勇者さまっ!出番です(お気に入りストーリーまとめ版)
この物語について
これは、選択肢によって展開が変わる「なんちゃってゲームブック風物語」としてかかれたものを1つのルートで最初から最後まで読めるようにしたものです。今回は、作者:駆動トモミ が一番気に入っているルートをご紹介します。
作者の思惑としては、ゲームブックみたいに分岐点を設けて、読者が続きを選択していくと、それぞれ違うラストにたどり着く、という遊びをしたかったのですが、そうすると結構読みにくく、まんべんなくあちこち読んでほしいな~と思ってもなかなかアクセスしにくいんだな~と今更思ったりしたのでとりあえずお気に入りの1本をおまとめした次第です(ちょっと気になるところを加筆しました)。ぜひお読みください。
※ゲームブックっぽく遊んでみたい方はあらためてマガジンでご覧くださいね。
ぼうけんのはじまり
受付嬢
「…といういきさつで依頼の出てる求人の案件なんですが…勇者様、この国のお仕事どうでしょうか?」
ハロワ神殿で、あらたな伝説を歴史に刻むべくクエスト(依頼)を探していた勇者は、ひさびさに骨のある内容にわくわくしていた。
勇者
「魔王をやっつけりゃいんだろ?やるぜ」
受付嬢
「あ、あの…先方のご希望はあくまで【平和維持】【国防】で【魔王討伐】ではないので、勇者様の条件にございました【伝説を更新】というご希望には添えないかもしれないのですが…」
勇者
「何言ってんだ【魔王討伐】すれば【平和維持】できて、【伝説を更新】の目的も達成できるんだから問題ないだろう?あとは先方の話もきいてみるぜ。手数だが、エーデルムート王国には俺がいくから楽しみにしてろって伝えておいてくれ。俺は、今日中に装備や仲間を手配してからその国に向かう」
受付嬢
「承知いたしました。では、通行証をお渡しいたします。各関所や国の受付につきましたら、勇者のしるしとともにこの通行証のご提示をお願いいたします」
勇者
「ありがとな。じゃあいってくるぜ」
受付嬢
「お気をつけて…」
勇者はハロワ神殿を後にした。
勇者
「さて、ここからどうするかな?まずは…仲間を探しにいくか…」
勇者は仲間を求めて、人材紹介所のある街・テンプへ向かった。
なかまをさがしにいく
勇者
「よし、仲間を探しに行くか…さすがに一人旅は…最近物騒だしな」
勇者は仲間を求めて、人材紹介所のある街・テンプへ向かった。
テンプは大きな街で、温泉があるため、この街には旅の疲れをいやす旅人や戦士たちが大勢やってくる。
そこに目を付けた町長が、数百年前、登録制の人材紹介所を開設した。旅人や戦士は湯治のついでに人材登録をしておくことができる。そして、そこに冒険のパートナーを探している戦士や、用心棒が欲しい旅人、お宝探しの旅に出たい商人らが訪れて窓口に相談しに来る。紹介所はマッチングを行う。希望に合わせた相手を見つけてくれるのだ。若干の仲介料を取られるが、かなりの手練れがいるとうわさが広まり、人気のスポットになっている。
勇者
「よお!今回も世話になるぜ」
紹介所受付のひと
「勇者様。いつもありがとうございます。今回はどんなお仲間をご希望で?」
勇者
「ちょっと魔王討伐の予定があって、いい人探してるんだけど、誰かいる?」
紹介所受付のひと
「魔王討伐…!!まさかあのブランドールとかいう恐ろしい奴ですか?」
勇者
「ああ、知っているか?」
紹介所受付のひと
「知っておりますとも!実は…大きな声では言えませんが、あの魔王ブランドールを討伐したいという冒険者たちがこれまでに何組かこちらにいらっしゃったのですが、誰一人として戻ってきていないのでございます‥‥」
勇者
「ほほう。それほどまでに強いのだな、そやつは…そんな魔王に一緒に立ち向かえそうなやつの登録はあるかね?」
紹介所受付のひと
「何名様を希望ですか?やはり4人パーティを想定しておりますか?」
勇者
「あ、いや。実は俺、あまり大人数での旅は苦手だからなぁ。そもそも3人お願いできるほどいま手元に軍資金がない。悪いが、とりあえず…とっておきの奴をひとり紹介してもらいたい」
紹介所受付のひと
「おひとり…ですか。かしこまりました。勇者様のレベル…そして魔王の強さ…その辺を考慮すると…いま、こちらから紹介できる候補はこちらの方々でしょうか…」
勇者
「この紹介所、似顔絵とか写真とかないの?」
紹介所受付
「ああ、すみません。そういったものはご用意しない主義でして。」
