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「僕は、腹黒いんです」無人決済店舗スタートアップが大企業から生まれた理由

作家で実業家の北野唯我さんと新規事業家・守屋実さんが、「未来をつくる人を増やすための教科書づくりプロジェクト」の一環として行っている定期対談。前回に引き続き、ゲストをお迎えして、事業づくりのポイントや面白さ、課題について語り合いました。

今回のゲストは、TOUCH TO GO株式会社の代表取締役社長・阿久津智紀さん。同社はJR東日本スタートアップ株式会社とサインポスト株式会社から生まれたカーブアウトスタートアップで、無人決済システムを開発してコンビニなどへの導入を進めています。

最新テクノロジーで省人化を実現するソリューションはどのように生まれたのか、JRという大企業の中でどのようにキャリアを積み、事業づくりに携わるようになったのかなど、阿久津さんの人柄を表すようなエネルギッシュなトークが交わされました。

その鼎談の模様を2回にわたってレポートします。

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無人店舗への手ごたえを感じた実証実験


北野:最初に阿久津さんの簡単な自己紹介と「TOUCH TO GO」について伺ってもよろしいですか?

阿久津:阿久津智紀と申します。2004年にJRに入りました。最初の3年間ほどは駅にあるコンビニの店長をしたり、株式会社JR東日本ウォータービジネスという新会社(2021年4月に株式会社 JR 東日本クロスステーションとして合併)立ち上げのタイミングで一番若手としてつっこまれ、「1日3時間しか寝るな、寝るから眠いんだ」という謎の指導を受けたりしました(笑)。

そのあと行政と一緒に新しい事業を起こそうということで、青森に連れていかれ、シードルというりんご酒を造るプロジェクトをやりました。その後本社に戻り、JREポイントというプロジェクトに参画。

2017年ごろ、新しいことをしたいなと考えていたタイミングで始まったのがJR 東日本グループのアクセラレータープログラム「JR東日本スタートアッププログラム」です。このときから守屋さんとはいろいろお付き合いさせていただいています。JRは異様に広いアセットを持っているので、それをスタートアップに開放してPoC(新たなアイデアの実現可能性を示すための実証実験)をして、うまくいけば出資もするというのが特徴で、リアルな場に落とし込んでいく事業をやっています。

その中でサインポストさんと2017年12月から実証実験をしました。これが無人店舗の取り組みの元となっています。その間にカーブアウト(企業が事業の一部を外部に切り出し、ベンチャー企業として独立させる経営手法)という形でJR東日本スタートアップとサインポストさんから資本を出して、株式会社TOUCH TO GOという会社をつくりました。

2020年3月から高輪ゲートウェイ駅に実店舗をつくっています。今、当社は総勢30名ほどで、ほとんどがエンジニアです。その知見を生かして大企業さんとアライアンスをしています。守屋さんには雑談にお付き合いいただいたり、ファイナンスの部分でご相談したりしています。

北野:記事を読んだりお話を聞いたりして、「無人決済は将来どうなるのか」というところが気になりました。阿久津さんは無人決済の未来はどうなっていくと見られていますか?

阿久津:当初は、「難しいだろうな」と思っていました。そもそも僕は自販機で食品を売りたいなと思っていたんですが、それはなかなか難しかった。買ってもらえないんですね。だから無人店舗も「世の中にインパクトを与えるネタになればいいや」くらいの感じで取り組んでいました。ただ、無人店舗の実証実験を大宮で実施したときに、「これならお客さんは普通に買ってくれるな」という実感があって。このやり方を突き詰めればいけるんじゃないかと感じ始めたのが2017年でした。

合言葉は「自分の母親でも使えるか?」


北野:自販機では買わないけど、無人店舗では買うって面白いインサイトですね。それはなんでだったんですか?

阿久津:それは未だに謎なんです。自販機だと1個しか買えないというユーザビリティの部分なのか、食べ物がボトッと落ちてくることに対しての不信感なのか。感覚的に思うことはありますが、データでの実証ができてないので仮説段階ではあります。とはいえ、その時は認識技術がまだまだだったので、普通の商品がクリスマスパッケージになると読み込むのに時間がかかるなど、かなり非効率な動きをしていましたけど。

北野:2017年当時と2021年でいうと技術的にどう変化したんですか?

