天の糸【不思議な話】
その現象を初めて発見したのは、アメリカ南東部に住む15歳の男の子だった。ふと空を見上げると、純白で途轍もなく細長い紐の様な物が見えたと言う。不思議な形の雲かと思ったが、それにしては風に靡く様子も無ければ大きさも変わる様子も全くない。そしてその紐は自分以外には見えず、近付けば手の届く高さにあると気付くのに時間は掛からなかった。
その紐は世界中で発見された。他人が観測出来ないが為に実証のしようが無かったが、100例どころでない証言によって瞬く間に世界中の注目を集めた。
ある医者は偶発的に起こった視覚の異常だと言い、ある宗教家は神が齎した御業だと言った。そのどれもが推論だったが、その紐は見えている本人にならば触れる事は、唯一確かだった。
数多くの人が紐の最終地点を目指し、老若男女問わず幾度となく挑戦した。しかしあまりの高さに大多数は登頂を諦め、中には落下して死ぬ人もいた。
数年が経ち、皆の熱が冷めつつある中、誰も知らぬ所である少年がその紐に挑戦した。
彼はヨレヨレのタンクトップに穴の空いたスニーカー、それと一日分にも満たない食料を腰に下げて登り始めた。周りに止める者は誰も無く、ゆっくりと時間を掛けて着実に登っていく。あまりに軽いその体は風吹けば飛ばされそうな程だったが、むしろ紐と一体となり共に揺れるのだった。
食料が尽き雨を飲み、そして雲を抜けても紐は続いていた。
体から水分は抜けきり思考する事も無くなった頃、ふっと体が軽くなり、紐とは別の何かを掴んだ。それは柔らかくも固くも無く、しかし確かにそこにある雲の様な感触で、彼は掬いあげられるようにその上に立ったのだった。
それは果てしなく続く草原、あるいは海原にも似ていた。透明でもあったし白くも黒くもあり、七色の虹にも似ていた。
ぐるりと周囲を眺めていると、ポツンと1人の少女が彼と同じく立っていた。示し合わせた様に歩き出し、2人は出会った。恐らく国も違えば言葉も違う。何が話せるかなど関係なかった。
違う2人の間で1つ確かな事は、下にはもう戻る場所は何処にも無いという事だけだった。