紹介所受付係
「ひとりめは、ミスティ・マクミラン様。大魔導士様です。攻撃魔法が得意で、回復魔法も少々使えるそうです。属性は炎と風、雷で、ガーゴイルの大軍を炎の魔法一撃で焼き払ったというのが最近の戦績ですね」
勇者
「レベルは低いが、魔法は強そうだなぁ。あまり実戦に出ているタイプではないのか?」
紹介所受付係
「はい。かなり若い娘さんでして。数年前まで箱入り娘だったのですが、親御さんが実戦で鍛えてほしいとのご希望で、こちらの登録所に数年前から登録されております」
勇者
「箱入り娘ねぇ…かわいいの?」
紹介所受付係
「はい。そりゃもう!愛くるしく、癒される雰囲気です。旅人のご一行にも人気のある娘でございますよ~!」
勇者
(…なんかいかがわしい店でおすすめの娘を聴いてるみたいだな)
勇者
「こちらは僧侶か。レベルは高いね。このかたも女性?実戦の経験豊富なのかな?」
紹介所受付係
「はい。イザベル・デ・バルバトス様は普段は地元の教会にて神様にご奉仕をされており、回復魔法にたけているとても気品のある僧侶様でございます。年齢は勇者様と同じくらいだったかと。西の国の墓地にて、悪霊が大量発生したときにご指名があり、一瞬で問題を解決するなど、ご活躍です。」
勇者
「実力はあると。そして同い年かぁ。ありがたいお説教とかしそうなタイプだが…」
紹介所受付係
「わたくし2度ほどお目にかかったことがございますが、たいそう優しい方でございましたよ。クールなまなざしが素敵な、細身ですらっとしたナイスバディの僧侶様でございます…」
勇者
(ちょいちょい受付係の好みを伝えてくるな…)
勇者
「この戦士は相当強そうだね。結構経験長そうなの?男性だよね?」
紹介所受付係
「ブラウン・アダムス様は物静かな、ベテランの戦士様です。年配ですがかなりの凄腕。噂によると、ブランドールとやりあった経験があると聞いています」
勇者
「え?!ブランドールと戦ったことあるの!?」
紹介所受付のひと
「なんでもその時は決着がつけられず逃げられてしまったとかで。百戦錬磨の戦士で、リピーターも多い戦士です」
勇者
「なるほどねぇ」
勇者は受付のひとの話を聴き、自分のパートナーを慎重に検討した。
その結果…
ゆうしゃは、せんし・ブラウンをえらんだ
そして選んだのは…
勇者
「よし、では戦士・ブラウンさんにお願いすることにするよ!」
紹介所受付のひと
「それでは、連絡を取り合います。相手方に伝書鳩飛ばしますので…お急ぎのところ恐れ入りますが2~3日はこの街でゆっくりして行ってください。これ待機用の宿屋チケットです。定型の宿屋で提示すれば無料でお泊りいただけますので」
勇者
「わかった。ありがとう。ではよろしくなっ!」
勇者はテンプの街を歩きながら、行きかう町の人々を観ていた。傷だらけの兵士もいれば、修行中の武道家、用心棒の剣士などさまざまな職業のひとが出会いを求め、意見を交わし、助け合っている。一方で温泉をたのしむ親子連れや金持ち商人もいる…勇者はふと、桃源郷にいるような…この街だけがぽっかり現世から切り取られて浮いているような、そんな感覚にとらわれた。
勇者
「いかんいかん。一歩出ればモンスターがうじゃうじゃいるんだ。悲しい思いをするひとが一人もいない世の中にするのが俺の役目だぜ」
勇者は気を引き締めるのだった。
2日後、紹介所から呼び出しがあり、お願いしたブラウンとの顔合わせの日がやってきた。
勇者
「魔王とやりあえる腕の持ち主…かなり年上の戦士だと思うのだが…粗相のないようにしなければ」
紹介所受付のひと
「勇者様、お待たせしました!こちらが戦士ブラウン・アダムス様です!!」
ブラウン
「勇者殿。長い間お待たせして申し訳ありませんでした。わたくしブラウン・アダムスと申す。不束者ではございますが。勇者殿のお役に立てるよう、懸命に務めさせていただく所存であります。よろしくお願いいたします」
カタイ!!!勇者はそう思った。だが、初対面で発せられる「猛者のオーラ」に勇者は感心し、期待を寄せた。
勇者
「長い旅になるかもしれませんが、よろしく」
ブラウン
「こちらこそ。至らぬ点があればご遠慮なくいってくだされ」
勇者
「聴くところによると、貴殿はブランドールとやりあったことがあるというが本当の話か?」
ブラウン