阿久津:大きく3つ変わりました。1つは「人を捕捉する技術」が格段に上がったこと。2つ目は、ここ一番重要だと思うんですけど、バックエンド側の仕組みをつくり込んだことです。棚替えしたり商品登録したり1日の売上を締めたり、こういった業務をアルバイトさん1人でも回せるようにつくり込みました。3つ目は、現金も使えるようにして、決済の多様性を担保したこと。現段階ではこの3つを進化させてきた形です。

北野:2つ目のバックエンドの話、すごく面白いですね。何かの記事で阿久津さんが「自分の母親でも使えるようにサービス設計している」とおっしゃっていました。やっぱりそれは重要なことですよね。

阿久津:そうですね、そこだけはメンバーとも合言葉にしていて、技術やサービスを考えるときに、「これ母ちゃん使えねぇだろ」みたいな話をよくします。ここに立ち返ることをとても大事にしています。

組織から逸脱しすぎず、染まりすぎないバランス感覚


北野:守屋さんから見て、阿久津さんの「事業をつくる人」としてのすごさをどの辺りに感じていますか?

守屋:阿久津さんは「持続的な瞬発力」があるんですよ。

北野:「持続的な瞬発力」、守屋さんがよく言うキーワードですね。

守屋:日本語としては間違っていますけど、まさにそんなイメージです。信じられない馬力で動いていて、「そういう人が切り開いていくんだなぁ」と思います。先ほど阿久津さんが言っていた「3時間しか寝るな、寝るから眠いんだ」って言われた時代に鍛えられたのかもしれませんが、本当に阿久津さんの突進力、推進力はすごいですよ。

北野:お話していても、エネルギーがあふれ出ている感じがします。

守屋:あと、むちゃくちゃいいなと思っているのは、大きな会社の組織にいても「組織人」になっていないところです。長年組織にいると悪い意味で組織人になってしまいますが、何か突破したいときには変に社内政治に従属しすぎているのは良くない。もちろん組織の和を乱しすぎるのはダメだと思いますが、阿久津さんはその辺りのバランスがいいです。突進力は強いけれど、横柄な態度はとらないし、無謀なことはしない。ここは結構大事なところだと思います。

北野:確かに。阿久津さん、そこは意識されているんですか?

阿久津:僕は腹黒いんだと思いますよ。

北野:腹黒い?

阿久津:最終的に何が損で何が得かを考えて動いているからです。自分がやりたいことを実現するためには、面倒な会社のルールでも、うまく使えばお金が出てきたりするので。使えるものは自分のために使おうと思っています。一方で、僕は大企業にいてそのまま出世するのは全然面白くないと感じていて、鶏口牛後でいう「鶏」の先頭にいたほうが生きている感じがするんです。

北野:聞いていて、サーファーみたいな方だなと思いました。いわゆるベンチャー起業家などですと、そこに波があるかないかは関係なく飛び込んでいくイメージですが、阿久津さんは、「波があるなら乗ったほうが良いじゃん、でもそうじゃないときには自由に生きるよ」みたいな感じの印象です。

阿久津:僕が大企業に所属していてよかったなと思うのが、大企業の論理が感覚的にわかることです。今はスタートアップの人間として働いていますが、日常的にお付き合いするのはアライアンス先の大企業の方なので、大企業との付き合い方が身についていることはよかったなと思っています。

「夢中にはかなわない」社内起業に向いている人とは?


北野:阿久津さん、守屋さんは、大企業での社内起業、またはカーブアウトに向いている人の要素は何だと思われますか?

阿久津:社内起業とか、守屋さんの他の事業もそうですが、何も突拍子もないことをしているわけではないんです。淡々と自分のスキルを広げていって、自分の領域に打ち込んでいたら、いつの間にか時代が追いついた。そんな人たちが多いのではないかと思います。実務を究めまくっている人や、その背景に興味を持って深堀りしている人が多いですし、そういう人が社内起業には向いているかなと思っています。

北野:守屋さんも同じですか?

