小説/黄昏時の金平糖。【V*erno】#18 思い出
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後5時30分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
、、、どれだけやっても、やはり上手く歌えない。
入るタイミングを教えてもらっても、いつの間にか遅れていってるし、音程はバラバラだし、上手くできたと思ったら歌詞が飛ぶし、もうかれこれ30分ほど歌い続けた。
葉凰がお手洗いに行っている間、この部屋には俺一人だ。
ふざけているわけじゃないし、むしろ早く上手く歌えるように必死に食らいついている。
歌うって、才能を必要とするものなのだろうか。
俺は音楽をやったことがないし、というか音楽は苦手な方だ。
やっぱり俺には無理なのか、そうやって思った。
木暮葉凰 6月3日 金曜日 午後5時35分
愛知県 夏露町 黄昏家
部屋に戻ろうとして、引き返した。
二階のトイレを使おうと思ったが、なんだか悪い気がして、階段をうろうろしていたら、まつりさんが声を掛けてくれたのだ。
だから一階のところを借りた。
引き返したのは、俺の視界に入った写真が気になったからだ。
よく見てみる。
映っているのは、大人数の人だった。ざっと数えて、10人くらい。センターに笑顔でピースしている少年少女三人と、渋々ピースしている少女一人の四人。その後ろには、小学6年生くらいの少年少女三人と、高校生くらいの少女一人。笑顔だったり、少し照れていたり、いろんな表情。さらに横や後ろには大人が計5人。独りは赤子を抱いているから、その子を入れると全体で14人だ。
どこで撮っているのだろうと気になって、さらに近づくと後ろから「おっ」という声が聞こえた。
「その写真、気になる?」
まつりさんだ。
「あぁ、ちょっと気になって。これって、なんの写真ですか?」
「これはね、8年前の写真なの」
「8、年前?」
そんなに昔の写真なのか。
「このかわいい笑顔で映ってる3人が左からヒョウくん、わらべ、わさびちゃん。隣で嫌々ピースしてる子がわたちゃん。」
ヒョウ、わらべ、わさび、わた。右の3人は聞いたことのある名前だ。ヒョウは無いけど。
俺は相槌を打ちながら黙って聞いた。
「後ろの人が左からわたちゃんのお兄さんのカナト、私、カスミ。小学6年生だね。隣はわさびちゃんの知り合いのお姉さんのマユさん」
予想は当たっていた。やはり、小学6年生。カナトと呼ばれた人は、細くて若干タレ目で、わたに似ている。
わさびの知り合いが隣だったのか。
「その他後ろにばーっといるのがみんなの家族。ここのおばあちゃんに可愛がられてるのがヒョウくんの弟くん。1才だったかな。」
ヒョウの弟。生まれたばかりだったのだろう。
というか、色々気になることがある。まず、家族が父母が四人しかいないこと。そして、おばあちゃんと、知り合いだと言っていたマユさん。この中で血のつながりが無さそうなカスミさん。
しかし、俺はなんとなく聞くことをやめた。
これだけでも、わらべのプライバシーにズカズカと踏み込んでしまっている。
「、、、そうなんですね。これは、花火大会?」
後ろに花火が映っている。
「そう、これ花火大会の写真なの!夏露町花火大会」
夏露は花火で有名だ。八季市よりも、はるかに。
「、、、まぁ、最近はもう、みんなで行ってないんだけどね」
まつりさんが懐かしそうに、どこか寂しげに、笑いながら言う。
多分、前わらべに聞いた幼馴染みが関係しているんだろう。
俺が、ここから聞くのをさすがに断ろうとすると、まつりさんが口を開いた。
「でもこれ以上言うと、わらべに怒られそうだから止めるねー。練習、頑張って!」
この人は、終始素敵な笑顔だ。
「ありがとうございます」
まつりさんはリビングに走っていった。
改めて写真を見る。写真の中のわらべは、無邪気な笑顔で俺を見つめていた。