「ああ。もう何十年と前になるが…あの時は悔しい思いをした。今回、勇者殿がブランドールと戦うと聴き、わたしの闘争心が激しく燃え上がっている。今回こそは決着をつけたいと思っておるのです。どうか一つ、力を合わせのブランドールの元までたどり着きましょうぞ!」
勇者
「これからちょっと長い旅になるが、よろしくね!」
勇者は、ブラウンに握手を求めた。
ブラウンは勇者の手を取り強く握り返した。
勇者
「いてててててて!」
ブラウン
「勇者殿、大丈夫か。失礼しました。つい緊張して力加減を間違えてしまった。許してくだされ」
勇者
「大丈夫、大丈夫だよ…これだけパワーがあれば頼もしいや…」
旅立ち
まずは、クエストの依頼主であるエーデルムート国に向かう。迷いの森を抜けて、アーガム湖に出る。そこから山道を進み…というルートでかなり時間がかかると思われたが、旅は順調に進んだ。
なぜなら、パートナーとして選んだブラウンは勇者よりもはるかにレベルが高く、ステータスも申し分ない状態。ちょっと強めのモンスターが出てきてもダメージは全くない。また、弱いモンスターたちはブラウンが睨みをきかせると、みな逃げていくのである。
勇者
「あっけないくらいサクサク進むな…ブラウンさんのおかげです」
ブラウン
「お誉めいただき光栄です」
勇者とブラウンは、大事をとってアーガム湖の村で一泊することにした。この地域もテンプと同じく温泉が有名だ。なんと、湖のそばを掘ると、温泉が湧き出る。そのため、露天風呂のある宿が多い。ただ、村の周りにはモンスターがうようよいるので、観光客はなかなか寄り付かない。ツウの温泉好きが、わざわざ用心棒を雇って泊まりに来ることなどはあるらしいが…
そんな温泉宿。せっかくなので勇者とブラウンは露天風呂を利用してみることにした。
ブラウンの逞しい体つき、鍛え上げられた肉体を見て、勇者は”ただものではない”と感じた。
ブラウン
「オンセンというものを初めて利用したが、気持ちがいいものですな…ひとり旅だと野宿が当たり前となってしまって。こうした宿に泊まることもあまりないのです」
勇者
「そうでしたか」
ブラウン
「勇者殿と旅ができてわたしは嬉しいですよ」
勇者
「え、あ…ありがとうございます」
ブラウン
「勇者殿」
勇者
「な、なんでしょう」
ブラウン
「この命に代えても、ブランドールのことを止めて見せますぞ」
ブラウンの熱い思いは、怖いくらいだった。
ブランドールと戦ったことがあるというブラウン。以前決着がつかなかったことに相当心残りがあるらしい。闘志を燃やしていた。
その思いはどこから来るのだろう…
勇者は、ベッドに入ったあと、自分の旅の意味をいまいちど自問自答しつつ、眠りについた。
エーデルムート入国…そして…
次の日…
無事エーデルムートに入国した勇者とブラウンは、大臣と面会した。
大臣は、現在のエーデルムート国が魔王によってかなり被害を受けていること、それが原因で王が心を病み臥せってしまっていること、また国民もみな不安な日々を送っていることなど、切々と勇者たちに語った。
大臣
「魔王・ブランドールはかなりの強敵…いままで何人もの勇者様が魔王に挑んでは命を落とされました…国王はそのことにとても心を痛めているのです。わが国王は優しいおかた、そしてこの国は農業を中心とした、優しい風と光が包む国でございます。国民も争いごとには慣れていないのです。しかし魔物たちは私たちのことなどお構いなしに、畑を荒らし、街を荒らし、平和を脅かしてきました」
ブラウン
「ブランドールのやつめ…!好き放題暴れおって、許せん!!」
大臣
「勇者様、ブラウン様、どうか我々をお救いください!」
勇者
「よし、俺たちが必ずこの国に平和を取り戻してやるよ。楽しみに待っていてくれ!」
勇者とブラウンは、エーデルムートの城下町にある高級な宿に泊まり体力を全回復した後、早朝に出発した。
目指すは魔王・ブランドールのいる城である。
勇者
「…とはいったものの、俺の地図だとここから先のルートはわからないんだ。とりあえず進んでいくしかないか…?ブラウンさん、ブランドールと戦ったことがあるんでしょう?ヘレンクヴァールへの道のりはわかりますか?」
ブラウン
「勇者殿、任せてください。ここからは通いなれた道。城への最短ルートを案内しましょう。わたしが馬車を運転してよいですか?」
勇者
「通いなれた…道?なんですか?じゃあ、はい!よろしくお願いいたします」
ブラウンは馬の手綱をとると、一気に馬を走らせた!