守屋:はい、夢中にはかなわないと思います。自分の好きなものを一生懸命やっているパワーあふれる人と、「上司は今何を考えているんだろう」「今期の俺の評価はどうなるんだろう」と目が泳いでいる人だったら、明らかに力強さは違いますよね。

北野:阿久津さんのご経歴を見るとカーブアウトが特徴的ですが、カーブアウトのメリットとは何でしょうか。また、カーブアウトするときのポイントがあれば教えてください。

阿久津:1つは、基本的に僕らがやろうとしていることは研究開発型なので、先行投資、つまり「お金」がまず必要です。だからこの会社は、いきなり資本を投下できるパターンでつくりました。2つ目はやっぱり「人」です。どんな人を集めるかがポイントです。

北野:その中で、特にここは外しちゃいけないポイント。それこそ社内稟議の話かもしれないですし、最初の資本金の入れ方かもしれないですし、仲間の集め方かもしれませんが、何かアドバイスはありますか?

阿久津:そういう意味では、僕も今、戦ってもがきながら制度をつくっている部分があります。守屋さんに相談していることですが、現状、創業した人の頑張りに報いる制度が日本にあまりないんですね。カーブアウトは日本に向いた起業の形だと思うので、その頑張りに報いる制度や仕組みを生み出して、ケースが増えればいいなと思っています。

守屋:どうしても日本は、一国二制度みたいなものが許されなくて。「なんで阿久津だけに株持たせるんだ」とか、「なんで阿久津だけにストックオプション持たせるんだ」みたいな議論が出てきてしまう。せっかくリスクをとって頑張っている人に相応のリターンがいかないというのが、難しいポイントです。

TOUCH TO GO では、阿久津さんが十分に経済的なリターンを得られるスキームができていませんが、後追いでもいいから、可能な限りリターンを得られるような形をどうにかつくれないか。これは金のためというよりは、健全な経済性、リターンを求めているだけだと思うので。

北野:それ本当にわかります。既存の大きなオペレーションの中で働かれる方と、そこから飛び出して新しいことをやられている方って、取っているリスクが全然違うじゃないですか。「お金は親会社から出ている」と言われるかもしれませんが、その人がかけている時間、求められているレベル、心血かけた情熱みたいなものが全然違う。だからお2人がおっしゃることは本当にそうですよね。

阿久津:でも大企業って、1つ前例ができると、急に通りやすくなるので、今は生みの苦しみの時期で、1つ事例をつくれればいいかなと思います。

意志を持った人をいかにつくるか?


北野:コロナによって移動のニーズが減ったと思います。阿久津さんから見て、この状況や時代をどう捉えていますか。

阿久津:元々、JRもそういう未来が来ることをわかって動いていたのですが、コロナで時代が5年くらいジャンプしてしまった世の中で、いち早くやり方を変えないといけないと思っています。

北野:ただ、これまで20年間や30年間、JRで働かれてきた方たちは、JRに最適化された技術を身につけてこられている。その技術が5年後や10年後に必要とされなくなると考えると、その方たちがどうやってトランスフォーメーションしていくのかは難しい問題ですよね。

阿久津:そうですね。めちゃめちゃ難しいと思います。

北野:守屋さんだったらどういうアドバイスをされますか?

守屋:全員を変わらせるのは無理だと思うし、それはやっちゃいかんと思います。ただ、阿久津さん1人ではJR全部は変えられないので、阿久津さんみたいな人を増やした方がいいのは確か。だからどうやってそういう人をつくるかですよね。JRという大企業の中には優秀な人はたくさんいるし、意志をもった改革を担える人が阿久津さんしかいないなんてことはありえない。うまく環境を変えたりして芽が出ればなと思っています。

北野:守屋さんと阿久津さんに共通して感じるのは、「再現性をどれぐらい担保できるのか」です。一般的に、勉強ができる人はリスク取らなかったり、ガッツがなかったりしますよね。もちろん両方持っている人はいますが、事業をつくる人の再現性ってどうやったら出るのかな?と思います。

阿久津:本人が再現性を考えたら小さくまとまってしまう気がするので、僕は部下を自分のように育てようとは一切思っていません。そういうものってつくろうとしてつくれるものではないですから、守屋さんがおっしゃるように、環境を与えることでその中から何人かが出てくるみたいな形でいいんじゃないかと思います。

守屋:そう思います。変に指導をしようとすると、マニュアル化、手順化しなきゃいけないと思いますが、そんなことをしている間にクリエイティブな部分や突破力が落ちてしまうと思うんです。だから「突破させない環境をとにかく除く」ことが大事な気がします。

後編に続く)


― SHOWSでは、今後も定期的に公開対談を行ないます。北野さんや守屋さんと一緒に「未来をつくる人を増やす本」をつくってみませんか?
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