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コトリバコについての考察

皆様、如何お過ごしでしょうか、久賀池知明です。
自室の荷物整理をしていたら何年か前に使用していたノートを掘り起こしまして、その中にコトリバコの考察があったので書いてみたいと思います。

※あくまでただの考察です。そういうものと思ってお楽しみください。

そもそもコトリバコって何?

コトリバコとはネット上で大いに拡散された新しめの都市伝説の一つです。同時期に出たものとして
・くねくね
・八尺様
・てんそうめつ
・きさらぎ駅
・両面宿儺(呪術廻戦のあれ)
などがあります。現実にいるかはさておき、話としては大変良く出来た物ばかりなので、よければ検索してお読みください。

さて、本題のコトリバコですが
・時代は遡り、1860~80年頃に作られた箱状の「呪物」
・からくり箱の様な仕掛けがしてある
・呪いの強さが1~8段階ある
・作るためには子供を生贄にする必要がある
・恐らく島根県隠岐地域が発祥
・呪いを受けるのは女と子供だけ
・呪いを受けると内臓がねじ切れて死んでいく
・知られていないだけで、全国に無数に存在している
・呪いが薄まるのに200年くらいかかる
という事が分かっています。
使い方は至って簡単。ただ触らせるだけ。あるいはその家の軒下にでも置いておけば能力を発揮します。しかも解呪する方法が無い。
実在すれば無茶苦茶怖いですね。都市伝説で良かったです。
更にパズルの様な仕掛けがしてあり、子供が興味を持ちやすく、解けなければ他の人にも聞いて回るでしょう。そうして女子供を根絶やしにして、その家を潰すというのがこのコトリバコの目的なのです。
それ故に漢字表記するならば「子取箱」となるわけです。

作成方法

呪いはそう簡単に作り出せるものではありません。それも人を殺す程のものですから、相当な準備が必要なはずです。
両面宿儺は奇形児を集め、彼らで蠱毒を行い作り出されたものです。蠱毒とは一つの瓶の中に毒虫や害虫を入れて殺し合い、残った一匹を使役して相手を呪い殺す道具にすることを言います。それを人でやったのですから、凄まじい状況だったのは言うまでもありません。
コトリバコでは、子供を生贄にする必要があります。分かっている事としては
・最高でも10才未満の子供
・可能ならば生まれたばかりの赤子が望ましい
・殺した人数によって呪いの強さが変わる
・9人以上では箱が作れない
・殺す時に「〇〇を恨め、他を恨め」と言う
・子供の部位の他に、動物(恐らく雌)の血で満たす必要がある
・部位は赤子の指、へその緒が必要
これだけではない様ですが、現状私が把握しているのは上記です。
ただ赤子を殺して箱に詰めるだけではない所が、より人間の残酷さと執念を表しているなと思いますね。
10才未満の子供とありますが、年齢というよりは初潮、精通していない子供だと考えられます。大人の影響を受けやすいのはやはり子供ですから、悪意を持たせるには無垢なもの程適しているのでしょう。
人数が最大で8人との事で、一説には9人以上にすると作成した者がはじけ飛ぶなんてありました。はじけ飛ぶは無いにしてもそこだけ妙に明確な数字が使われています。呪いがおさまるのに200年かかるらしいのですが、もし9人以上で作った場合、呪いが永続化するのではないでしょうか。まあそもそも200年なんて半永久みたいな年数なのであれですが。あるいは妖怪化するとも考えられます。永続化の延長みたいな感じでしょうか。
四国中国地方に伝わる「七人ミサキ」という死霊がいるのですが、そういうものになるかもしれませんね。
七人ミサキをテーマにした怪談がありますので、よろしければお読みください。(※短編集に収録しているものなので有料となってます)

「材料」についての解釈ですが、呪いの方向性を決めるものなのだろうと考えます。狙いは子を根絶やしにし、その一族を滅ぼすのが目的としましたが
「箱=子宮のモチーフ、あるいは胎盤→呪いを生みおとす」
「へその緒=女性、子供→攻撃対象」
「指=指さすの意→指向性、方向性」
「畜生(恐らく雌の動物の血)=内臓→攻撃方法」
と、捉える事が出来ます。適当に作ってもここまで強い呪物にはならないでしょうし、藁人形やひとりかくれんぼなどもきちんとした手順がありますよね。闇雲に殺すだけでは一般的な怨霊にしかなれないでしょう。

何故コトリバコは作られたのか?

歴史的な背景

コトリバコは自然発生したものではなく、どこかで、誰かが、なんらかの目的を持って作成した物です。

凡そ150年前、島根県隠岐島の島民が隠岐を支配していた当時の郡の代官を追放し、80日間自治するという事件が起きました。
結果、鎮圧されて複数の死傷者を出し、流刑などに処されました。
これを「隠岐騒動」と言います。

その道中、あるいは鎮圧後に、当時隠岐島民を実効支配していた役人、あるいは差別を行った町民達への復讐の為に作成されたとされています。
また、その作成方法は「大陸の人」から伝授されたとあり、中国から伝わった可能性が高いです。
何故大陸の人が隠岐にいたのかについては不明ですが、恐らくは島流しにあっていたのでしょう。そもそも呪いを作る方法を知っていた訳ですし、邪教なりに染まっていたと考えるのが妥当です。
隠岐島民は島流しにあい、かつ、役人などに虐げられ「穢多非人」と呼ばれていた事にシンパシーを感じ、復讐に力を貸したと考えられます。
勿論それだけではなく、自分用に作らせたでしょう。

物部氏って?