ブラウン
「勇者殿!しっかり掴まってください!飛ばしていきます」
勇者
「うわあああっ。ちょっと運転荒くないっすか!?ブラウンさん!大丈夫…わああああ」
勇者の叫びも気にせず、ブラウンは急な傾斜の山道をものすごいスピードで走らせていく。
ブラウン
「あの、ブランドールのクソガキがぁああっ。待ってろおおお!!」
ブラウンが無茶苦茶粗ぶっている。さっきまでの紳士的な雰囲気はどこへ行ったのか、魔王の名前を叫んで切れ散らかしながら馬を走らせていく。
勇者
「ブラウンさん、魔王にすげえ恨みがあんのかな…もしかして…家族を殺されたとか…」
勇者はブラウンの意外な一面にちょっとビビりながら、振り落とされないように必死で馬車のへりにつかまっていた。
ふと勇者が後ろを観ると、なんと、空からグリフォンの大群が押し寄せてきていた!!鋭い鈎爪につかまれたら最後、身体が引き裂かれてバラバラになってしまうぞ…
勇者
「ブラウンさん!グリフォンです!グリフォンが来ます!!」
ブラウン
「なにっ?あのクソガキ…グリフォンを差し向けるなど!俺を甘く見やがって!」
そういうと、ブラウンは何やら呪文のようなものを唱えた!!!
ブラウン
「παρακαλώ ακούστε την εντολή μου!!!」
勇者
「え?呪文?ブラウンさん、魔法使えないんじゃ…?」
勇者が不思議に思ったと同時に、ブラウンさんから発せられた波動波みたいなものが、グリフォンに衝突した。飛んでいたグリフォンたちは一瞬よろっとバランスを崩す。
ブラウン
「勇者殿!これでもう心配いりません!」
ブラウンはそう言い終わると、口笛をピュ―っと吹いた。
するとどうだろう、グリフォンたちが再び勇者たちの馬車の方へ向かってくるではないか。
勇者
「ブラウンさん!グリフォンがまた来ましたよ!」
ブラウン
「大丈夫大丈夫!こいつらに、あのクソガキのところまで連れて行ってもらうのです!」
勇者はとっさに防御の姿勢をとったが、グリフォンたちは馬車の幌や馬のベルト、手綱などを優しくつかんだかと思うと、翼をはばたかせて、空へ飛びあがった。勇者たちの乗った馬車は空に浮かび、これまで全く見えなかった山のてっぺんにあるヘレンクヴァール城が勇者の目に映ったのである。
勇者
「ブラウンさん…これはどういうこと…」
勇者がそう言い終わる前に、グリフォンたちがぎゅんっとスピードを上げた。
勇者
「わわわわわ!!!なんだ!急発進するなよ!落ちる!!」
ブラウン
「勇者殿、もうすぐ城につきますのでしっかり掴まっててください!」
勇者とブラウンを乗せた馬車はグリフォンたちによって、城へ運ばれていった。
勇者
(いったい、これは、どういうことなんだ!?)
