小説/黄昏時の金平糖。【V*erno】#17 特訓
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後4時30分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
「あぁぁぁぁ、、、」
息切れしながら、小さく悲鳴を上げて倒れた。
バスケを辞めて2年でこんなに体力が落ちるとは。でも、体力テストには響かなかったけどなぁ。
「わらべお疲れ」
笑いながら俺の隣に座る葉凰。
「ここで疲れてたら次は続くのかー?」
なっ、と思った。
多分俺、煽られてる。
「まだまだ行けるっての!」
思いっきり立ち上がって、葉凰の方を向いた。
「次は何すればいい?」
返事はすぐだった。
「ボイストレーニング」
「ん?な、なんて?」
聞き馴染みのない横文字。
「だから、ボイストレーニング。上手く歌うためには順を踏まないとな」
「声のトレーニングってこと?」
「あーっと、そんな感じ、、、?あー、なんていうかー、、、説明しずらいから実践!」
取り敢えず直訳したが、さっぱり意味が分からない。説明しずらいのか、ボイストレーニングって?
「まずは基準のドの音、声出せる?」
「えーと、、、」
んー、と発声してみせた。
「そうそう!上手いじゃん」
「よしっ」
意外と上手く行けてたみたいだ。
「その音覚えててね。ドレミレドレミレドレーって、“お”の発音で歌える?」
「任せろ!」
俺は“お”の発音で歌ってみせた。
「おぉ、、、もしかして合唱部だった?」
「違うよ笑、上手かった?」
「すごいや、その調子で一個ずつ音を上に上げれる?」
「レミファミレミファミレーって?」
「そじゃなくて、さっきのやつを半音上げるってこと」
「は、半音?」
「あー、、、あ、そうだ」
さっきはできても、そういう専門的なものは覚えていない。
葉凰はスマホにピアノの画面を呼び起こした。
「ん?何これ」
「ピアノだよ。これで音が出る」
スマホをタップすると、音が出た。
「すご!」
「これに合わせて歌えばできるんじゃない?」
「よし、葉凰演奏たのんだ!」
俺は、肩幅に足を開いた。
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後4時50分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
水筒に入っているお茶を一気に飲んだ。喉がガラガラしている。声がカスカスだ。
「低い声はよく出るんだな」
「あー、そうみたいだな」
さっき、だんだんと高くしていったら、シの音までしか出なかった。が、低くしていったら、だいぶ下のミの音まで出た。
その後も、空中自転車漕ぎをしながら、線路は続くよどこまでも、と歌ったり、リップロールをしたり、20分のレッスンが行われていた。
「休憩したら早速歌お」
「おお!来た来た!」
もちろんここまでも楽しかったのだが、一番の楽しみは、「天体観測」を歌うことだ。
勢いよく立ち上がる。
「歌える?」
「歌えるよ!」
即答した。ちゃんと聴いてたし、きっと歌える。
「んじゃ、音源流すからよろしく」
「任しとけ!」
葉凰は動画サイトを開き、「天体観測」を履歴から再生する。
と、音楽が流れてきた。なんだっけ、最初ってイントロって言うんだっけか。と、俺は不思議なことに気づいた。
─あれ、歌が始まらない?
なんでだろう。いつもならこの辺で歌が始まるのに、なんだか遅い気がする。曲も少しさみしい?
いろんな疑問が飛び交う中で、俺ははっとした。
これって、伴奏だけ─
ぶつっと音が途切れた。我に返るように顔を上げる。
「歌、始まってたよ」
「えっ、それってさ伴奏だけ?」
俺が不思議そうな顔をすると、葉凰は普通の顔で、「そりゃそうじゃん」と言った。立て続けに「歌は自分で歌うんだよ」とも。
「ええ、、、」
葉凰はかすかに笑った。
俺は考える。それじゃあ一向に上手くできないじゃないか。
それでも、俺はわさびに聴いてもらいたい。絶対に上手くなって、それから。
「じゃあ、タイミングだけ教えてよ」
「ん、分かった」
もう一回、と葉凰は再生ボタンをタップした。