物部氏というのは西暦500年以降に奈良や大阪辺りに台頭し、天神系(饒速日命ーニギハヤミノミコトー)を祖先とする豪族です。
千と千尋の神隠しを思い出しますね。
ニギハヤミコハクヌシ。
余談ですが舞台最高でした。私が観た回は醍醐琥汰郎君でしたが、映画からそのまま出てきたかと思いました。上白石萌音ちゃんも最高に可愛かったです。
話を元に戻しますが、その物部氏は全国津々浦々いらっしゃるわけなのですが、島根県には五世紀ごろに石見物部氏という一族がいました。この石見物部氏は刑罰、警察、軍事、氏姓、呪術などの職務を全うする一族で、部民(べみん)制を設置したと言われています。
その石見物部氏が建立したのが物部神社です。この神社の祭神は宇摩志麻遅命(ウマシマジノミコト)なのですが、その父神が饒速日命となっています。

千人壺と流刑地

石見の地には石見銀山という銀鉱がありました。発見されたのは1300年頃。それから鉱法が発見され1500~1800年代にかけて日本最大の銀山となりました。この鉱法がまたやっかいなもので、鉛中毒になる鉱夫が続出し、30まで生きられる人は少なかったそうです。
その石見銀山の奥には千人壺と呼ばれる井戸に似た形の穴があり、処刑した罪人をそこに投げ込んでいたそうです。中には銀山から銀を盗み出した人だけでなく、無罪の人も処刑され放り込まれました。投げ込まれた死体の数があまりにも多いために千人壺と名付けられたのだそう。ゆえに心霊スポットとしても有名です。
ここで隠岐騒動の話になりますが、この事件では脱走者が数人いたと考えられています。元々後鳥羽上皇や後醍醐天皇などを流刑した隠岐諸島。ただの町民ではなく元が皇族が身分をはく奪され蔑まれては、どうにか一矢報いたい気持ちがより強くあったのではないでしょうか。その思いは時代を越えて受け継がれていたとしても不思議ではありません。
そこにきての隠岐騒動。きっと不満が爆発した事でしょう。
この恨み晴らさでおくべきか!
目を付けたのは石見銀山にいる未亡人達。石見銀山には家族で住み込み働いているのですが、夫を病気で亡くし女子供だけになった家を狙い、攫って「材料」に・・・・・・
石見には呪術の部門を持つ物部氏がいましたし、これの子孫と関係があったかもしれません。
(伝承されてる地域も違うので関係ないとは思いますが、両面宿儺を作ったのは物部天獄という人物と言われています)

呪いじゃないなら何なのか?

これまでコトリバコが呪物である前提で進めてきましたが、ここからは現存する病や毒物の可能性を見ていきたいと思います。

細菌兵器

時代を考えると、今ほど医療は発達していません。現代では治せる、あるいは症例が少ない病気でも不治の病として認識されていました。
「内臓が捻じれて死ぬ」というのは言い換えれば「捻じれる程の痛みがあった」とも言えます。
・赤痢
・破傷風
・O157
・エボラ
といったものに罹ってしまったら当時の人では成す術がなかったことでしょう。
しかし女子供だけにしか効かないコトリバコの条件に当てはまりません。物の様に扱い、食事もまともに取らせていなかったりなどあれば別でしょうが。

放射性物質

放射線に被ばくした場合、DNAが壊れたり、内臓に影響が出る事があります。
日本において一番自然の放射線濃度が高いのは岐阜ですが、それでも200年分を一気に被ばくしないと人体に影響は出ません。
しかしながら、工事などが原因で意図せず放射線量が増加してしまう事もあるといいます。
岩石の種類によっても変化するらしいのですが、果たしてそれが原爆やメルトダウンレベルにまで達するのか、自然に排出される量を超えて蓄積されるのか。

動物の死体

コトリバコの材料に動物の血とありますが、疫病を流行らせる方法として死体を用いる事があります。
映画のレッドクリフでそんな一場面がありました。からくり箱に腐った肉を入れて触らせてばら撒く。
山に住む人ならばそういった知識も持ち合わせていたでしょう。

赤色硫化水銀(辰砂)

かつては賢者の石と言われた、朱色の固形水銀です。
秦の皇帝が水銀中毒で死んだのは有名な話ですが、この辰砂はっ赤色顔料として使用されていた過去もあります。
光に当たると黒色に変色するため、箱を割ったりして中身が出るとそれらしいものに見えた事でしょう。

最後に

コトリバコについて色々と見て来ましたが、コトリバコにはまだまだ別名があるようです。
・ハコモリサン
・はっぱこ様
・子殺ぎ
・カラオトバコ
・オノツミバコ
・狐酉箱
・あこづめの箱
・六人箱
・あまごろしの箱
・外法箱
などなど。探せば更に出てくる事でしょう。
第二次世界大戦中には勝つために呪いを研究する部署がありました。人間はそれくらい呪いやそれらに類するものを信じ、畏怖してきました。箱一つとってもこれだけ名前があるのですから、想いの強さは計り知れないものがあります。
本来は未来をより良き物にしたり、風水や季節の変わり目の出来事をきちんと迎えるためのものなのですが、呪術に頼らなければいけないほどの状況に追い込まれてしまう人がいます。
人が人を思いやって生きていければ、呪いも武器も必要なくなるのにと願ってやみません。

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