最終章
城へ向かう途中で、グリフォンに馬車ごと運ばれ、魔王の城に到着した勇者とブラウン。
勇者は自分の身に何が起きたのか、まったく理解ができずにいた。
勇者
「これは、いったいどういうことなのか…」
ブラウンは馬車から降り、人間のチカラでは到底開けられそうもない大きな門の前で、すっと大きく息を吸ってから、叫んだ。
ブラウン
「ゴラアアアア!!ブランドール!!門を開けろおおおおっ!!でてこい、このクソガキがぁあああっつ!!」
勇者
(怖ええ…スゴイ怒ってるよ、ブラウンさん…この怨念何なの…)
ブラウンの叫びがあたりにこだまして、吸血蝙蝠が一斉に飛び立ったが、門が開く気配はもちろん、ない。
ブラウン
「やむを得ん。門を壊すのは気が進まないが、そっちがそういう気なら…突破するしかないだろうな…勇者殿、危ないので下がっていてください」
勇者
「あ、ハイ。でも、どうするんです…?」
ブラウンは、剣を抜き、精神を集中させた。
そして空高くジャンプしたかと思うと、門めがけて剣を振り下ろした!
剣から、真空の刃のようなものが飛び出た!
その瞬間、大きな門扉はいくつかのパーツにわかれ、轟音を立てて崩れていった。
ブラウン
「勇者殿、門が開きましたぞ。さあ参りましょう」
勇者
「力技…っていうか、ブラウンさんのステータスどうなってんの…これ、魔王も楽勝で倒せるんじゃ…ないのか?」
あっけにとられた勇者は、ブラウンの後ろを恐る恐るついていく。怒らせたらダメな人なんだ、この人…と勇者は今更ながら思った。
魔王の元へ行くまでに強い悪魔3兄弟とか、でかいドラゴンとか、そういった「中ボス」が出てくるかと思いきや、城はシン…と静まり返っている。なぜだろうか。ここには誰もいないのか?それともブラウンのオーラに圧倒されて出てこないのか…?
ブラウンがきらびやかな扉の前で立ち止まった。
ブラウン
「勇者殿、ここが王座の間です。私はここから、世界の端まで飛ばされて、ここに戻ってくるまで3年かかりました…ついに決着をつける時が来たのです…」
勇者
「そ…そうなんですね…」
ブラウン
「この数年間、近隣の平和な国が悪魔たちによって被害を受けたのは、私があの時、聞き分けのないブランドールを…いや、あのクソガキを一発ぶん殴って、檻に入れなかったのが原因なのです…反省しています…関係のない人々にまで悲しい思いをさせてしまった。不徳の致すところです」
勇者
「聞き分けのない?ん?」
ブラウン
「勇者様、わたしが、ブランドールに先制攻撃を仕掛けます。わたしが負けることは決してないはずですが、万が一ブランドールが優勢になることがあれば、こいつを燃やしてください」
ブラウンは一枚のカードを手渡した。
勇者
「この絵の付いた札は?女神?なにかのアイテムですか?」
ブラウン
「ブランドールが、欲しがっていたアイテムです。わたしも、これを手に入れるのは苦労しました。これを使うと、かなりパワーアップできるらしい…あいつは、これを探し当てるためにいろんな町や村を狙っていたのです…よって、もしこれを燃やせば、あいつは気力を失い、相当なダメージを与えることができるはず。ただ、そのカードは諸刃の剣…燃やせばあいつが逆上する可能性もありましょう。なのでいざという時にだけ、使ってください」
勇者
「わ、わかりました。預かります」
ブラウン
「では、行きますね」
勇者
「はい!」
二人は顔を見合わせてうなずくと、扉を蹴飛ばし、玉座の間に入った!
王座には、魔王ブランドールが座っている。
勇者
「魔王ブランドール!!我はお前を倒しにきた勇者である。覚悟しろ!!」
緑色の美しい長い髪…端正な顔立ち…飛び出た二本の角。まさに魔王といういでたち。ブランドールは真っ赤な血の色をした瞳をカッと見開いた。
ブランドール
「なんだ?お前は…勇者だとぅ?オレの視界に入るなどいい度胸だな。死ににきたのか?ああ?」
田舎のヤンキーみたいな口調で勇者をなじるブランドールだったが…
ブラウン
「ブランドール…客人に対しその口のききかたはなんだ?」
ブラウンがそういって、ずずいと前に出るとブランドールは震え上がった。
ブラウン
「久しぶりだな…」
ブランドール
「お、おとうさん…」
勇者は耳を疑った!
