小説/黄昏時の金平糖。【V*erno】#19 アカペラ
木暮葉凰 6月3日 金曜日 午後5時40分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
「ただい、、、ん?」
さっきまで元気だったわらべが、綺麗な体育座りで、しかも顔を伏せている。
「おーい、わらべー?」
「あぁぁぁぁ、、、」
「大丈夫そ?」
わらべは力なく唸って、全身の力が抜けたように、膝に頬を付けた。
「、、、音楽ってさぁ」
「?」
小さな声で低く唸るものだから、なかなか聞き取りにくい。それでも聞こうと、俺は耳を傾けた。
「音楽って、やっぱ才能のあるやつじゃないと無理だよなぁ、、、」
そういうことか。
こんなことでへこむなんて、わらべらしくない。
俺は、隣に座りながらあっさりと言った。
「音楽なんて誰でもできるよ」
「、、、」
「音楽に型は無いからね。自分の好きなように、好きな表現で、好きなやり方で気軽にトライできる。楽器が無いなら声を武器にするし、もちろん楽器があるなら技能を味方にできる。それも無理なら自分で楽器を作る」
「、、、?」
「ほら、最近はお菓子の空箱とかをドラムに見立てる人もいれば、木琴を改造して並べかえて、ボールを落として奏でる人でさえ。自分の隠れた特技を披露できるし、自分を最大に魅せることができる」
「、、、」
何も言わずに、わらべが顔を上げる。
「音楽って自由だよなぁ」
俺も、自由が欲しかったなぁ。
ずっとルールに、トラウマに縛られないで、翼を大きく広げて学生生活を謳歌したかった。
それさえ、これからも多分無理だ。
なのに、わらべと、音楽と居るとどうしても希望の光が見えてくるようになるのはなぜだろう。
当のわらべは無表情のまま言った。
「、、、アカペラで歌ってみていい?」
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後5時45分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
もう一度、立ち上がった。
音源無しで、声だけで歌う。正直恥ずかしいところはあるのだか、やっぱり歌わないと意味がない。
わさびに届けるために、ましてはわたにも届くように歌うんだ。
音楽なんて誰でもできる。
音に捕らわれてどうしても歌いにくいなら、周りの音をなくせばいい。自分の音だけに、集中すればいい。
俺は目を閉じて息を吸う。
目を開けて、同時に声を出した。
「──♪!」
なんだか、どんどん口が先を行く。
どんどん音を奏でていく。
「、、、!」
葉凰が少し目を見開いた。
「──♪!!、、、」
多分終わった、これで演奏が、終わった。
肩で息をしながら何かが胸でざわめく。
そうだこれなら、アカペラなら、わさびの心に届けられる。
葉凰が拍手しながら、申し訳なさそうな声をかけてきた。
「なんか、ごめんな」
「え?」
「やっぱすごいわ、わらべ」
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後5時50分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
わらべは俺に水筒を手渡す。俺はそれを受けとる。
「なんかさ、ボイトレとか言って本格的なことしてたけど。そんなんよりさ、自然体のわらべの歌が好きだな」
寂しそうな笑顔で、なんだかミスったな、という口調で葉凰は話した。
「、、、でも、でもさ!」
分かる。本格的なことをやろうとして、でもそれより俺の素の方が優って聴こえてしまったのだろう?
「音楽をさっき教えてくれたのはお前だよ」
「、、、あぁ」
「もっと自由に、もっと創造的に。どうしても音に捕らわれるんだったら、音をなくそう、“天体観測”を俺だけの音にしようって」
「うん」
しっかり相槌を打ってくれている。
「だからありがとう、葉凰!音楽って最高だな!」
手を差し出す。だから、と話を繋げたつもりだったのに、全然繋げてなかったことに気づいて、少し焦りながら。
音楽はなかなか悪いものじゃなかった。
歌っているときだけ、スポットライトを浴びているように、なんだか俺だけがキラキラと輝いているような感覚に陥った。
すごく素敵で、すごく楽しかった。
葉凰は少しためらいながら、でも困ったような笑顔で「こちらこそ」と俺の手を握った。
そういや、と俺は話を切り出す。
「アカペラ、他の人のもなんとなく聴いてみたいかも」
「そうだよな、色んな表現方法もっと知りたいしな」
葉凰にスマホを渡される。俺は慣れない手付きで操作をし始めた。電子機器なんて、全然使ったことが無い。
やっとのことで、検索ボタンを押すと色々でてくる。
「一番上のにするか」
と、俺は押した後に気づいた。
「え、アカペラなのに6人?」
葉凰も気づいた。
「リレー形式で歌うんじゃないかな?」
そうじゃなかった。
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後6時00分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
「、、、!」
音楽、というか、音声が流れてくる。
楽器は無いはずなのに、ドラムの音がする。たくさんの声が重なって聴こえる。音楽の授業の合唱みたいな。
身近にあるようなのに、なんだか、なんとも言えない。ただただ、すごい。
俺もこんな風に歌いたい。
これが、アカペラ。
「、、、あっ」
いつの間にか、音楽が終わっていた。葉凰もはっとしたように、画面から目を離す。
「、、、すごかったな!!」
俺は目を見開いて、バクバクと跳ねる心臓を宥める暇もなく、葉凰の腕を掴んだ。
「あぁ!言葉で表しようがないくらい本当に、ただすごかった」
俺が知ってるアカペラは、一人で歌うだけのものだった。
でも、これは違う。
みんなで、一つの音楽を声で完成させる。
「俺、低い音が好きだったな!かっこいい!」
「俺は歌の方だな。独走するときなんて、本当にかっこよかった」
わくわくしながら、淡々とした言葉で感想を語り合う。
やばい、俺。
俺、アカペラが大好きになりそう。
続
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次回もお楽しみに!
それじゃあ またね!