め、軽安の境地が生じますように。
比丘尼たちが四縁(清浄な生活や修行に必要な条件)を具足し、
争いごとから遠ざかり、災いを受けることがありませんように。
このように、すべての出家者が清らかな戒を守り、
いかなる損傷もありませんように。
もし戒を犯した場合には、速やかに清められ、
罪の根が常に尽きていきますように。
安楽を得て善趣に生を受け、
引き続き戒律を損なうことなく守り続けられますように。
すべての智ある者が尊敬を受け、
托鉢するときには、その器が満たされますように。
身も心も清らかであり続け、
十方に広く讃えられますように。
悪趣の苦しみを二度と経験することなく、
また、諸々の苦行に努める必要もありませんように。
天人にも勝るような優れた身体で、
速やかに正覚を成就しますように。
すべての有情が、
幾度となく如来に供養を捧げる機会に恵まれ、
如来の計り知れない妙なる安楽を、
常に享受できますように。
すべての菩薩たちは衆生を利益し、
悲心をもって思い続け、その願いを成就されますように。
その悲心に依る憶念の力によって、
すべての有情が円満を得ますように。
同じように、独覚や声聞たちも、
どうか皆、安楽を得ますように。
どうか私も、文殊菩薩の恩によって、
速やかに歓喜地(菩薩の第一地)に至ることができますように。
生まれ変わるたびに、正念を失うことなく、
常に出家して梵行に励むことができますように。
どうか私も、食事に困ることなく、
わずかばかりの米や麦で身を養いながら、
生まれ変わるたびに、常に阿蘭若に住み、
あらゆる修行が円満に成就しますように。
拝したい、あるいは少しでも教わりたいと思うならば、
いつでも
尊き依怙(よりどころ)である妙吉祥(文殊菩薩)を、
何の障害もなく常に拝見することができますように。
十方の虚空の果てまで、
そこに存在するすべての有情を利益するために、
文殊師利が行われたことを、
どうか私も同じように実践できますように。
虚空が尽きるまで、世界が尽きるまで、
そしてすべての衆生が尽きるまで、
私は常にこの世にとどまり、
一切の衆生の苦しみをことごとく除きますように。
願わくは、一切の衆生の苦しみがすべて我が身が代わりに受け、
一切の菩薩僧が衆生に安楽をもたらしますように。
有情の苦しみを癒す唯一の薬、すべての安楽の生じる源である聖なる教え(仏法)が、世に恒久にとどまり、衆生の供養し敬うべき依処となりますように。
いかなる恩寵によって私がこの菩提心を発したのか、
聖なる妙吉祥(文殊菩薩)に恭敬礼拝します。
いかなる恩寵によって私がこの教えを宣揚するのか、
私もまた善知識の師に恭敬礼拝します。
聞・思・修などのすべての善行や、礼拝・供養といったわずかな善根であっても、それが絶え間なく流れ続け、ますます増大していくように願います。この功徳を回向し願いを充実させ、すべての有情が歓喜を生じますように。