勇者
「お、お父さん!!?」
ブラウン
「お前、よくもこのわたしを最果ての地まで飛ばしやがったな…?親子喧嘩に呪文を使うなと小さいころからあれほど口酸っぱく言ってあっただろうが!ゴラアアアア!!!」
ブランドール
「ひ、ひいいいい!!」
勇者
「え?お、親子喧嘩?」
勇者は、二人の会話を聞いていた。
ブラウン
「そもそもわたしが怒ったのはお前が原因なんだぞ!!友達と遊ぶために親のカネを使って大量にカードゲームのデッキを買いやがって!!!!ああ?それでさらにカードゲームで勝ちたいから最強デッキを作れるレアカードを買ってほしいだと!?大概にせえよ!このクソガキがああ!!」
ブラウンの怒りの叫びは、波動となってブランドールにダメージを与えた!
ブランドール
「ぐはぁあああッ!」
ブラウン
「お前が魔物を使ってあちこちの街や国を荒らしまわり、レアカードを探し出すよう命令したのを知ってるんだ!魔族の風上にもおけない奴!お前はわたしの後継者などではない!魔王を名乗るな!!地下牢に閉じ込めて一生カード遊びなどできぬようにしてやるわ!!」
ブランドール
「う!うるさい!!地下牢になんて入るものか!遊べなくなるくらいなら死んだ方がましだ!!」
ブランドールは腕を伸ばし、手のひらを点に向け、魔力を集め始めた。どうやら一級の攻撃魔法を使う構えだ。強力な魔力の影響で、すでに部屋全体がギシギシ音を立て、王座の間にある家具が揺れている。
ブラウン
「反省の色が全く見られないな。わたしに、この父に、この期に及んで魔法で攻撃しようというのだな?!よし、分かった。わたしもこの命をかけてお前と戦ってやるぞ…覚悟しろ!」
勇者は親子喧嘩の規模がでかすぎてやや混乱していた。
そして、そもそも旅を一緒に続けてきた心清らかなこの戦士が魔族で魔王の父?だからがグリフォンが言う事きいたり、城の中にモンスターが出なかったのか。
しかし…平和が乱れたのはカードのため?なんだそりゃ?自分はブラウンに味方していいのか?様々な思いが駆け巡る中で、勇者の思いはひとつだった。
勇者
「ブラウンさん!そんな…やめてください!捨て身で挑むなんて!いのちだいじに!それに相手は息子さんなんでしょう?魔族だってなんだって、親子の絆は大事にしてください!話せばわかりますって!」
ブラウン
「勇者殿、分かってくだされ。もう後には引けないのだ。あの一級魔法がはなたれれば、この世界の半分はなくなるかもしれない。それを止めなくてはいけない。あのバカが怒りで周りが見えなくなっている以上は」
勇者
「そんな…ブラウンさん…」
ブラウンは魔法を打ち消す、”はねかえしのやいば”の構えを見せた。
”はねかえしのやいば”
この特技は一級魔法相手だと、魔法を打ち消す確率はフィフティ・フィフティ。まさに捨て身の構え。そこには父親としての意地があったに違いなかった。
ブラウン
「勇者殿、逃げてください…」
勇者
「ブラウンさん!」
ブラウン
「これまで…魔族だということ、そしてすべての元凶はわたしと息子であったことを隠し、一緒に旅を続けてきたこと、申し訳ない。勇者殿が、私を信頼して旅の相手に選んでくれたというのに…裏切るような真似をしてしまった。わたしは必ず息子を倒す。そして奇跡的に命が残れば、この国を建て直すのだ。勇者殿は心置きなく、魔王討伐の報告をしに行ってほしい。」
勇者
「そんなこと…できません!」
ブラウン
「3年間、人間の世界を放浪して、人間のやさしさに触れ、人間と魔族とが分かり合える方法があるのではないかと思うようになった。それはとても良い収穫だったが、バカ息子のせいで万事休すだ」
勇者
「ブラウンさん…」
ブラウン
「勇者殿との旅もとても心地よかった。湖畔の宿のオンセン、あれはとてもよかったな…魔界にはない。旅がおわったらまた行きたかった」
ブラウンの声が心なしか震えていた。
ブラウン
「勇者殿、いままでありがとう。早く出口へ急いでくれ!」
勇者は葛藤している!
魔族といえども、今まで一緒に旅をしてきた仲間ではないか!
ずっと勇者をサポートしてきた優しい戦士を見殺しにできるのか?
勇者
「俺に…俺にできることはないのか?!」
勇者はふと…ブラウンから預かったカードのことを思い出し、懐から取り出した。
女神のカード
レア度 SSP
勇者
「これだ!」
勇者は自分がなにをすべきか悟った。
勇者
「ブランドール!これが見えるかあああっ!!」
勇者は『女神のカード』を高くかかげた。
ブランドール
「なっ!それは!!超レアカード!!」
勇者
「これはな、お前の親父が手に入れたカードだぞ!スーパー、スペシャル、レア!!お前によって世界のはしっこに飛ばされて、お前をぶん殴るためにここに戻ってくるまでの3年間、ブラウンさんはなんだかんだ言ってお前のためにこのカードを探し当てたんだ。お前にこの親父の優しさがわかるか!?いまその魔法をつかえば、親父はおろか、このレアカードがこの世から消滅するぞ!!?なくなったらもう元に戻せないぞ!それでもいいのか!?」
ブランドール
「うっ!」
勇者
「お前が親父の愛を無視してその呪文を唱えるのなら、今すぐこのカードを破くぜ!」
ブランドール
「やめろっ!わ、わかった。やめるっ!やめるよ」
ブランドールは悔しい表情をして腕をおろすと、びりびりとする魔力の刺激は消え、あたりに静寂が戻った。
ブラウンも”はねかえしのやいば”の構えを解き、汗でびっしょりの額をぬぐった。
勇者は、ブラウンに歩み寄る。
勇者
「このカードは、お父さんから渡してあげてください」
ブラウン
「勇者殿…」
勇者はブラウンにカードを返すと、ブランドールに向けて言った。
勇者
「お前、どーせ仲直りするきっかけ失くしてたんだろ。まったく…わがままなお前のせいであちこちの国の人が悲しい思いをしたんだぞ!反省しろ!親父さんにちゃんと謝れ。そして感謝しろ。こんないいトーチャンなかなかいないんだからな!!親は大事にするもんだぜ」
ブランドール
「…わ、わかったよ」
勇者
「俺は帰るぜ。エーデルムート王国には”災いの原因が解決したからもう安全”って報告するからな。もう親子喧嘩すんなよ。あと、むやみやたらに人を襲うなってモンスターたちに言っておけよな。じゃあな。」
勇者が帰ろうとするとブラウンが引き留めた。何も知らない勇者を巻き込んだ罪悪感からか、何か言いたげな様子だった。
ブラウン
「勇者殿!わたしは…」
勇者
「俺、自己顕示欲のために魔王をぶっ倒して伝説を更新するとか言ってたけど…今後はそれも必要なさそうだし…ちょっと考え変わったよ。勇者として、これから何ができるのか考えてみる。ブラウンさんと旅ができてほんと良かった。ありがとう」
勇者はブラウンに握手を求めた。
ブラウン
「わたしも、魔族と人間のつながり方をしっかりと考えてみます」
勇者
「落ち着いたら、また”オンセン”行きましょう。今度は、息子さんも一緒に」
ブラウン
「ぜひ!」
ブラウンは勇者の手を取り強く握り返した。
勇者
「いてててててて!」
ブラウン
「また力加減を間違えてしまった。許してくだされ」
勇者
「このパワー。さすが魔王の父だよな」
勇者とブラウンは見つめあって、笑った。
勇者は、これまでどんなに強いモンスターを倒しても、どんなに難しいクエストをクリアしても得られなかった【満足感】を手に入れた。
その後、エーデルムート王国に戻った勇者は、王に事の経緯を「ざっくり」報告し、褒美は受け取らず、そのまま旅に出た。
自分の生き方を探す旅に。
また、ヘレンクヴァール王国では、心を入れ替えたブランドールがブラウンの指導の元モンスターの思想改革を試みた。その結果、モンスターはほとんど人間たちを襲わなくなり、近隣の国や町・村の人々と友好的な関係を築くようになった。
現在、人間とモンスターの間で諍いが起きた時は【カードバトル】で決着をつけるようになったらしい。
(おわり)
お読みいただきありがとうございました!
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